9 伏魔殿
その日、皇帝クオンテクスの居城カイザーパレスに、久しぶりに最強の軍隊皇帝親衛隊が招集された。大広間には部隊と王族用の椅子が用意され、その前に黒い戦闘スーツを着た皇帝親衛隊がぞくぞくと集まってきた。その中にひときわ大柄な人影があった。その男の重厚な戦闘スーツには金色の双頭の鷲が描かれていた。その男こそ、武闘派として名を轟かす、皇帝の右腕、オーギュスト・ゼノン大佐だった。
大佐は、整列した皇帝親衛隊にある事を告げた。
「今日はこれから、王宮騎士団が合流する…」
小さなざわめきが起こる。王宮騎士団とは、まだクオンテクスが皇帝の座に着く少し前、女王がルパートクリスタルと剣を組み合わせて組織した超能力者部隊である。皇帝が実権を握ってからも、騎士団は親衛隊には加わらず、独自に女王やカイザーパレスの警備を行っていた。
その王宮騎士団が親衛隊とともに集められたのだから、ざわめきが起こっても不思議はなかった。
「おおっ!」
ざわめきはさらに大きくなる。騎士団がついに姿を現す。7人の騎士の剣にはそれぞれルパートクリスタルがはめ込まれ、炎、氷、雷、竜巻、大地、影、波動の超能力を使う。
前回ハカイオウがカイザーパレスを襲った時も、彼らは優先して皇帝を守ることはしなかった。女王のいる西側のエリアを守っていたのだ。ハカイオウが突入した時は、7人の騎士たちの剣の超能力が爆発した。稲津魔が中庭に閃き、地は裂け、竜巻がハカイオウを追いたて、ファイアボールやアイスナイフが降り注いで、ハカイオウを近づけなかった。さらに波動の騎士の輝く剣と影の騎士の見えない剣がハカイオウと互角の戦いをしたのだ。だがハカイオウが皇帝を探して西側のエリアを去ると、追撃はしなかった。女王を守る事が第一だったからだ。そのために皇帝は窮地に陥ったともいわれていた。だが、カイザーパレスの被害が最少で住んだことに彼らの働きがあったことは間違いないことであり、皇帝との間には微妙な温度差があったことは否めない。
そして騎士団長の波動の騎士ダビデに率いられ7人の騎士が、そして、病気療養中のはずのマリア・ハネス・メルセフィス女王までが、しずしずと姿を見せたのだ。
女王は、アイボリーのロングドレスに、古代のエキゾチックな髪飾りや豪華なパワーストーンのネックレスをつけている。
「…これはこれは、女王様までお見えになりましたか」
女王はすでに40歳を過ぎているはずだが、その若々しい姿は30歳ほどにしか見えない。長身、知的な美人で、長い豊かな髪が印象的だった。
女王は椅子に座ると将軍に尋ねた。
「私が病気の間統治をまかせた皇帝が、内輪にだけ姿を見せると言うので来たのですが」
「ええ、クオンテクス皇帝がこの場に来ると?!」
女王以外は誰も知らなかった。聞かされていなかった。あのハカイオウの大事件の後、生きている、今度の宮中晩餐会には姿を現すと聞いてはいたが、まさか、一足先に出てくるとは?!!その時重厚な足音とともに人影が部屋に入って来た。ゼノン大佐がひざまづいて迎えた。
「皇帝陛下…再び姿をっ見ることができるとは…!!」
忠義に暑いゼノン将軍は、感無量で言葉が続かなかった。弟のベガクロスほど背は高くないが、どっしりとした重厚な体格、あの上から見下ろすような強い眼光は本人に間違いはなかった。
だが頭部にはメタルの板の輪のようなものがはめられており、左手は金属製の義手か?足音から推測するに右足も金属のような思い足音がする。
「偽物だと思われても困るので、わざとサイボーグの体をさらしてみんなの前にやってきた。さすがに洋服まで脱がないが、体中にばらばらになった肉体をつなぐための生傷がある。こうしてゼノンを始め、皇帝親衛隊の皆の前に立てたことが震えるほど喜ばしいとは思わなかった」
クオンテクスは、高圧的な独裁者の側面と、意外に情に厚い面も持っていて、人を引きつけるオーラを放っていた。皇帝は舞台に上がると手を上げてアピールした。
ゼノンよ苦労をかけた。女王よ、七人の騎士よ、そしてわが皇帝親衛隊よ、私は復活した。この通りだ!
