#4-2 妻の姿を求めて私は彷徨います②
私は深夜の高速を走り続けていた。
後部座席には毛布にくるまった一樹が寝息をたてている。
今日、ブラックザザーンの秘密基地を出た私は、そのまま一樹を学校に迎えに行き自宅へと戻った。学校には親類に不幸があったことにして3日ほど休むことを伝えてある。
さすがに一樹も不審そうな顔をしたが、お母さんを迎えに行こうと言うと大きく「うん」と頷いた。
秘密基地を出る際に美代子の位置を確認した時は、東京から北西の方向に移動しているようだった。
しかし夜の時点になってからはある一点に止まってほぼ動いていない。
そこは、関東にあるG県北部の山中だった。
私には土地勘のない場所だが、毛布や食料の他、家にあるキャンプ道具で使えそうなものを車に積み込むと、地図が指し示す場所に向かって直ぐに出発した。
ジェネラルゲソーは今日も含めて3日と言っていた。
あと1時間ほどで日付は変わってしまうから、実質残りは2日しかない。
考えないようにしても焦燥は深まるばかりだった。
最寄りのインターチェンジに近いサービスエリアまで到着したのは午前2時を回った頃だった。私は3時間ほど仮眠を取ることにしてシートを倒した。
早朝、私は運転を再開した。
高速を降り一般道を走り続ける途中、起き出した一樹とドライブインで朝食を取り、再びマップが示す山間部へ向けて走り続けた。
しかし、ある程度近づいたと思われたところで私は進路を見失ってしまった。
マップが指し示す場所はある山中なのだが、車のナビでは今いる県道からはその場所へこれ以上近づける道はなかった。
スマホの地図で探してみても、途中までは何か道らしき表示はあるのだが、その先にはなんの表示もなかった。
本当にここで合ってるのか?
同じ道を何度か往復するうちに、私はようやく手がかりを見つけた。
私が走っていた県道から、生い茂った草に隠されるように一本の道が分岐している箇所があったのだ。
舗装は荒れ、落ち葉や木の小枝が散乱するその道の前で、何か情報はないかとスマホで検索を繰り返すと、廃墟マニアと思われる人物のブログの中にようやく一つだけ有用な情報が見つかった。
マップが示すあたりには、かつて小規模な鉱山と鉱泉が湧く小さな湯治場があったらしい。しかしそれも相当昔に放棄されたらしく、今では当時の痕跡はわずかで見るべきものは少なく、その場所へ向かう道路も廃道となり荒れ果てているため、準備と経験がなければ来訪は勧めない、と書かれていた。
一樹もいるから一瞬迷ったが、もうここ以外には手がかりはないし時間も残り少ない。
とりあえず、行けるところまで進んでみようと思った。
しかし、車を廃道に乗り入れ小石や木の小枝を踏みしめながら二百メートルほど進んだところで期待はあっさりと潰えた。
目の前には直径が20センチ以上ある倒木が道を塞いでいる。
その奥を見ても、これまでよりも大きな落石がいくつも転がっているのが見えた。
私のセダンではこれ以上進むのは無理だった。
「一樹、もう車で進むのは無理のようだ。ここからは歩くしかなさそうだが一緒に来るか? 無理そうなら戻って途中にあった旅館に一樹だけでも泊めてもらうようにするが……」
助手席の一樹は前方の荒涼とした光景をみながら首を振る。
「お母さん、この先にいるの?」
「ああ、きっと」
「じゃあ僕も行く!」
強いまなざしで私を見つめる。
「……わかった、一緒に行こう」
私は車を道の端に寄せて、トランクから毛布、寝袋、非常食等必要そうなものを選んでバックパックに詰め込んだ。
一樹にはマウンテンジャケットを着せて準備が整うと、私達は荒れた山道へと踏み出した。
※※※
歩き始めて1時間ほどたったところで、私達は道路の脇の石に腰掛けて昼食を兼ねた休憩をとっていた。
道の荒廃はひどく、一樹もいるから思いのほか進みは遅い。
陽があるうちに着くのは無理か……。
今後について考えていた私に、一樹が何かを訴えかけていた。
「――さんっ、お父さんっ、何かがこっちに来るよ!」
「え? こんな所にいったい何が……」
一樹が指さしているのは私達がこれまで登ってきた道路の方角だった。
何かの低いエンジン音と木の枝をへし折るような音が徐々に近づいてきている。
やがて、カーブの先から現れたのは巨大な車体を揺すりながら石や倒木を乗り越えて進んでくる、映画で見る軍用車両のような車だった。
「すごーい、すごいね、お父さん!」
無邪気に手を振る一樹と私の前で、その車は止まった。
中には、若い男性が3人と若い女性が1人乗っていた。
運転席から凛々しい目をした青年が顔を出す。
「この先に向かうんですか?」
「ええ、そうです」
「この先は、しばらくこんな荒れた道が続くそうですよ。それに、登山道や景勝地があるわけでもないはずですが」
「そうですか。しかし、私達にはどうしても行かなければならない理由があるのです」
一瞬、怪訝そうな表情を浮かべた青年が再び口を開く。
「なるほど。実は俺達もそうなんです。……よかったら乗っていきませんか? お子さんが一緒では大変でしょう」
「いや、しかし……」
戸惑う私に比べ、一樹は「すごーい、乗りたーい」とはしゃいでいる。
しかし、この青年が言う事ももっともだ。このままのペースではいつ目的地に着くかも怪しくなってきている。
