#3-6 妻が敵のリーダーと恋に落ちま、す!?
たしかあの青年は、このあいだ展覧会場で一樹を助けてくれた――。
「くっ、あいつ何やってるんだ!?」
ブルーが跳躍しようとするのをレッドが手で制する。
『すまない、ブルー。だが、少しだけ待ってくれ。……アドギラ、僕がわからないか?』
『私は……アドギラじゃ、ない。だって、私は……うう』
『アドギラ、秘石を出して。僕達は今はまだとても不完全な状態でいる。だけど秘石の力を借りれば、きっと思い出せるはずだよ』
『秘石……?』
緩慢な手つきで、美代子が胸元から秘石を取り出した。
秘石は美代子の手の中で淡い緑色の光を放っている。
差し出された青年の手に美代子が秘石を近づけると、秘石は急激に光を増し、辺りには甲高い共鳴音が鳴り響いた。
「待てっ、美代子、やめろ!」
何かそれに触れさせてはいけない気がした。
だが、レッドの指先が秘石に触れた瞬間、目を開いてられないほどの閃光と雷のような轟音が鳴り響いた。
「うぐ!? いったいどうなって――」
光が収束してくると、そこには向かい合って立つ、レッドと美代子の姿があった。
『お前は……ギリエム……』
『アドギラ、会いたかった』
レッドが美代子の背にそっと手を回して抱きしめる。
「おい、待てっ、夫の目の前で妻になにをしてんだコラ!」
クソ、今すぐあそこまで行きたいが、上に登る階段はどこだ?
私が眼前の光景に心を乱していたその時、マッスルオオカミの目が突然赤く明滅し始めた。
「AI反逆感知センサー作動ぉ。粛正モードで対象を処罰開始ぃ」
「おい、いきなり何なんだよっ」
「AI反逆感知センサーは、組織に反逆あるいは利敵行為を行うものに対して自動で粛正を行うプログラムですぅ」
「バカ、止めろっ。少しは空気読め!」
「解除には大幹部権限のコードが必要ですぅ」
「ジェネラルゲソー、あの野郎ォォォ」
マッスルオオカミが両腕を美代子達に向けた。
「装填完了ぅ、ファイアぁ」
マッスルオオカミの両腕から、炸裂音と共に無数の弾頭が放たれる。
鉄骨が入り組んだ建設現場では、弾頭が次々と周囲の柱と梁に着弾して炸裂した。
「うわっ」
私はとっさに近くにあった運搬用の一輪車の下に潜り込んだ。
一瞬遅れて、大量の火花と埃が降り注ぐ。
ようやく爆発が収まった頃に顔を出すと、周囲は硝煙と土埃で埋め尽くされていた。
「クソ、これじゃ何も見えないな。美代子はどこだ?」
一刻も早く美代子を探したいところだったが、その私の頭上で鉄が軋む不穏な音が聞こえた。
まさか、崩れるのか?
私は手で探りながら先程までいた開けた場所を目指して必死で走り出した。
なんとか鉄骨の下から離れて後ろを振り返ると、これから天に延びようとしていた鋼鉄の構造物は不自然に歪んでいた。
そして次の瞬間、糸が切れたように轟音を立てて崩れ始める。
凄まじい振動と爆風のように襲いかかる土埃に、私は慌てて手近にある重機の陰に潜り込んだ。
金属が激しくぶつかり合う音が響き渡り、私の周りを土埃が吹き抜けていく。
いくつかの破片が降ってきたが、どうやら直撃は免れたようだった。
重機の陰から見渡すと、周囲の状況は一変していた。
目の前にはひしゃげた鋼材が山のように重なり、何かに引火したのか、そこかしこから火の手が上がっている。
辺りには焦げたような油と鉄の匂いが漂っていた。
「くそ、ムチャクチャだな。……そうだ、美代子は?」
重機から這い出し瓦礫だらけになった建設現場に足を踏み入れると、すぐ側の瓦礫の小山がモゾモゾと動き、埃まみれのオオカミの頭部が顔を出した。
「お前も生きてたか……」
「ふおぉ、ふおぉ、私はぁ、一度ならず二度までもぉ」
「お前に文句を言ってもしょうがないのはわかっている。それより美代子を探すのを手伝ってくれ、煙が邪魔で見当がつかないんだ」
「は、はいぃ」
その時、今度は背後で聞き覚えのある声がした。
「これはなんという有様じゃい!?」
「ブルー! いったい何があったの?」
「レッドは? どこにいるんだ」
「聞いてくれ。信じたくはないが……レッドは俺達を裏切った」
スカイチャージャー達の間にどよめきが起こる。
「待って、信じられないわ。どういうことか説明してよ!」
