8 ホルムフェニックス
ホテルで調べ物をしていてくれたゼペックから暗号通信が届く。
「ドラドニア研究所にはまだ皇帝親衛隊が陣取っているようだ。だが、道路の封鎖などはとっくに解除されて、民間の自動車も普通に走っているようだ。研究所に近づきすぎなければ遭難タグの回収も可能だろう」
「サンキュウ」
クリフは闇市場の横を通り、砂漠のフリーウェイを抜けると岩がごろごろしている研究所の方にハンドルを切った。
「なるほど、派手にやってくれているな」
遠くに見えてきたドラドニア研究所のゲートは封鎖され、何台ものサンドバギーや軍用車が止まっていた。あちこちに皇帝の紋章が光っている。
「お、早速遭難タグの信号が出ているぞ」
遭難タグとは捜査官の体や重要な持ち物につけてあり、通常の通信端末などが作動しなくなったときに電波で位置を知らせてくれる小さなタグだ。クリフたち極秘任務を扱う捜査官用の者は、遭難時に絶えず電波を出し続けるのではなく、近くで特殊な送信電波を出した場合にのみ電波を送り返してくれるやり方で、敵に見つかることはほとんどない。
「反応があった場所は研究所から少し離れた岩陰だ。ここならなんとか近づけるだろう」
クリフは観光客を装って道路の脇にさっとサイパンを止めると、電波の位置を確認して走り出した。
「あった。ここだ」
もちろんそこにネビルはいなかった。クリフが見つけたのは肩ひもが引きちぎれたネビルのリュックサックだった。周囲には爆風で吹き飛んだ色々な残骸が転がっていたが、ネビル本人は跡かたもなく消えていた。クリフはリュックを持って、ホテルのゼペックのもとへと急いだのだった。
ホテルの駐車場でサイパンの充電を行っていると、早速ゼペックが乗り込んできて、仕事を始める。この特別仕様の電気自動車、サイレントパンサーの中ではセキュリティが完全なだけではなく、色々な分析装置も完備されているのだ。
「…他に目ぼしいものはなかったが、リュックの中に入っていたメモリーカードが異常にセキュリティが高い。これは大変なものかもしれない」
ゼペックの眼が光った。ゼペックお得意のセキュリティ解除人工知能を駆使し、中をのぞいて見る。
「3つのファイルが見つかった。1つ目はレスキューロボのもともとの設計説明書だ。そして2つ目は…、研究所の閉鎖の理由だと言う」
「それは興味深い…!」
そして3つ目のレスキューロボの特殊能力はさらに秘密があるらしく特別なパスワードがナイト読めないようだ。
「特別って?」
「…クイズのようになっている。科学は人々を幸せにするために存在する。さあ、私の新しい名前は何だ?…問題なのは、答えを間違えてにゅうりょくしても再挑戦できるのは一度きりだ。2回以上間違えると、このファイルは永遠に開かなくなる…」
「…私の新しい名前は??」
そもそも、私とはいったい誰なのだ?さすがにクリフにもゼペックにも、クイズの答えはまったく思い当たらない。だが1つ目と2つ目のファイルはすぐに読める。どうする?
「1つ目と2つ目だけでいい、すぐに見てみよう」
ネビルがビーストフォームの迷彩服男と黒ずくめの忍者男の間から拾ったメモリーカードが、今その正体を現していく…。
「今、サイパンの外部の360度監視システムもオンにした。誰かがこの車の周囲で怪しい行動をしてもすぐわかる。ファイルを開けるぞ」
「こ、これは…」
2人の天才、ヴェルヌ博士とペリー博士が膨大な時間と予算をつぎ込んで作り上げたレスキュー用のアンドロイドは7台あった。ほとんどの機体が全身メタルシルバーの耐熱ボディを持ち、火災の中でも長時間活動できる。
1台目R1は小さな隙間でも入り込める翼を持った小型のドローンタイプ、偵察や連絡が主な仕事で、災害現場の司令塔にもなる。2台目R2は瓦礫も能率よく取り除くことができる大型の怪力タイプ。3台目R3と4台目R4は高速で被災者を運搬できる汎用タイプ。そしてクリフがこれだと直感したのが5台目R5だった。唯一のメタルブラックの機体で、崩壊した建物や瓦礫の中から人々を見つけ助け出す、高性能の機体だ。
「大きさも、見た目も非常によく似ている。こいつが何らかの原因でハカイオウになったに違いない」
「おや、R5にはこんな能力もあるぞ」
そもそもハカイオウには、エネルギーや情報の中心点となる場所を、探り当てるセンサーと、エネルギーが暴走したり漏れ出すのを感知するセンサーがあるらしく、最低限の攻撃で中心部を破壊したり、弱点をつく破壊センサーと呼ばれていた。だがこれを見ると、エネルギーが集中して爆発しそうなところと、漏れ出して事故につながりそうなところを見つけ出すセンサーが組み込まれているとある。つまり、もともと破壊センサーは破壊するためのセンサーではなく、安全にレスキューを行うためのセンサーだったわけだ。
「なるほど。破壊ではなく救助のためのセンサーだったのか」
人を救助するアンドロイドが、なぜ破壊するためのロボットと変わってしまったのか?