皇帝の高らかな宣言にい、親衛隊から声援が起こった。
皇帝クオンテクスは存在感のある人物であったが、ますます元気に大きく見えた。ゼノン大佐も皇帝の体の半分以上が作りものの体だと聞いていたのだが、これほどまで元気に復活するとは思っていなかった。
皇帝は復活宣言を行い、それとともに騎士団や親衛隊に健在ぶりを示すことにより、指揮を高め結束をアピールしたのだ。そう、ハカイオウの襲撃に備えて!!
皇帝クオンテクスは、最後にもう一度手を上げて親衛隊にアピールすると、大広間を出て行った。
ゼノン大佐は、ここぞとばかりに女王や7騎士に近づき、皇帝へのさらなる協力を得ようとした。だが、光の騎士デビッドと影の騎士レイベンが立ちふさがり、将軍を女王に近づけなかった。将軍もそれ以上近付こうとはしなかった。まだ皇帝側と女王側の溝は埋まるはずもなかった。
部屋の外に出た皇帝クオンテクス、するとそこに皇帝の主席補佐官のウォルター・ワイルダーがすっと近付いてきた。
「皇帝陛下、予定にはございませんでしたが、例の最強の鎧の件で、あの方が早速お見えになるとのことで…」
「本当か?復活の知らせを入れておくように連絡しておいたのだが…、よかった、ぜひ会いたいものだ!」
主席補佐官のワイルダーが詳細を述べると皇帝は機嫌よく言った。
「うむ、それでよい。夕刻にカイザーパレスで打ち合わせだ。うむ、わしはきぶんがいい、それまで別荘でも久しぶりに見に行こうかの」
「それは良いことですね。ささ、こちらへ、すぐにお車の用意をいたします」
主席補佐官のワイルダーは皇帝を送り出すと、さっと秘密の通信端末を取り出して、連絡を始めた。
「もしもし、ガロア博士、予定通り皇帝が動きだした。資金の流れを引き締めて感づかれないように気をつけてくれ。うむ、もちろん、研究所への協力は惜しまない。宮中晩さん会に向けて頑張ってくれ、また詳しいことは追って連絡する」
この男は今は皇帝の補佐官の一人に収まっているが、クオンテクスが裏取引などをおこなってのし上がって行ったころの裏方だった。ゼノン大佐が武闘派で表の片腕だとすると、ワイルダーが裏の資金をやりくりする金庫番だった。危ない橋も犯罪まがいのこともみんな一緒にやって来た。後始末をいくつも引き受けてきた。今、皇帝をとりまく不正な資金の流れの中心にいるのがこのウォルター・ワイルダーなのだった。
皇帝が出かけていくとワイルダー以外にも動きだした者がいた。女王はこれ見よがしに騎士団を引連れて、久しぶりに、女王の執務室へと進んで行った。そして7人の騎士の一人、影の騎士レイベンを呼びとめ、密談を始めたのだった。
女王と影の騎士が密談を始めると、あの忍者のような黒ずくめの男達が2名、どこからか姿を現した。
「…レイベンよ、ハカイオウのメモリーカードを回収できなかったと聞いたが…」
「はい、あのハカイオウの秘密をわがものにしようとする秘密結社ザムのビーストフォームの軍団がメモリーカードを狙ってきたのです」
「秘密結社ザム?きいたことのない者たちですね」
「新興勢力の犯罪者集団です。でもご安心ください。奴らにメモリーカードは渡っていません」
なんとあのネビルが手に入れたメモリーカードをめぐって迷彩服のビーストフォームの男達と戦っていたあの忍者軍団は、この影の騎士の配下だったのだ。
「…とにかくあのカードを、皇帝側に渡すわけにはいきません、では、あのメモリーカードはどこに?」
「まだ確認は採れませんが、どうやら宇宙連邦の手に渡り、宇宙連邦の検察が動きだしたようです」
「なんとそれは愉快なこと、あの皇帝の仮面をかぶる男の過去の犯罪を暴くためにあのメモリーカードを狙っていたのですが、連邦の検察が動くとなれば、かえって手間が省けると言うこと。苦労せずに奴がいなくなれば、また私の治世に戻るのだから」