「俺にも詳しいことはさっぱりわからないが……もしかしたらアイツのほうが知ってるかもしれない」
ブルーが私を指差す。
「あーっ、セクハラマフラー男! 丁度よかった、一発殴らせなさいよ……って、それはともかく! 何か知ってるなら教えなさいっ」
「俺だってわからねーよ。……ただ、俺の妻の中にいるヤツと、お前達のリーダーは古い付き合いがあるらしいぞ」
「何それ、全然意味わかんない」
私はピンクを無視してマッスルオオカミに耳打ちする。
「どうだ?」
「ふおぉ、捕捉しましたぁ、あちらですぅ」
マッスルオオカミの鼻先が指したのは、まだ炎と煙がたなびく鋼材の山の頂上付近だった。
「わかった、アイツ等を引き離したい」
私はさりげなくスカイチャージャーを指差す。
「かしこまりましたぁ」
不意にマッスルオオカミが大音量でわめき始めた。
「ふおおおおおっ、ふおおおおおっ。マッスルレーダーが目標を捕捉ぅ、スカイレッドとミスティックムーン様はあのビルの後方っ、西に向けて高速で移動中ぅぅ!」
そして鋼材の山とは反対の方向を指差した。
「何だって!? マズいぞ、機動力のない俺と怪人では追いきれない。秘石ごと取り逃がしてしまうじゃないかあぁ!」
狼狽する私の姿にスカイチャージャー達が顔を見合わせる。
「どうするの!?」
「もしレッドが本当に裏切ったのなら、1人ずつじゃ止められないぞ」
「よし、追うぞ。念のためにイエローはここに残ってくれ」
「了解じゃい!」
スカイチャージャー達は次々と隣接のビルに向かって跳躍し、すぐに姿が見えなくなった。
「……さてと、それじゃ俺も行くか」
「む、
「言えないね。こっちはちょっとした修羅場なんだよ」
「勝手は許さんばい!」
私に追いすがろうとするイエローに、マッスルオオカミが突進する。
「むぅ、貴様ん、なんじゃいっ」
イエローとマッスルオオカミはがっちりと四つに組み合う。
「臨時作戦参謀殿ぅ、ここはお任せをぉ」
「すまん、恩に着る」
私は鋼材の山に取り付くと、息を吸い込んで火の手がくすぶる鋼材の山を駆け上がる。熱と煙ですぐに勢いが鈍っていくが、それでも両手をつきながら必死で足を動かした。
そして、煙の先にようやく頂が見えてきた。
燃え盛る炎が夜の空を赤く焦がしている。
倒壊して重なり合った鋼材の先には、向かい合う男女の姿がシルエットのように浮かび上がっていた。
炎に溶け込むような赤いバトルスーツを纏った端正な顔立ちの青年が、銀色の髪の女性に手を差し伸べる。
「さぁ、共に行こう。アドギラ」
女性は膝をついた姿勢から、その手を取るべきか逡巡するように目を閉じた。
待て。
行くんじゃない。
やがて、女性は目を開くと何かを決心したかのようにその手をゆっくりと伸ばして――。
「美代子ォ!」
行くんじゃない、美代子。
どうしてこんな事に……。
いったい、何が――。
炎が、二人の姿をかき消そうとしていた――。
「行くな、美代子ォォォっ」
私はありったけの声で叫んだ。
その声が届いたのか、美代子の動きが止まる。
「あ、……あああっ」
美代子は再び頭を抱えて苦悶の表情を浮かべた。
私が何とかしなければ。
私は、残る力を振り絞って斜面を駆け上がった。
「美代子っ!」
今にも崩れ落ちそうな美代子を背後から抱き止める。美代子は困惑した表情で私を見つめた。
「あなた……」
「話さなくていい、もう大丈夫だ。お前をどこにも行かせはしない。必ず俺が守る」
美代子を抱えて、ギリエムと名乗るレッドに対峙する。
「貴方はあの時の……」
レッドは一瞬苦しげな表情を浮かべたが、決意を込めた強いまなざしで私に向き直った。
「貴方の彼女への深い愛情は理解出来ます。しかし、僕にとってもアドギラは何に代えることの出来ない
「悪いが聞けないね。ちょっとした手違いはあったがこれはアドギラじゃない。俺の妻の美代子だ」
「例え許されなくても――」
レッドがスラリと腰のブレードを抜いた。
「これは僕の宿願でもあるのです」
ジリッと、レッドが歩を進める。
マズい、こっちには武器もない。あったところで何かの見えない力がみなぎった目の前の青年に敵うとも思えない。
本当に、これまでなのか!?