そして次、6台目R6は、お助け機能満載の多機能ロボだ。丸いボディの中に、救急手当てセットや最新医療の薬箱、体温を上げるための全身用温熱パッド、体力回復のための超栄養ドリンク、撮影・録音機能、AI電子辞書。発電機能、ソーラーシステム機能、消火機能まで、災害時に役立つあらゆる機能がつめこまれている。
そして7台目R7は博士たちの知識を詰め込んだ人工知能ロボットだ。メンテナンスや修理はもちろん、改良や設計もできる天才アンドロイドでもある。
この機体はドローン変形モードもあり、緊急時に飛んで駆け付け、修理作業もできる。
現在このすべてのアンドロイドは開発中止となり、現存もしていない。記録さえも消されようとしていた。
そしていよいよ2つ目のファイルが開いた。
「ドラドニア研究所閉鎖の原因について」
まず、ある事件が発覚したのが始まりだった。研究所に出入りしていた一人の学者、アレックス・レムという男が、ロボットデータの一部を書き換え、自分の人格や自らの思想をこのレスキューロボの1部に植え付けてしまったことが発覚。大騒動となる。また同じころ、この高性能なレスキューロボットの研究が軍事転用されると言う事件が起こり、レスキューロボの計画は凍結されてしまったのだ。このメモリーカードももう陽の目を見ることはなかっただろう。
「…ということは、そのあれっくす・れむという男が何らかの意図を持ってレスキューロボを自分のコピーのようにしてしまったと言う事か…?」
「ハカイオウを動かしているのは、あれっくす・れむかもしれない」
アレックス・レムは、優秀な人工知能の開発車で、主にロボットの電子頭脳などに関わっていて、7台目のR7の人工知能のデザインを担当していたと言う。そしてこのR7のメンテナンスや修理能力を使い、人間たちの知らぬ間にR5のメモリーを書き換えてしまったらしい。
「おい、ちょっとまて、とんでもない動画が入っているぞ」
ゼペックが声を高くした。アレックス・レムは、1年前に謎の死を遂げていて今はもういない。しかし、レムの生前のメッセージ画像が残っていたのだ。
「おい、クリフ、確かにあるぞ。レムの生前の動画だ。少し長いが見てみるか?」
「ああ、もちろんだ。今回の事件の原因がわかるかもしれない」
アレックス・レムの動画はレスキュー経験者の記録ファイルの中に発見された。他のレスキュー隊員の記録は今まで経験した災害や、事故の行動記録や報告がほとんどだった。だがアレックス・レムは延々と自分の子供のころの思い出を話していたのだった。
アレックス・レム…、一見メガネをかけたひ弱そうな男だったが、話を始めると頑固で意志の強そうな感じであった。
「…私は、アレックス・レム。人工知能の設計に関わっている。さて、このアドニス太陽系には3つの開拓惑星がある。大河と移籍のルパート、広大な砂漠のエスパル、そして生命と森林の星ホルムだ。ホルムは多くが熱帯雨林で未知の風土病も多く、貴重な野生動物も多いためほんのわずかな場所しか開拓はされていなかった。とくにあの伝染病で数十人が死ぬ大事件が起きてから、新しい開拓は事実上停止したままだ。私はあのホルムの大事件を経験している。一つの村が全滅した大事件の生き残りだ。今こそ、あの大事件の真相を語ろう…」
こんなとんでもない記録が、レスキュー隊員の記録の中に紛れ込んでは言っていたのだ。