ハカイオウが皇帝を襲った時もそうだった。皇帝が塔から転落爆死するという驚愕の結果を、女王は密かに喜んでいた。ところが死亡が確認されるどころか、ほとんど死亡していたはずの皇帝は研究を進めていた戦闘用サイボーグのパーツを使い、ばらばらになった肉体をつなぎとめ、再生手術を成功させてしまったのだ。
しかし、女王も今日はなぜか体調がいい。皇帝をおとしめるための策略を影の騎士レイベンとしばらくの間話し合う。そして、今度は光の騎士デビッドに護衛を命じ、カイザーパレスの屋上へと昇って行った。カイザーパレスの東にはあのハカイオウが皇帝を追い詰めたパレヌスの螺旋塔がそびえ、北側には、遠くに雄大な山脈を臨む悠久の大河目ラーが流れ、再現された古代船が多くの観光客を乗せて今日も行き来する。今は失われたるぱーとの先住民がのこした巨石の移籍群、神殿や石像がヤシの木の向こうにっ見えてくる。
思えば、今から10年ちょっと前までは、マリア・ハネスは、惑星考古学者にすぎなかった。だが調査中に事故に遭遇し、宝探しに来ていたと言う風変りな男フラッシュギラードに命を助けられたのだ。
「遺跡を探す危険な仕事は、トレジャーハンターの俺に任せときな」
最初はあやしい男と思っていたが、彼は本当に強く、たくましく、しかも命がけで安全を確保し、近い席や巨石の神殿の奥深くまで、マリア・ハネスの調査団を導いてくれた。そして驚いたのは、発見した膨大な宝のそのほとんどを、調査団に渡してくれたのだ。マリア・ハネスがその貴重な財宝を連邦の文化省に買いとらせ、無理に金を渡さなければ、なにも受け取らぬまま帰っていたかもしれない。
「はは、俺はねえ、宝探しそのものが好きなんだ。見つけた宝はもう興味がないんでね」
なんと純粋な男なのだろう。しばらくギラードに仕事を手伝ってもらっていたマリア。ハネスだった。最古の神殿と言われる、柱の神殿の発掘や、水晶宮と呼ばれる皇帝の王宮の発見など、危険な目に会いながらもいつもギラードに守られながら偉業を達成していったのだ。そしてある日、この大河の畔に古代の街並みを再現したい。、あなたと一緒に夢を実現したいと告白したのだった。
「大河のほとりの緑深い丘の上に二人のための別荘を建てるわ。あなたと二人でそこで暮らしたいの…」
だが、ギラードは。
「はは、ひとつの場所にじっとしてられないのが性分なんでね…」
それだけ言い残してまたどこか旅に出てしまったのだった…。
ひり人残されたマリア・ハネスは悲しみの淵に沈んだ。知らない間に、あの海賊を深く愛してしまっていたのだ。だが、彼女は強かった。その悲しみを乗り越え、心の中にあいた大きな穴を埋めようと、生涯をかけて惑星考古学に取り組む決意を固め、女王を宣言したのであった。古代ルパート王朝で1番の文化的繁栄を誇ったメルセフィス女王の2代目を宣言したのである。
そして、女王の眼にはまだこれから建築されるはずの古代の建造物が、民衆の姿が見えてくる。
「水上庭園と呼ばれる、せせらぎと植物園のある古代船、当時の宝物や美術品をちりばめ再現した古代の水晶宮、ルパートのバベルの塔と呼ばれる、大河を見下ろす螺旋の塔オルガデウム、大河の左右にそびえる岩山に刻まれた12神の巨像…それらの造形の素晴らしさスケールの雄大さに驚き、賛美の声を上げる民衆…」
自分が体調を崩し、第一線から退かなければもういくつかは完成していたはずだった。いつの間にか皇帝と名乗った男は女王が築いたこの文化と観光の一大拠点の利権を握り、好き勝手にふるまっている…!だが見ているがいい、奴はもともとなり上がりの製薬会社の経営者であり、軍事産業の代表でしかない。このすばらしい文化都市を語る権利のかけらもない。はやくハカイオウに始末してもらうか、皇帝の座から引きずり降ろして、あるべきものがあるべきところに落ち着かなければならない。そしてその中心には民衆の賛美の声を受ける自分がいるのだ!
