4章 妻と私に試練が訪れます
#4-1 妻の姿を求めて私は彷徨います①
「ジェネラルゲソー」と表示されたアイコンが切り替わり、画面に金色のイカ男の姿が映し出された。
「何か」
「『何か』じゃねーよ、1時間以上無視しやがって。いろいろ話がある、大体な――」
私がまくし立てると画面のジェネラルゲソーがそれを制するように片手をあげる。
「聞こう」
ちっ、ふざけた格好の割に妙な威厳だけはあるな。
「……1つ。今日の明け方、美代子がいなくなった。原因はアドギラとその恋人のギリエムとの過去が関係してるらしいが、俺には何かわからない。それを教えてもらおうか」
「私にも詳細は即答出来ない。だが調べさせておこう」
「2つめ。むしろこっちが本題だが、美代子を探すのを手伝ってくれ。美代子は自分で決着をつけると書き残していったが、夫として放っておくわけにはいかない。そもそも、決着が何を意味してるのかもわからないしな」
ジェネラルゲソーは少し考えるような仕草をする。
「その件については我々にとっても懸念材料ではあるが、それは組織防衛上という意味においてだ。経緯はともかく、ミスティックムーンが敵と結託した可能性を考慮すると我々としても対処は必要だと考えている」
「回りくどい言い方だが、裏切ってたら処分するってことか? だが、裏切ったとしてもそれは美代子がじゃない、アドギラだ」
「子細についてはマッスルオオカミの記録から確認はしてある。不可抗力の部分があることは考慮する」
「美代子に危害を加えないことは確約しろ。交換条件はコイツだ」
私はポケットから取り出した秘石をカメラの前にかざす。
「それは任務により獲得したものだ。お前に所有権を主張できる道理はないと思うが」
「理屈なんてもうどうでもいいんだよ。俺は美代子を取り戻したいだけだ。それだけ約束されればこんな石に興味はない。だが、約束できないと言うのであればスカイチャージャーにくれてやっても構わないと思っている」
ジェネラルゲソーが画面越しに私を真っ直ぐに見据える。
「……ふむ、約束しよう。では、秘石を秘密基地まで持参してもらおうか。替わりにお前の望む情報を与えよう」
「悪の組織の言うことを素直に信じろと言うのか?」
「我々が『悪』を自称するのは現世界に対する意趣返しのようなものだ。非道を是としているわけではない」
「……わかった、そこまで言うなら信じよう。ただ、これから一度息子を迎えに行かなければならないから、基地に向かうのはそれからになるが構わないか?」
「問題ない」
「わかった、午後には着くと思う」
私は通話を切ると、手早く身支度を始めた。
※※※
私は山あいの曲がりくねった道路を車で走っている。
目的地は、ほんの数週間前バーベキューの最中に拉致され、美代子が魔改造を施された奥多摩某所にあるブラックザザーンの秘密基地だ。
今朝、実家に一樹を迎えに行き学校に送り届けた後、私はそのままブラックザザーンの基地へと車を走らせた。
一樹にはお母さんは急なお仕事でこれなくなったと伝えたが、何かを感じたのか素直に私に従った。私の両親も何事か異変を感じてはいたようだが何も言わなかった。おそらく、夫婦喧嘩でもしていると思ったのだろう。
やがて、小さな工務所の看板が見えてきた。
私は脇道へと進路を変え、素っ気ない造りの門の前でクラクションを鳴らす。
門が開き、敷地の奥へと車を進める。
山肌に据え付けられた重厚な鉄扉の前で車を止め、私は車を降りた。
鉄扉が開くと数人の戦闘員が出てきて私を中へ促す。
薄暗い通路をいくつか曲がると、巨大なモニターや機器が並ぶ司令室のような場所へと通された。
中央の重厚な椅子にはジェネラルゲソーが座っている。
「遠路よく来てくれた、田上俊男」
「ああ、都心に営業所でも作ってくれると助かるんだが」
「なるほど、今後を考えれば必要かもしれないな」
「……ただの皮肉だよ」
「わかっている」
「……」
私はバッグから秘石を取り出すと、側にいた戦闘員に渡した。
「お望みのものだ。アボカドじゃないぜ、確認してくれ」
「随分と素直に手放すのだな」
「ここで渋ったところで、力ずくで奪われたらどうしょうもない。悪の組織の矜持ってやつに賭けただけだ」
「うむ。では我々もその覚悟に応えよう」
ジェネラルゲソーが右手を上げると、奥から異様に頭部の大きな老人が進み出る。
「この者は知と記録を司る魔人族と融合したオクトバンというものだ。古の魔人族のことについて聞くならこの者をおいて他にいない。何でも聞くがいい」
「グフフ、以後お見知りおきを」
オクトバンが
「……えーと、じゃあアドギラとギリエムのことについて聞かせてくれ」
「はい。ですがその前に、田上様は魔人族のことについてどの程度ご存知で?」
「はるか昔にそのような種族がいて、既に滅んだぐらいしか……」
「なるほど、それではそのあたりからお話しいたしましょう」
正直、私は一刻も早く美代子の行方を知りたかったのだが、それを理解するために必要であれば仕方がないと思い直し、オクトバンの言葉を待った。
「今の人類の源流となる文明が生まれるさらに千年ほど前、世界には既に高度な文明を持つ種族が存在していました。そのうちの一つが我々魔人族。そして、もう一つの勢力が神人族と呼ばれる者達でした。ただ『魔人』と『神人』という呼称は便宜的なものでございます。単純に善と悪という概念で括られるものではありません。魔人族と神人族は、当時の人類が有していなかった天文、建築土木、医学……といった科学知識に加え、霊的な知識、技術も持ち合わせていました。この2つの種族は、文明的成熟度に差はありませんでしたが、当時の人類への関わり方に関して、決定的な違いがありました。魔人族は、魔人族が先導した人類の統治を目指したのに対して、神人族は、人類へ知識、技術を広め人類自身の進歩を促そうと考えたのです。この部分で両種族は相入ることが出来ず、次第に対立を深めていったのでございます」
私の知る歴史の知識には存在しない話だったが、これまで見てきたブラックザザーンの技術は、現代の科学でも難しいものがいくつもあった。ここは信じざるを得ないだろう。
「その後、魔人族と神人族は長きに渡り抗争を繰り広げることになりました。その中で現れたのが魔人族最強の戦士『アドギラ』と、同じく神人族最強の戦士『ギリエム』なのです」
待てよ。ということは2人は同じ種族じゃなかったのか?