まずは事件の起こる前の村の様子から話そう。私達の家族は両親と姉、そして弟の私の4人暮らしだった。熱帯のホルムの中では比較的住みやすい高原地帯で冶才を造る農業移民として働いていた。村の周囲は源流地帯で1年十安定した気候で何よりも大自然に恵まれていた。僕が初めてこの村に来た時、源流から引いてくる透き通った用水路が村中に張り巡らされ、どこを除いても透き通ったエビや二枚貝、小魚やカエル、くるくると泳ぐ水生昆虫などが見えて、夢のようだった。昼はセミの大合唱、夜はカエルの鳴き比べで、昼も夜もにぎやかな場所だった。朝は珍しい鳥のさえずりがあちこちにこだまし、家族と一緒に収穫に行くのも楽しかった。人口150人ほどの村だったが、生活は意外と恵まれていた。農園は原則無農薬で、水やりや肥料は人工知能が管理していた。草取りや害虫駆除はロボットやドローンが行い、村全体の負担も意外と少なかった。医療センターもあり、ネットとロボットをつないだ、高度な医療もウけられた。中でも記憶に残っているのはいくつもある源流をもとにした水道システム。いくつかの泉はそのまま飲んでもいいと許可が下りており、よく姉と私は魔法の水だと言っておいしい泉の水を汲みに行ったものだった。その泉のすぐそばには渡り鳥の集まる透き通った沼があり、アドニス星系で一番美しい鳥だと言われていた、ホルムフェニックスが良く姿を見せていた。メタルの光沢があるブルーとグリーンの羽にゴールドの飾り羽。すらっとした大型の鳥で、本当にフェニックスだと言われてもおかしくない神秘的な美しさの鳥だった。だが、この村でも1年に1カ月ほどの雨季があり、その頃に、ジャングル性の蚊が大量発生するのが問題であった。ジャングルに派未知の伝染病がまだいくつもあり、どうしても数年に1度は流行するのだった。そして事件は起こった。僕の村で未知の伝染病にかかったお年寄りが、2名病院に担ぎ込まれ、そのうち1名が死んでしまった。手足に赤い斑点が浮かび上がるのが特徴だった。宇宙連邦では早速対策をとり、それから政府と契約した大きな製薬会社「ノースクロス」の害虫駆除隊が乗り込んできた。その時やって来た社長のジャック・ノース師は新開発の駆除薬で、一晩で伝染病を一掃しますと言っていたのが印象的だった。
昼ごろにノースクロスはやってきて、社長の話があり、午後にドローンや駆除隊の手により新薬の散布。タバコと同じく吸いこんでもすぐに分解されるので人間には無害だと聞かされ、いつも通りの暮らしを続けていた。そして夜が来て、朝が来た。その日のことは一生忘れない。
不気味だった。カエルの声が全く聞こえない沈黙の夜に続き、小鳥のさえずりがどこにもない静かな朝が来た。3歳年上の姉がいつもより早く起きて、魔法の水を取りに行くと言って、早々と泉に出かけて行った。やがていつもの一番おいしい泉の水、魔法の水を組んで帰って来た姉が、僕の顔を見るなり悲鳴のような声を上げた。
「大変、沼のほとりでホルムフェニックスが2羽も死んでる!」
「なんだって?!」
学校の取り組みでこの高地の沼に立ち寄るホルムフェニックスの観察をしていた僕は沼に向かって走り出した。庭を飛び出し、農園を走り抜け、丘を昇り、林に差し掛かった時、透き通った沼のほとりで、美しいホルムフェニックスの若いオスとメスが、折り重なるように、眠るように倒れて冷たくなっていた。僕はすぐに村の市民センターに連絡した、すぐにセンター長やお偉方、そしてなぜかノースクロスの社長たちが駆け付けた。
すぐに調査がはじめられたが、ほんの数分間調べた後にあの社長が大きな声で言った。
「これはあの伝染病だ。消毒駆除が遅かったのだ。大変だ、これでは村人の間にもう広がっているかもしれない!」
「なんですって!!」
社長は鳥にも人間にも伝染する病原菌だと言い放ったのだった。その時は子どもだったから、ろくに調べもしないでわかるはずがないなどとは思わなかった。本気で信じた。…そしてそうだとすると家族が危ないと自宅に飛んで帰った。
「パパ、ママ!姉さん!」
森も農園もすべては静まり返り、用水路は透き通って清らかに流れていたが、でも生き物の姿は絶えてどこにも見えなかった。
家の中も静まり返っていた。嫌な予感がして。あわてて部屋に入ると、両親も姉もテーブルで眠るように動かなくなっていた。母が持っていたコップが倒れてこぼれ、テーブルの下にまだぽたぽたと水が垂れていた。
すぐに救急車に連絡!