そしてこの屋上から遠く見える小さな丘の上にたたずむ別荘にも目をやる。女王だった自分が愛する人と暮らすために一番先に立てた林に囲まれたささやかな別荘。それがなぜか一番憎むべき相手に奪われてしまった。
「見ているがいい、ちかいうちに私はあの別荘に帰る、必ず」
その頃、林に囲まれたその別荘には皇帝クオンテクスが訪れていた。
女王がここを手放した後も、自分が体の再生手術で長く離れていた間も、この別荘と庭の果樹園は、宮殿の管理チームと最高の庭師、農園の技術者により管理されてきた。建物もピカピカで、ぶどう棚も収穫の時期が近い。
皇帝は木彫の美しい手すりのあるテラスに降りると、護衛役の物をおいて一人で歩きだした。そして、身が膨らみ始めた葡萄棚を見上げながら思い出に浸った。
昔自分は貧しかった。砂漠の惑星エスパルで採掘技術者として入植してきた父は賢く優しかった。だが父は採掘事故で不慮の死を遂げ、美しかった母は男の子2人を連れて、いろいろな職を転々としていた。ある時母がエスパルの富裕層の家政婦として雇われ、何かの都合で、幼い弟を連れて、母の職場に行ったことがあった。何かそのお屋敷で大きなパーティーがあり、子どもたちも呼ばれていったのだ。
「あなたたちのお母さんにはいつもよく働いてもらって感謝してるのよ」
そこの奥様がたいそう喜ばれて二人を迎えてくれた。男の子二人は、小さな別室に呼ばれ、そこに御馳走の残りを運んでもらって、たらふく食べた。
母親も一度のぞきに来てくれて、お利口にしていてねと念をおしてまた忙しそうに出て行った。驚いたのはそのあとだった。そろそろ帰る時間かと思っていたら。そこのご主人が入って来たのだ。エスパルの実業家だと言う御主人は、身なりもたいそう立派だったが、男のくせに大きな指輪をいくつもしているのが不思議だった。
「お利口だね。よし、ご褒美にデザートを出してあげよう。こっちへ来なさい」
そこで御主人はさっと庭へ二人を連れて出ると、バラのアーチをくぐり、小さな葡萄棚から、葡萄の房をさっと採って、二人にこっそり渡してくれた。その当時、開拓民の集合住宅で暮らしていた二人には、思いもつかない贅沢だった。
「どうだい、すっぱくないかい?」
「すごく甘い。すんごくおいしい、なあ、テオ」
「うん、本当においしいよ、ジャック兄さん!」
今までの人生で一番おいしいものなの派間違いなかった。貧しかった子ども時代の光り輝く思い出の1コマだった。貧しかったが兄弟で頑張り、苦学の末働きながら大学も出て、弟と製薬会社ノースクロスを立ち上げたのが始まりだった。喧嘩ではほとんど負けたことのない屈強な兄と、いつも兄の陰に隠れているが頭脳戦ならぴか一のひょロット背の高い弟、2人は貧乏から抜け出すために、ある時は力を合わせ、ある時はかばいあい、手段を選ばず、鐘を儲けようと頑張っていた。エスパルで非合法な薬の生産でがっぽり稼ぎ、会社を大きくし、一度は結婚もした。だが、兄の野望はさらに膨らみ、ついに家庭を捨てて
新天地ルパートに進出したのだった。このルパートにやってきて大成功を収めて、軍事産業に転身、この地区の武器を一手に握るようになり、やがてこの自治区の防衛長官に鳴ったのだった。たまたま女王のこの別荘に呼ばれる機会があり、この庭を見て思った。
「ここだ。この別荘を手に入れるために今までの人生があった」
ジャック・ノースは心の中で叫んだ。そして陰謀をめぐらし女王を追い落とし、今皇帝クオンテクスとなってすべてを手に入れた。だが有り余るほどの鐘と皇帝と言う地位と名誉までも手に入れたが、まだまだ心は満たされなかった。あの広いカイザーパレスもこの大河一帯に広がる広大な自治区も、巨大な宇宙船館も本当はこのためにあったようにさえ思われた。葡萄棚のあるこの別荘を手に入れることが、すべてに優先していた。こここそが夢だった。そして、もうすぐ記念すべき宮中晩餐会、その頃には葡萄の実も熟してくるだろう。