「アドギラとギリエムは、度重なる抗争で何度も拳を交えました。しかし、他に追随するものもない2人は闘いを重ねるうちに、互いに認め合い、そして惹かれるようになったのでございます。一時は休戦が結ばれた時期もあり、2人はこのまま両種族が和解することを望みました。しかし、その望みが叶うことはありませんでした。ついに、両種族の存亡を賭けたような大戦争が起きてしまったのでございます」
私はもはや口を挟む余裕もなくなり、ただオクトバンの言葉に耳を傾けた。
「その戦いにおいて、アドギラとギリエムは鬼神のごとき働きをしました。そして、いつしか戦いの行方はアドギラとギリエムの一騎打ちに委ねられたのでございます。記録によれば、2人は一昼夜に渡り闘いを繰り広げましたが、決着がつかなかった2人は、結ばれることも愛しい相手に殺されることも叶わぬと悟り、最後はお互いの心臓を突き合い、絶命したのでございます」
――いや、ちょっと待ってくれよ。2人にそんな過去が? いくら何でも酷すぎるだろ。
「その闘いの後、戦況は神人族へと傾いていきました。神人族から様々な技術を与えられた人類が神人族に加勢したのです。やがて、魔人族は滅ぼされ歴史から消えました。ただ、神人族も例外ではありません。彼らから与えられた文明を手にした人類は、いつしか彼等を神話の世界に押し込め、記憶から消し去っていったのです。余談ですが、この魔人族と神人族の争いは、後のとある宗教における天使や悪魔といったもののモチーフとなっているようですな」
「……あのスカイレッドの青年は、ギリエムの生まれ変わりなのか?」
「そう考えて間違いないでしょう。多くの魔人族は神人族によって魂を異界に封じ込められてしまいましたが、神人族は緩やかに人の世界から消えさりました。これまでギリエムは何度も人として生まれ変わったと思われます。もちろん、過去の記憶を思い出すことなく人の生を終えたことも多かったでしょう。ただ、今生に関しては状況が違ったようです。スカイチャージャーの戦士となったことで、自身の過去生の記憶が蘇ってきたのでしょう」
「なあ、スカイチャージャーというのはいったい……」
「スカイチャージャーの組織の全貌については我々もまだよく把握していませんが、我々魔人族の末裔が魔性因子を持つように、神人族の末裔も神性因子を持っています。スカイチャージャーは神性因子を持つ者達によって組織されているようです」
なるほどな。なぜギリエムがスカイチャージャーの側にいたのかはわかった。
「……ギリエムとアドギラの間に何があったのかはよくわかったよ。だが、俺が美代子を連れて帰りたいことに変わりはない。だから美代子の居場所について情報があるなら教えてくれ」
私の言葉に、オクトバンは自分の役目は終えたとでもいうようにジェネラルゲソーに目配せして後ろに下がる。
ジェネラルゲソーは私を見据えたまま、戦闘員の1人を手で呼び寄せた。
「スマートフォンは持ってるな」
「ああ」
「ではこの者に渡すがいい。期間限定でBZ-BOOKをインストールする。そのマップ機能でミスティックムーンの位置をモニターする権限を付与する」
私がスマホを渡すと、戦闘員はどこかにアクセスしてインストールを始めた。
「美代子の位置をどうして把握することが出来るんだ?」
「融合処置の際に位置情報を示すチップを封入してある」
「……やっぱりお前ら悪の組織だわ。ただ、今回は使わせてもらう」
「我々とて無為にミスティックムーンを失うことは避けたいと考えているのだ。田上俊男、お前に協力するのはお前ならばミスティックムーンを翻意させられる可能性があると判断したからだ」
私は、インストールの済んだスマホを受け取るとポケットにねじ込んだ。
「俺がなんとかできるのは美代子のほうだ。アドギラのことまでは責任持てないな」
「3日だ」
「ああ?」
「今日を含めて3日まで猶予する。もし、それまでにミスティックムーンを帰還させることが出来なければ、不本意ではあるが対処する事になる」
「……わかったよ。じゃあな、時間がないからこれでいくぜ」
私はジェネラルゲソーに背を向けて司令室を後にした。
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