「アレックス…」
姉のかすかに呼ぶ声が聞こえた。
「姉さん、伝染病だって、すぐに救急車がくるから…!」
すると姉は苦しそうにささやいた。
「違うわ伝染病じゃない。ほら赤い斑点はどこにも出てないでしょ」
「じゃあ、なんでみんな倒れているの!」
「私がいけないのよ。アレックス、あなたは決して水を飲まないでね」
そう言ったきり姉は動かなくなった。すぐに救急車が来て家族は運ばれていった。なにが何だか分からなかった。救急車に同乗して病院まで行く。するとうちの家族の後からも、自家用車や救急車でぞろぞろと沢山の村人が担ぎ込まれてきた。
みんな伝染病と診断され、隔離され、そしてほとんどが家に帰ってくることはなかった。
突然家族と死に別れ、僕は親戚に引き取られ、しばらくはパニック状態が続いていた。やっと少し落ち着いた時、ニュースを見て驚いた。なんとあの日、死亡した村人は自分の家族を含めて44人、しかも、ノースクロス社が伝染病の感染をストップさせたと英雄扱いされていたのだ。実際死者が出たのは1日だけ、そこからは残りの村人全員が、ノースクロスの手によって村から運び出され、それ以上の感染者も死亡者も出ていなかったのだ。
でも、やっと落ち着いて頭を整理した自分にはわかった。カエルの鳴き声も、鳥のさえずりも、セミの声も何も聞こえなかった。あのドローンが飛んだあと、村の周辺から命がすべて消えさった。あの新薬は無害なんかじゃない、伝染病を根絶したと言う実績作りに強い新薬が使われたのに違いない。だが何かの手違いで多量の薬をあの泉に混入させてしまったのだ。だから泉の水を飲んだ両親は死に、姉は自分のせいだと言ってこと切れた。泉に来ていたホルムフェニックスは折り重なるように死んでいたのだ。それを見に行って大騒ぎし、泉の水を飲まなかった自分だけが生き残ってしまった。そうに違いない。僕には確信があった。赤い斑点がないと言っていた姉の言葉を思いだし、病院で担ぎ込まれた人を一人一人自分は見ていたが、赤い斑点が手足に浮き出ている人は一人もいなかった。
あれは伝染病じゃない、社長の言っていた新薬が原因で死んだんだ。僕はある仮説を立ててこっそり村人たちを調べた。あのひ伝染病だと診断されて死んでしまった村人は、うちの家族と同じように、よく泉の水を飲んでいた、泉の周辺の者たちばかりだったのだ。
僕はそれをみんなに言って回ったが、8歳の子どもの言うことなど誰も信じなかった。村の周りの自然が、命のすべてが死の沈黙に飲み込まれてしまった。姉さんがあんまりにもかわいそう過ぎる。家族のためだと冷たくておいしい泉の水を毎朝汲みに行っていたのに、その水がパパとママを殺してしまった…。自分のせいだと思いながら死んでいったなんて?あんなやさしくて家族思いの姉さんだったのに…。!
「姉さんが、両親が、近所の仲間がみんな死んだ。森も死んだ、農園も用水路も死んだ。透き通って、命も見えなくなった。その代わりに製薬会社が英雄だ。僕は決して許さない、ノースクロスを、そしてあのうそつき社長を!」
クリフとゼペックは現実を確認しながアレックス・レムの深い闇を知った。ノースクロス社は伝染病を1日で消滅させた会社として有名になり、ドンドン大きく、巨大企業に成長して行った。ノースクロス社のノース社長、彼はその後、弟に会社を譲り、自分はその莫大な資産を使って軍事産業へと乗り出す。弟の製薬会社はベガクロス社と改名し、兄のノースはやがてマリア・ハネス・メルフィスの王国の防衛大臣に就任、そして現在あの時の社長は現在皇帝クオンテクスと名乗っている…。
「アレックス・レムの強い怒りがハカイオウに移植されたとするなら、ハカイオウがなぜ執拗に皇帝をつけ狙うのかがわかる…。」
ゼペックがそう言うと、クリフは続けた。
「皇帝が復活する宮中晩さん会の日に、奴は、ハカイオウは必ず姿を現す…」
「ううむ」
クリフはこのアレックス・レムのファイルを長官に見せて、連邦検察局に働きかけてもらうことにした。ゼペックは、見ることのできなかった最後のファイルを分析すると言う。
「あと魔薬王ベガクロスのところのメルパが操る昆虫メカが、放っておけばこの先厄介な存在になるだろう、できれば昆虫メカをもっと捕獲し、分析ができるといいのだが…」
2人は、だんだんと近づいてくる皇帝の宮中晩餐会に向けて、綿密に作戦を立てていったのだった。
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