その時こそ、自分の人生が報われる、そう思っていた。ハカイオウがなぜ自分を狙ってくるのかは分からなかったが、製薬会社を大きくする途中で不正な取引を行ったり、薬害を隠蔽した李恨みを買うようなことは数知れず手を染めていたので不思議に派思っていなかった。でも、ここだけはこの場所だけはゆずれなかった。でもそれだけが夢の、哀れな男かもしれなかった。
そのころ皇帝と一緒に葡萄をおいしいと食べていた幼い弟テオは、ノースクロスを引き継ぎ、ベガクロスと改名し、社長となり、別の野望を抱いていた。皇帝が密かに復活していた日、実の弟のところにも連絡はいっていた。
「ふふ、兄貴もいよいよ復活か。これから忙しくなるな」
砂漠の惑星エステルの巨大なバザールを臨む大きな港街にベガクロス者の白い本社ビルがあった。エスパルにも海はあるのだが、地球の半分の広さもない。海辺の条件のいい1等地はべらぼうに値段が高い。白い巨塔ともいわれるビルの最上階で、ベガクロスはナンバー2のマイスターゲルバーと密談を交わしていた。
ベガクロスは、巨大企業を支配するだけではなく、音楽を愛し、自らもピアニスト並みの演奏のう腕を持ち、絵画に親しんだ。女にももてた。だが彼の心の穴はまだ埋まる事もなかった。彼のすぐ上には強い兄がいた。いつも面に立って、危険な橋を渡ってくれたし、批判の矢面にも立ってくれた。しかし、おぜん立てをしたのも、後始末をしたのもいつも自分だ。ならば表は兄に任せて、裏からすべてを支配してやろう、そう考え、着々と準備を進めていた。
実はベガクロスは海賊王ギラードにも、英雄の砦のグレイシス将軍にも、さらに実の兄のクオンテクスにさえも陰謀を仕掛けていたのだ。
「マイスターゲルバーよ、海賊王のサーカス団とのコラボ公園はどうなっておる?」
「はい、今度の宮中晩餐会において、うちの女性楽団の演奏に合わせてサーカス団が色々な曲芸を行う、極めて芸術的な要素が高いパフォーマンスを企画しております。近々リハーサルを兼ねてコラボ公園も企画されております」
そう言って、楽団の指揮者でもあるマイスターゲルバーは、数人の楽団員を部屋に招き入れた。一人は普段の演奏会用のシックなドレスを着ていたが残りの数人は、バンパイアのような青白い化粧をして、古風な黒いドレスを着ていた。
「これがサーカス団と共演する時の、オーケストラの楽団員の舞台衣装でございます。競演の合唱団員には白い衣装が別に用意されております」
どういうパフォーマンスなのかは分からないが、もともと知的で美女ぞろいの楽団員は怪しい魅力をまとって、俗っとするほど美しかった。
「ほほう、これは面白い。楽しい出し物になりそうだ」
さらにベガクロスは美女ぞろいの楽団員に囲まれながらつぶやいた。
「ふふ、内の楽団と至近距離でコラボするとなればそれだけで毒薬、毒ガス、毒針等をも使い放題、ひねりつぶしてくれと言うわけだ。それで、一番の難敵、英雄の砦のグレイシス将軍の所とはどうなっておる?」
「相手の精神を食らう暗黒剣法と相手の精神を自在に操るわが魔薬王の力が合わされば、さすがのグレイシス将軍も沈黙するしかない…。もう、次の手を考えてあります」
そう、数年前から暗黒剣法の剣士がベガクロスのところにいるのだが、実はその1番の目的は英雄の砦を切り崩すためだったのだ。さらにベガクロスはこっそりあの暗殺楽団のメルパを呼び寄せ、隣室で密談を始めた。
「メルパよ、兄貴も復活したらしい。キラークィーンを次のフェいずに移行するぞ」
「あら、ついに皇帝復活ですか?面白くなってきましたわ。ええ、キラークィーンは絶好調ですよ。早速様子をうかがってみましょう」
暗殺楽団のリーダーメルパは、見た目は小悪魔のようなキュートな少女、そんな恐ろしいことをしているようには見えない。だが、彼女がコンパクトのような小型の端末を覗き込むと、そこにはカイザーパレスのあの女王の部屋が映ったではないか?!
