#3-2 妻が秘石の争奪戦に参戦します②
数日後の週末、私は■谷駅の駅前広場に立っていた。
この場所を訪れたのは数年ぶりだったが、記憶にある風景とは全く別の街に変わっていた。
以前は、活気には溢れているが どこか雑然としていた街並みが洗練された巨大なビルに変わり、しかもこれで完成したわけではなく、今でもいくつもの建設中のビルが空を目指してその体躯を伸ばしつつあった。
「あ、すみません、通ります」
人混みの向こうから、美代子の声がした。
やがて、行き来する人の間を縫うように美代子が姿を現した。
「待たせちゃってごめんなさいね、あなた」
私の周囲が一瞬、ざわっと小さくどよめいた。
まぁ、無理もないな。モデルかと見紛う容姿の今の美代子と、どこにでもいそうな量産型オッサンの私とでは、違和感がありすぎるだろう。
「お母さーん、早く早く」
私の隣にいた一樹が美代子に抱きつくと、再び私の周囲がざわっとどよめく。
これもそうだろうな。とても子持ちにも見えないしな、今の美代子。
「一樹も待たせてごめんねー」
美代子は一樹を撫でると、手を繋いで歩き始めた。
魔改造直後こそ戸惑っていた一樹だったが、一度中身が美代子だと認識してからはごく自然に今の美代子を母親として接している。むしろ、お母さんが綺麗でカッコよくなったと無邪気に喜んでいた。
そういう意味では子供のほうが純粋なのかもしれない。私はというと、実は今でもまだ慣れないでいる。
頭では理解しているのだが、見た目も変わり、そしていつまたあのアドギラが出てくるかと思うと、落ちつかない気分になってしまうのだった。
数分ほど歩いて、私達は真新しい高層ビルの前にたどり着いた。
一週間前に開業したばかりだというこのビルは、地下から地上五階までは商業施設が入り、その上の数フロアがコンサートホールやイベントホール、さらにその上はオフィスフロアになっているらしい。
私達がこれから向かう「知られざる古代文明展」は、その中のイベントホールで開業記念として行われているものだった。
会場となるイベントホールに着くと、そこには既に20メートルほどの入場待ちの行列が出来ていた。
「思ったより人が多いな」
「最近は若い人の間でも歴史がちょっとブームになってるって朝のワイドショーで言ってたわ」
「へぇ、そんなものなのか……」
そんなことを話す私達の横を、数人の若者達が通り過ぎていく。
「これは凄い行列じゃい! 早く列に並ばねば出遅るったい」
「もう、何で休みの日まで5人で出かけなきゃなんないの」
「仕方ないだろう、アイツが妙に熱心だったからな」
……まぁ、こういうイベントはだいたいグループ内でも温度差が生じやすいものだよな。
ほどなくして、私達家族は無事会場内に入ることが出来た。
会場内はかなりの人出だったが、見て回るのに不都合なほどではなさそうだ。
「それじゃ、順番に見ていくとするか」
「そうね。一樹、お母さんの手を離しちゃだめよ」
こうして私達は会場内を順に回り始めたのだが、正直なところ3分の1くらいを見終わった頃には少し飽きが来ていた。
なぜなら、展示物の殆どが土器の
専門家には面白いのかもしれないが、素人にはちょっとつらいな……。
一樹は既に興味を失って持参したカードゲームのカードを見始めていた。
「ほら、一樹。あそこに大きな石の像があるぞ」
「ん? うん……」
食いつきが悪いな。
だがそれも仕方ないだろう。あの像はこの展覧会の目玉の1つらしいが、風化が進んで細かいディテールはわからなくなってしまっている。頭と思われる部分に角なのか耳なのかよくわからない突起があり、神あるいは悪魔のようなものをかたどったと推測されているらしいのだが、素人には特にそれ以上の関心が湧くようなものでもない。
とはいえ、一樹はそれでいいが、いちおう大人の私達――特に美代子については仕事として来ている以上、指令通り展示物を全て見て回らなければならない。
「あなたもちょっと疲れたでしょ? 私が見てくるから少し休んでいて」
「ああ、すまない。そうさせてもらう」
私は、会場の中央付近に設置されたベンチの1つに腰掛けて、手をつないで歩いていく美代子と一樹を見送った。
それにしても、この展覧会にいったい何があるというんだろうか? 今まで見たところでは学術的な価値はともかく金銭的に価値がありそうなものがあるとは思えず、悪の組織が欲しがるようなものは特に見当たらない。
