5 サイレントパンサー
クリフは砂漠の惑星に降り立つと、その荒涼とした砂漠のフリーウェイが見えるゲートに歩き出した。するとさっとそこに中型の白のワゴン車が迎えに来る。クリフは無表情で何も言わずにその車に乗り込んだ。ドアが閉まり、車が走り出す。突然クリフはニコニコして運転席の男に話しかけた。
「やあ、ゼペック、久しぶり。まさかこの砂漠のフリーウェイをゼペックとサイパンで走れるとはな」
ゼペックと呼ばれた理知的な技術屋は自動運転に切り替えると、椅子を後ろに回転させた。どこかでピーピーと小さな警告音が鳴っていた。すると、しゃべるなと指を立てて、突然、スティック状の探知機を取り出し、クリフの体をチェックした。クリフのスーツの襟の後ろに反応があり、ゼペックはスティックに着いたロボットハンドでそれをすぐに除去した。
「もう、しゃべって平気だ。反応は1つだけだった」
「いったいなんなんだ?」
「超小型の昆虫型の盗聴盗撮マシンだ。心当たりはあるか?」
「たぶん、ベガクロスのところのメルパの使っているやつだ。きちんと着替えてチェックしたはずなのだが」
さっき見た美しい蝶のタイプではなかった。こいつは空も飛べるが、ずんぐりした豆粒ほどのコガネムシで、着替えても、場所を代わっても、それを感知してまたしがみついてくるしぶといタイプだと言う。
すぐに分析されてモニターに拡大画像が出る。
「す、すごい高性能メカだ。おいおい、なんだこれ、毒針みたいなものまで着いてるぞ」
とりあえず刺されなくてよかったが、ゼペックに会っていなかったら、情報が筒抜けだった。最近はどこに言ってもほぼ100%何らかの監視カメラシステムが機能しているので、クリフのような秘密任務の人間にはかなり難しい環境となった。この捜査官専用の自動車サイレントパンサー、愛称サイパンは、どこにでもあるような白いワゴン車だが、実は仲間との安全な会議場所としてもともと開発されたものだ。自動運転の電気自動車だが、あちこちにいろいろな仕掛けがあって、この中では極秘の内容を話したり、本部と連絡をとることも安全にできる。音が遮断されていて、また外からは中が見えない特殊ガラスを使っている。盗聴盗撮装置にも今のようにすぐ反応し、除去、分析も速やかに行える。いざという時の防弾装備もあり、まだ未体験だが、ゼペックにより水上推進装置も装備されていて、水の上も走れるらしい。
砂漠の惑星エスパルは、観光客でにぎわうバザールが有名だ。その奥には非合法な取引が横行する闇市場もある。だが、この宇宙空港のあたりはエスパルのラスベガスと呼ばれているエリアで、このフリーウェイの先には巨大なカジノやホテル、レストラン街やアウトレット、テーマパークなどがずらりと立ち並ぶ。
「じゃあ、ムナカタは、今確かにエスパルに来ているのか?」
「ああ、ちょっと前から自分の店に帰っているよ。お前の話しをしたら、ムナカタは大層喜んで、例の個室を用意してくれるとさ」
「へえ、予約まで取れたの階?」
「今ちょうどこの第三開拓地の4人のボスの一人、海賊王フラッシュギラードがやってきていて、一般の客は数日間入れないようにしているらしい。でもクリフとなれば別だとさ。その海賊王のために用意した特別のコースを出してくれるそうだ。ステーキディナーコースだそうだ」
ムナカタは地球の高級食材や採れたての海産物などの味を壊さない磁気急速冷凍コンテナや電波冷蔵コンテナを開発し、独自のグルメ物流システムを作り上げた男だ。この第3開拓地でグルメコンテナが襲われる事件が起きた時、クリフがグルメコンテナを犯罪組織から奪い返したことがきっかけで親しくなった。それからも危険な場所に高級食材を運ぶときなどに相談に乗ることが多く、すっかり意気投合してしまったのだった。
フリーウェイを降りて、中世のヨーロッパのさまざまな城をデザインしたテーマパークを横に見ながら、堀にかかった橋を渡り城壁をくぐって、古い街並みに入って行くと、そこがレストラン街だ。自動運転のサイパンに、城そっくりなパーキングに入るように命令し、車を降りて賑やかな通りを歩いて行くと、スーパー人気のシェフ、ムナカタケンザブロウの店、ムナカタだ。
店に入ると、街並みに合わせて、中世の甲冑を着た2体のロボットが丁重に挨拶をしてくれる。
そして天上の高い古風な個室に通されると、クリフもゼペックもやっと落ち着く。この個室も実は捜査局お墨付きの盗聴、盗撮防止装置付きの安全空間なのだ。
海賊王のために用意されたディナーコースは、面白いことに、女性でも食べきれる標準盛、各ステーキを好きなサイズに大きくできるカスタマイズ盛、そして超特大ステーキと厚切りローストビーフサラダなどの追加品が選べる得盛に分かれていた。クリフとゼペックは2人とも標準盛だ、もともとこの店は量が多いのだ。
「前菜はビーフシチュー三種の盛り合わせでございます」
1つ目は、近江牛のすね肉フォアグラ乗せトリュフ添え、2ッ目はやわらかタンシチューのクリームソースパイ包み、3つ目は、テールシチューのプディング風だった。これが一口サイズで小さな皿に盛り付けられている。近江牛は箸で切れるほど柔らかく煮込んであり、まったりしたフォアグラやトリュフとよくからむ。タンシチューは、ミルキーなクリームソース風味がミートパイに仕立ててある。テールシチューのプディング風は、テールのぷよぷよのゼラチン部分をプリンのような形に盛り付け、ほぐした肉を混ぜたオニオンソースをカラメルのように乗せたおつな一口料理だった。
次にローストビーフをトッピングしたサラダが運ばれてくる。さっぱりしたドレッシングとローストビーフがこんなに合うとは!