そう、メルパの操る超高性能の小型昆虫メカの中でも最強と呼ばれるキラークィーンと言う女王蜂型のメカがかなり前から女王マリア・ハネス・メルセフィスの部屋に潜入していたのだ。
女王メルセフィスはここ何年もの間原因不明の病気に悩まされ、医師団の努力もむなしく、寝込んだり元気になったりを繰り返していた。特に重要な会議やイベントの直前に決まって寝込むことが多かったのだ。そこをクオンテクス・ノースに付け込まれ、実権を奪い取られ、突然の女王不在の選挙が実施され、皇帝誕生をゆるしてしまったのだ。
「ええっと今日の女王は、典型的な低血圧の症状が出るようにメディカルコントロールされています。体調は今ひとつだけれど、気分はまあまあと言ったあたりですかね。3日に1度軽く寝込むペースですね」
するとベガクロスは命令を下した。
「そうだな体調全体をもう1レベル良い方に上げろ。そして精神状態もややハイになるところまで上げて、皇帝に圧力をかける。どうかねメルパクン」
「とってもいいと思いますわ。あとは精神疲労も軽くしておきましょう。陰謀をねっても疲れないようにね」
知能指数が異常に高く、ロボット工学の神童と言われていたメルパだったが、あまりの突飛な発想になかなか研究費を出してくれるスポンサーは見つからなかった。だが音楽演奏をきっかけに知り合ったベガクロスはいくらでも研究費を出してくれたのだった。
女王の部屋に潜入させた昆虫メカ、キラークィーンは、盗聴や盗撮、暗殺などのほかに凄い機能を持っていた。毒針で麻酔をかけたうえで、血液の中にマイクロロボットをいくつか散乱する。そして、王冠の乗った大きな頭の中に超小型の人工知能を持ち、血圧や脈拍、体温、血液中の色々な成分などの細かいデータを24時間データ集めをするわけだ。最初ベガクロスから来た命令はこうだった。
「古代の遺跡や古代船は観光のかなめだ。女王がいなくなっては開発が続かなくなる。でも女王が元気過ぎてすきかってにやられても困る。女王のデータを集め、そこから女王を生かさず殺さず、半病人状態にして第一線から退かせろ」
そこから女王の原因不明の病気(?)が、始まる。睡眠中などに特殊な細い毒針を使って薬液や毒液を流し込み、健康をコントロールするわけだ。
マイクロロボットによって健康がコントロールされているとは医師団も気付かない。治療と関係なくよくなったり悪くなったりを繰り返すのだ。昆虫メカキラークィーンは、ホログラムを使った保護色擬態機能を持ち合わせ、しかも実際に毒液や薬液を刺しに行くのは小さな蜂にそっくりなさらに小型の働き蜂メカだ。気付かれぬうちに女王は体調をコントロールされ、皇帝の出現を許してしまった。つまり、クオンテクスを皇帝に仕立てたのはメルパとベガクロスであり、いざとなれば皇帝は弟ベガクロスに頭が上がらないのであった。
ベガクロスの命令により、これからしばらくは、女王は健康だったときに近い状態にメディカルコントロールされる。そして元気になって影で陰謀をめぐらす女王の動きは、キラークィーンを使ってすべてベガクロスに伝わってくるのである。
「皇帝陛下、そろそろお客様がお見えになります」
「うむ」
ワイルダーの言葉に、皇帝は別荘を出て、カイザーパレスへと帰って行った。
「もう、隣の部屋でお待ちでございます」
上機嫌で部屋に入って行く皇帝クオンテクス。そこで待っていたのは白ひげの老人ミハエル・マキシミリアン、あの最初にハカイオウが訪れた伝説の算術軍師だった。
「おお、マキシミリアンどの、今日早速お見えになられたと言うことは…」
「はは、陛下がハカイオウに襲撃されて以来切望されていた究極の鎧の件でございます」
「そうか、それは朗報だ。今も体中にある生傷がうずく。はやく究極の鎧を作らねば、不安がぬぐい取れぬわ」
今回も再生手術に成功したと言っても、奇跡のようなもので、軍事用に研究していた戦闘サイボーグ用のパーツをかき集め、ばらばらになった肉体をつなぎとめたにすぎない。そのハカイオウが復活したとなると、もう手をこまねいているわけにはいかない。ありとあらゆる手段を使って奴を倒し、自分も生き延びなければならない。