結局、5分ほどぼーっとしていたものの、それにも飽きて私は美代子達を探しに再び会場内を歩き始めた。
二人の姿はほどなく見つかった。
美代子がいたのは、ある展示物の前だった。
一樹は、美代子から数メートル離れたところでゲームのカードに夢中になっている。
私は背後から美代子に声をかけた。
「美代子、一樹がひとりで歩いてしまってるぞ」
しかし私の声が聞こえていないのか、美代子は何の反応もしなかった。
「美代子?」
横から覗き込むと、美代子は目の前の展示物を見つめていた。
美代子が見ているのは、人の拳よりも少し大きいくらいの卵形をした石だった。石は淀んだ池の水のような濃い緑色をしており、けっして綺麗とかそういう類のものではない。にもかかわらず、美代子はまるで魅入られたように一心に石を見つめている。
「美代子、コレそんなに面白いのか?」
しかし、美代子は私の言葉など聞こえていないかのように、ゆっくりと展示物の入ったガラスに手を伸ばす。
「おい、いくらガラスがあるっていっても、触っちゃダメだろ」
その時、くすんだ石の表面が一瞬光を放ったように見えた。
「ん?」
まさか。気のせいか――。
その時、会場内にけたたましい警報音が鳴り響いた。
重ねてアナウンスが流れる。
「ただいま、会場内の陳列室において異常な温度が検知されました。火災の可能性がありますので、会場内の方は係員の指示に従って非難してください。繰り返します――」
「おい! 美代子、美代子!」
美代子が呆けたように私の方を向いた。
「あら……どうしたの? あなた」
「どうしたもこうしたもあるかよ。よくわからんが火災か何かが起きているらしい。一樹を連れて早く避難するぞ」
「一樹……。あ、一樹は!?」
ようやく正気を取り戻した美代子が辺りを見回す。
「落ち着け、一樹はあそこにいる。さあ、行くぞ」
そう私が言った時だった。
会場内に女性の悲鳴が響いた。
「出口はあっちだ」
「早くしろ、爆発するぞ!」
パニックを引き起こした一団が、出口方向に向かって殺到してきていた。
その向かう先にいるのは――。
一樹!?
「一樹! 早く隅に逃げろっ」
私の言葉に一樹は慌てて移動しようとするが、足をもつれさせて倒れてしまった。
「一樹!」
そこへ、群衆の足音が迫ってくる。
美代子が短い悲鳴をあげた。
今まさに群衆が一樹を踏みつけようとしたその瞬間、閃光のような影が一樹をすくい上げた。
影はそのまま壁を蹴ると群衆の上を跳躍し、人の流れから外れた場所に着地する。
私と美代子は群衆をかき分けるように一樹の元へ向かった。
「一樹――」
一樹は、その青年の腕に抱かれていた。
「お母さん、お父さーん」
青年が優しく一樹を床に下ろすと、一樹が美代子の胸に飛び込んでくる。
「ありがとうございます。息子を助けていただいて……」
私が頭を下げようとすると、それを青年が手で制した。
「いえ、当たり前のことをしたまでですから。お子さんに怪我がなくてなによりでした」
その端正な顔立ちの青年は、微塵も驕ることなく爽やかな笑顔を見せた。
「すみません、私が目を離してしまったばっかりに――」
駆け寄る美代子に青年が顔を向けた瞬間だった。
それまで笑顔を讃えていた青年の表情が硬く強ばる。
「あ――。いえ、その……。ボク、お母さんのそばを離れちゃだめだぞ」
「うん、お兄ちゃん、ありがとう!」
青年はなぜか顔をそむけるようにして後ずさった。
その時、遠くから声がした。
「おーい、赤城どん、何かえらいことになってるようじゃい。おいどんも早く外へ出るったい」
「ああ、わかった。すぐ行く」
赤城と呼ばれた青年はそう答えると、「それでは僕はこれで」とだけ言い残して去っていった。
「……にしても、彼は体操の日本代表か何かか? 凄い身体能力だったよな。美代子」
「……」
「美代子?」
「え? ……う、うん、そうね」
美代子も、何か落ち着かない様子だった。
「どうかしたのか?」
「ううん、何でもないの。……でも、あの人、どこかで会ったことがあるような気がするわ」
一瞬、美代子が遠くを見るような目をする。
「……まぁ、とりあえずはここを出よう。これじゃもう全部見るのは難しそうだ」
「そうね。一樹、これから美味しいハンバーグ食べに行く?」
「うん、行くー!」
こうして、私達は混乱の残る展覧会会場を後にした。
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