「焼き蛤のスープキャビア添えでございます」
次は一休みしてさっぱりしたシーフードスープだ。香ばしい焼きハマグリが透明なコンソメスープに半分以上沈み、上にキャビアがたっぷり乗せてある。
「次はトロトロ牛カツをお楽しみください」
次に出てきたのは、65度の低温で長時間細胞を壊さないように煮込んだ赤身の牛肉、それにさっと小麦粉とパン粉をまぶして表面だけパリッとあげた牛カツにムナカタの特性フルーツソースをかけた逸品だ。一緒に出てくるサラダやパンを使ってサンドイッチにもできると言うので、クリフは早速頼んで作ってもらった。
「こりゃ、いいぞ」
パリ、サク、トロと多様な食感を糯もちっとしたパンがふわっと包む、うまい。
「メインのステーキは2つの中からお選びいただけます」
1つは霜降りA5ランクの和牛ステーキ、お好みで本わさびソースも選べる、2つ目は牧草だけで育てた良質の赤身肉をじっくり熟成させ、香木で焼くことによって燻製のような香りをつけた逸品だ。味つけは熟成した赤い胡椒と岩塩のみ。こちらは熟成中に水分が飛んでいるのでレアで食べるのがお勧めだと言う。
「両方食べるステーキノ食べ比べもできますよ」
「はは、それも魅力だが、今日は遠慮しておくよ」
満腹になって来たクリフもゼペックも今日は熟成ステーキを選んだ。
「やはりムナカタの熟成技術は凄い。肉が格段に柔らかくなり、アミノ酸のうまみが口いっぱいに広がる!」
「いやあ、この香木のスモークがたまらないいい香りだ!」
まさにステーキコースの最後を飾るにふさわしい迫力のステーキだ。
大満足してコーヒーとジェラートを食べていると、すぐにシェフのムナカタが入ってくる。クリフとゼペックが料理を一つ一つ取り上げておいしい、おいしいと感想を言う。ムナカタは牛カツに賭けたフルーツソースが甘すぎなかったかと心配していたが、塩味もちょうどよかったと言うとニコニコしていた。
「それで今回の要件なんだが…」
クリフがムナカタに斬りだした。実はムナカタはその料理の腕と信頼から、この第3開拓地ではほとんどどこにでも出入りができる貴重な人材なのだ。
「…なるほど、クオンテクス皇帝の次回の宮中晩餐会ねえ、もちろんうちの厨房チームも参加するよ」
「皇帝はその日に姿を見せると予告してきた。まずハカイオウが狙うとしたらそこに違いないとにらんだわけさ」
「まあ、まずまちがいはないだろうね」
「ところが一度襲われた皇帝は疑い深くなってね。宇宙警察も我々捜査員でさえもカイザーパレス周辺に近づけない方針なんだ」
今度ばかりは、ハカイオウでも入ってこれるかどうか?!
でも、ムナカタの厨房チームはもちろん出入りするのである。
「なるほど。クリフは器用だからうちの厨房スタッフの一人になり済まして入ることも可能だが…。いや、ちょっと待てよ、うまく行くとクリフの腕を生かした潜入方法がある。そこなら、イズナを持って入ることも可能かもしれない」
どこでも出入りが可能なムナカタでも、さすがに危険物のチェックは受けなくてはならない。でも拳銃を持って宮中晩餐会に出入りできるとしたら?
「まあ、うまく行くかどうかは、クリフの運次第だがね」
ムナカタが連絡をとると、相手方はすぐに来てくれと言う返事だった。
「海賊王フラッシュギラードは、昨日ステーキのコースを食べたばかりでとても機嫌が良かったよ。ああ、彼のとこは、ほとんどがカスタム森コースで、ステーキ食べ比べだった、特盛りも何人かいたな。なんてったって、肉体を使う奴らだからな」
そしてゼペックとクリフは、サイレントパンサーに乗り、まさかの4人の実力者の一人、海賊王フラッシュギラードのところへと急いだのである。
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