「いろいろ昔の人脈を当たっていたら、究極の鎧を作れそうな人工知能を持ったアンドロイドを見つけました」
「アンドロイド?」
「数十万の最先端のロボット工学の成果と、2人の天才科学者の思考力がインプットしてございます」
「ふむ、それは心強い。話を聞こう」
マキシミリアンは自分の通信端末に何か暗号を打ち込んだ。すると、皇帝の前に、ホログラムのアンドロイド画像が転送されてきた。
「陛下、この者が、究極の鎧を製作できる人工知能を持った、アンドロイドのレオナルドでございます」
それはメタルグレイのボディを持った精妙な造りのアンドロイドであった。
レオナルドは、皇帝に敬意を払いながら話し始めた。
「皇帝陛下、2つのタイプがご用意できます。どちらがお好みですか」
レオナルドは、2つのホログラムファイルノートを差し出した。
鎧のひとつ目はだぶだぶした大昔の潜水服のようなタイプだ。立体画像がファイルから飛び出し、等身大の大きさになって目の前に現れる。
「こちらのスーツは名前をフィリッポセブン。とても堅い超合金と超高反発素材、衝撃を受けると硬化する素材を組み合わせた7層構造で、柔軟性があって動き安く、実は着心地も快適なんです」
すると素材の断面図やいろいろなスペックが空中に拡大表示される。
「特に、圧力や耐衝撃性能が抜群で、爆風に備えるならこちらが究極でしょう」
確かに衝撃には強そうだったが、だぶだぶの体のラインと、なぜかお腹のあたりがポコんと出っ張っているのが気になった。
「ああ、このお腹ですか、スーツの重量を軽くするため、小型の反重力エンジンをベルト部分に仕込んであるんです。ですから会的に歩けますよ」
そしてもう一つはプロテクタータイプのライブブラックというスーツだった。等身大に立体表示される。全身メタルブラックで、重そうな感じもだぶだぶした感じもなかった。
「こちらのタイプは、動き安いすっきりしたタイプですが、実は生命金属を使った特別製です。ご存知の通り、生命金属は電気エネルギーや熱エネルギーを吸収することにより、自己修復や自己強化を行うことのできる夢のような素材です。戦うほどに強くなっていく究極の鎧です。もちろん前の鎧にもあった反重力装置も装備されていて、重さも気にならず、大変動きやすくできています」
皇帝の瞳が輝いた。
「…気に入った」
だがその時、白いヒゲのマキシミリアンが口をはさんだ。
「ただ、生命金属はあまり流通していないため、以前なら友かく、最近はなかなか必要量が手に入らないのが弱点と言えば弱点です」
そうなのだ、昔は豊富に手に入る時期もあったのだが、その素晴らしい性能がわかるんに連れて、買い占められ、流通量が極端に減ってしまったのだ。
すると皇帝はしばし考えてから言った。
「わかった、心当たりがないわけでもない。近いうちに生命金属をこのかいざーパレスに山ほど集めよう。それでよいかな」
レオナルドは大きくうなずくと、細かい取り決めごとを言って、静かに消えて行った。それを見届けると、マキシミリアンが最後に締めくくった。
「商談成立ですな。では記念にささやかなプレゼントを置いてゆきましょう」
それはヒスイやトパーズ、黄金で創られたホルムフェニックスの小さな置きものだった。
「陛下の復活を記念して、不死鳥の置き物です。1流の職人に造らせました。台座にチップと小型のスピーカが取り付けられていて、時々美しい声で鳴きます。ぜひ守り神としておそばに置いてください」
「なんと…、なんと見事な美しさだ」
繊細な作品だった。皇帝が手に取ると、美しい音色でさえずった。皇帝はにこやかに笑い、客は静かに帰って行った。
「確か弟のベガクロスが闇市場で売りさばいた中に、ナインキューブと言う生命金属の売り物があったはず。行方を追え。買い戻せ、どんな手を使ってでも手に入れろ!!」
色々な陰謀や思いを秘めて、カイザーパレスは再び動き出したのだった
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