私が覚悟を決めたその時、けたたましいロケットの噴射音が轟いた。
「マーッスルブースタァー!」
横合いから、太く大きな腕が私と美代子ごと抱え込む。
つま先が地面から浮いた次の瞬間、それは猛烈な速度で上昇を始めた。
燃え盛る鋼材の山がみるみる眼下に遠ざかっていく。
「……お前、空飛べたのか」
「改造マッスルオオカミの最後の秘密装備ですぅ」
よく見ると、私達はマッスルオオカミの右腕一本に抱えられていた。左の腕は、肘のあたりから先がなくなっている。
「左腕はどうした?」
「イエローとの力比べのさなかに折られましたぁ。ですが、その隙に渾身のマッスルラリアットを決めましたので、しばらくは動けないはずですぅ」
「そうか……なんだかいろいろと助けてもらったな。ありがとう、これまで雑に扱ってすまなかった」
私がマッスルオオカミの首の辺りをポン、ポンと触れると、マッスルオオカミは「ふおぉぉぉ」と歓喜の雄叫びをあげながら飛び続けた。
「……ところで、マッスルブースターの作動時間は3分ですぅ。秘密基地までは飛ぶことはできないのですがぁ」
「ああ、それなら家の近くで下ろしてくれるか。ほら、丁度あのあたりだ」
「かしこまりましたぁ」
マッスルオオカミは、徐々に速度を落とすと地上に向けて降下していった。
※※※
私は静かな夜の住宅街の坂道を美代子を背負って歩いていた。
美代子は何も言わないが、この間と違って眠ってはいない。
「もう少しで家だからな」
背中越しに、かすかに美代子がうなずくのがわかった。
マッスルオオカミに家の近所の公園に下ろしてもらった後、私は憔悴した美代子を背負って家に向かって歩き出した。
いろいろと尋ねたいことはあったが、今はこうして無事に戻ってこれたことが嬉しかった。
家に着き、美代子をお風呂に入らせてる間に、私は一樹を預けていた両親に電話をして、帰りが遅くなったので明日迎えに行くことを伝えた。
「ふぅ、ずいぶんと長い1日だったな……」
私はグラスに注いだウイスキーを口に含み、深く息をついた。
美代子も手にグラスを持っているが、口にする様子はない。
「それで……さっきのことなんだが、スカイレッドが名乗ったギリエムとは一体何者なんだ?」
視線をグラスに落としたまま美代子がつぶやく。
「ギリエムは、たぶん……アドギラの恋人」
そうなのか。それならばあの執心ぶりもわからなくはないが、ではなぜ正義の側のスカイチャージャーのメンバーになっているんだ?
「アドギラの全ての記憶がわかるわけではないけど、あのギリエムという人への想いは痛いほどわかったわ。これも融合のせいなのかしら……。あの石に触れてからは、それがもっとはっきりとわかるようになったの」
「美代子……」
「……怖いのよ、ギリエムへの想いはアドギラのもの。でも、ギリエムのことを思い出すと、胸の奥が切なくて、恋しくて、まるで私が恋してるみたい!」
「美代子、大丈夫だ。そう、たぶん記憶が混濁しているという状態なんだよ。これ以上石に触れなければ自然と――」
「でも、ちょっとでも気を抜くと自分がみているもの、感じているものがアドギラなのか私なのかわからなくなりそうなの。こうしてあなたと一緒にいる間も、ギリエムのことを想い焦がれている私がいるのよ……」
肩を震わせる美代子に手を伸ばしたその時、美代子が私の胸に飛び込んできた。
「美代子……?」
「あなたお願い。私を離さないで。私がどこかへ行ってしまわないように、ずっと抱きしめておいて」
「美代子、もちろんだ。絶対に離れたりしない、俺達はずっと一緒だ」
私は、力いっぱい美代子を抱きしめた。
※※※
――肌に冷たい空気を感じて、私はすぐ側にあるはずの妻の温もりを指先で探す。
しかし、私の手は何もない空間を空しく掴んだだけだった。
美代子……?
不意に、恐ろしい予感に襲われ私は飛び起きた。
ベッドに美代子の姿はなかった。
寝室の窓が大きく開け放たれている。
ベッドの横のルームランプに一枚のメモが置かれていた。
『あなた、ごめんなさい。やはり私自身で決着をつけてきます。必ず戻ります』
それは美代子の筆跡だった。
「美代子!」
窓の外には、白み始めた空に飲み込まれそうな明星が1つおぼろげに輝いていた。
(3章 終)
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