私は青年の申し出を受けることにした。
車は倒木や落石をものともせず悪路を進み続けた。
大きく車が揺れるたびに一樹は歓声をあげている。
青年達は、運転席で私に声をかけてきたのが
「しっかし、酷か道ばい」
「本部からこの車を持ち出さなかったら、大変なことになっていたな」
彼等の会話をぼんやりと聞きながら、私は昨日からの疲労のせいか不覚にもいつの間にか眠ってしまった。
車が停車する気配に、私は目を覚ました。
「どうやらここまでのようだ」
蒼井の言葉に前方に目を向けると、そこには巨大な壁のような山肌が迫っていた。
それはどうやら地滑りが発生した跡らしいが、道を完全に塞いだ土砂と岩石の上にはすでに低木が茂っていることから、かなりの年月が経過していると思われた。
さすがに、この車でも乗り越えることは出来ないだろう。
「仕方ないな、じゃあこっからは徒歩だね」
緑川が手早く身支度を始める。
「心配せんでも野営の準備は万端じゃい」
黄場は荷台から次々と荷物を運び出す。
「えーっ、温泉あるんじゃなかったの?」
「正確には鉱泉だな。湧いてるかどうかはわからないが」
むくれる桃園に蒼井が素っ気なく答える。
「あー、もし必要なら俺も何か持つが……」
「大丈夫ですよ、俺達はいつもトレーニングしているので」
私の申し出をやんわりと断ると、青年達は言葉通りに手際良く荷物をまとめてそれぞれが背負い込んだ。
「よし、出発しよう」
青年達と私達親子は、列を組んで斜面に足を踏み入れた。
しばらくは廃道沿いに進み、地図を確認しながら尾根筋に出る。
青年達は確かにこのような行軍に慣れているようだった。もし私だけだったら、こうはいかなかっただろう。
ただ、時計は既に午後3時を回ろうとしていた。
どちらかといえば足を引っ張っている私が言うのもなんだが、このままでは陽のあるうちに目的地までたどり着くのは難しく思えた。
その予感は的中し、陽が大きく傾いてきた頃、蒼井が「今日はここまでにしよう」と言った。
私としては一刻も早く目的地に向かいたい気持ちはあるが、このまま行っても遭難するのは目に見えている。私はやむなく従うことにした。
野営地にはいくつかテントが張られ、黄場と緑川は石を即席で組み上げた窯で食事の準備をしている。
一樹はといえば、すっかり懐いてしまった桃園にじゃれついていた。
「僕、大きくなったらお姉ちゃんとけっこんするー」
一樹が桃園の太腿に寝転がりながら唐突に宣言する。
「えー? 一樹君いくつだっけ?」
「10歳ー!」
「そっかー、一樹君が結婚出来る年になるころなら、ギリ二十代かなぁ」
「何を真剣に答えてるんだよ」
蒼井の横槍に桃園はフンと鼻を鳴らした。
「甘いわね、理想の男は待つんじゃなくって『造る』のよ。私が見たところ一樹君はこれからイケメンになるし、後は私好みに育て上げれば……」
その時、黄場の声が響きわたった。
「おーい、出来上がったばい。一樹君も腹が減っとうと? 今日はこの黄場弦太郎特製のぉ――」
黄場が手に持った大鍋を掲げる。
「パエリアじゃーい!」
……カレーじゃないのかよ。
「田上さんも一緒にどうじゃい?」
「いや、いろいろ世話になっておいてこれ以上は……。非常食も一応持ってきてあるから」
「かーっ、水くさか! ここまできたら旅は道連ればい」
紙皿に豪快に盛られたパエリアを差し出され、私はそれを有り難く受け取ることにした。
焚き火が小さく爆ぜる音がした。
桃園と一樹はテントの中で寝息をたてている。
今は、私と3人の青年が焚き火を囲んでいた。
私はスキットルのウイスキーを一口飲み干す。
「君達は――」
私は、ずっと迷っていた言葉を口にした。
「あのバトルスーツを使えば目的の場所にはたやすくたどり着けるはずなのに、なぜこんな手間をかけて向かっているんだ?」
青年達が一瞬顔を見合わせる。
蒼井は私の真意を測るようにゆっくりと語り出す。
「俺達は、任務で来ているわけじゃない。本部の中には
「今朝のことじゃい。それまで途絶えていた赤城どんの位置情報が突然復活したと。まるで逃げも隠れもせん、とでも言っとるようで、おいどんは居ても立ってもおられずやってきたばい。ところで、田上さんはここで何しよーと?」
……彼等に尋ねてしまった以上、私のことだけを黙っている訳にはいかないだろう。
私は、ソースは明かせないとした上で、アドギラとギリエムの過去を青年達に話した。
そして、ギリエムは彼等の仲間の赤城という青年であり、アドギラはとある事故で魂が融合してしまった私の妻だと伝えた。
「えーっ!? それって時空を超えた許されない愛ってこと? すごぉい!」
突然、桃園がテントから飛び出てくる。
「……寝てたんじゃなかったのか」
「こんな恋バナ、スルー出来るわけないでしょっ、あー尊いわぁ」
ひとりで盛り上がる桃園を置いて、蒼井が私のほうに向き直る。
「それで、田上さんはどうするつもりなんだ?」
「どうもこうも、ただ迎えに行くだけさ。妻は必ず帰ると言っていたしな」
そういいつつも、一抹の不安は拭えなかった。
もし、ギリエムといることでアドギラの心が勝ってしまっていたら……。
その夜、それぞれの想いを抱えたまま私達は短い仮眠をとった。
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