#3-3 妻が秘石の争奪戦に参戦します③

「そういう訳で、展示品を全部見ることはできなかった。申し訳ない」


 その日の夜、私と美代子は再びジェネラルゲソーとのビデオ通話の画面の前にいた。

『ふむ、それは不可抗力というものだろう。気にすることはない。それよりミスティックムーン、その石を見た時、確かに呼ばれるような感覚があったのだな?』

「はい、ジェネラルゲソー様。あの石を見ていたら、何か体の中で力が湧き上がってくるような感じがしたんです。そして、あの石に触れてみたいという思いがどんどん強くなっていきました」

『そうか。では、やはりその石が我らの求めるものに相違ないようだ』

「……偵察っていうのはそういうことかよ」

『どういう意味だ。田上俊男』

「あの展示物の中に、特別な力を持つ何かがあるのを知ってたんだろ? オレにはそれが何かはわからないが、美代子が接触する事でその力が発動するのかを試そうとしたんじゃないのか?」

『……お前は非常に有能な人間のようだ、田上俊男。ほぼ推察通りと思っていい』

「あの石はいったい何なんだ?」

『あれは、我々が秘石ひせきと呼んでいるものだ』

「秘石?」

『そうだ。あの石は我々――正確には我々に宿る魔人族の時代からあったものだ。秘石は触れた者の魔力と、その能力を大きく高める力がある。あの秘石があれば、我々ブラックザザーンの力をより拡大する事が可能となるのだ』

「それは素敵ですね! ジェネラルゲソー様」

 美代子が目を輝かせながら身を乗り出す。

「なんとなく察しはついた。つまり、この指令の後段というのはその秘石をパクってこい、て事じゃないのか?」

『その通りだといっておこう、田上俊男。ただしやや趣に欠けるな。奪還と言ってもらおうか、あれは元々我々のものだ』


 ぐぐっ、迷惑行為の次は窃盗かよ……。ドツボもいいとこな転落具合だ。


『よって、3日後の夜間に秘石奪還作戦を実行する。子細はBZ-BOOKで伝える』

「お任せくださいっ、ジェネラルゲソー様!」

「待て」

『何か?』

「その作戦、俺も参加する」

『田上俊男、本来お前は部外者だ。認める道理はないが、なぜ参加を望む』

「美代子だけをみすみす犯罪に加担させられるか。といっても、やめさせることもできないんだったら、一緒に泥を被ろうっていうんだよ。夫婦だからな」

「あなた……」

 美代子がほんのり瞳を潤ませて腕を巻きつけてくる。

「それに、正直この組織には作戦実行能力のある人材が不足しているように俺には思えるんだが、違うか? 今度も戦闘員とヘルプの怪人が来るんだとしたら、どんなヤツらなんだ」

『……今回もマッスルオオカミを派遣する』

「ほらな。あいつは壊し屋だろ? 本来隠密性が必要な任務には向いてないと思うが。他に誰かいないのかよ」

 これまで鉄面皮を貫いてきたジェネラルゲソーの眉間のあたりに、初めてかすかに不興を示す縦ジワが現れた。

『他の怪人は別の任務に当てるため派遣できない。残念ながら我々の戦力はまだ十分に整ってはいないのだ』

「あとはお察しください、ってコトか。まあ悪事の経験はないが、やると決めたからには俺はたとえどんな仕事でも十分役に立ってみせるぞ」

「ジェネラルゲソー様、私からもお願いします。この人がいれば私も存分に働けます!」

『……わかった、今回は特別に認めよう。それでは戦果を期待している』

 その言葉を残して、通話は切れた。


「ふうー、勢いとはいえ、展開としてはよくない方向に流れてるな」

「どうして?」

「両親揃って悪人になったなんて、一樹に言えないだろ」

「うーん、そうかもしれないけど、私は嬉しいわ。だって、夫婦揃って盗賊だなんて映画みたいでドキドキしてこない? そうだ。予告状とか出そうかしら」

「やめてくれ」


 はぁ、やっぱり道徳観念や倫理観といったものがユルユルになっている改造後の美代子から目を離すのは危険だ。いざとなったら、体を張ってでも最悪の事態だけは阻止しないと。


「どうかしたの?」

 美代子が私の顔を覗き込む。

「いや、ちょっと戸惑ってるだけさ。あの一件以来、美代子は変わってしまったし、平穏な日常ってのもどっかに行ってしまったことに、な」

「私、そんなに変わったかしら。最近では、何だか前からずっとこうだったような気もしてきてるの」


 それは、もしかして融合が進んでいるということなのか?


「でもね、絶対に変わらないものもあるわ。私の一番大切なものは、一樹とあなた。これだけは、例え全世界を滅ぼしても変わらない」

「だから、そういうのがな――。まあ、これからの事については、またの機会に考えよう」

「ええ、そうね。私はそんなに心配してないわ。だってあなたが側にいてくれるんだもの」


 もちろんそのつもりだが、私は何か漠然とした不安を抱えつつ、作戦当日を迎えた。


 ※※※


「それじゃ跳ぶわね。いい?」

「……もう魂が抜けそうだ」

「がんばって、この1回で着くと思うわ」

 そう言うと、美代子は私をお姫様抱っこの体勢のまま腰を落とした。


 ふごぁっ!


 直後、猛烈なGと風圧が襲ってくる。

 なんとか薄目を開けると、眼下にはきらびやかな街の夜景が広がっていた。

 一瞬の浮遊感の後、私は次に来る自由落下に備えて身を硬くするが、幸いその時はやってこなかった。

「着いたわよ」

 美代子に下ろされた場所は、建築資材が所狭しと積まれ、所々にある工事用ランプが無骨な鋼材を照らす夜の工事現場だった。

 目の前には、先日訪れた展覧会の会場がある高層ビルが見える。

 私達が立っているのは、そのビルに隣接して1年後に開業が予定されている、建設中の2号ビルの建設現場だった。現状では、私達の居る地上五階ぐらいまではコンクリートの躯体で覆われており、その先の高層階は数フロア分の鋼材が組み上げられている段階だった。


「だいたい時間通りだな。じゃあオレも顔バレ対策するか」

 私は前回の威力偵察と同様に、夏用のマフラーを目の部分だけを残して顔に巻きつけた。

 その間に、どこに潜んでいたのか工事現場のそこここから湧き出るように戦闘員達が現れ始める。

「まぁ、皆さん、ご苦労様です。あら、怪人さんは?」

「こちらに控えておりますぅ」

 ガシャン、ガシャンという金属音とともに暗闇の中から現れたのは、怪人マッスルオオカミだった。

「ミスティックムーン様、旦那様もご無沙汰しておりますぅ」

「おう、元気だったか」

「おかげさまでこのマッスルオオカミ、改修を施されて『改造マッスルオオカミ』としてパワーアップしたのでございますぅ」

「……なんか取って付けたようなツノと眼帯ぐらいしか変わってないように見えるけどな。あ、そういやジェネラルゲソーには念を押しておいたはずだが、この間のAI索敵センサーは切ってあるんだろうな?」

「はいぃ、仰せの通り、切っておりますぅ」

「万が一屋内であんなモン斉射されたら、こっちが死んでしまうからな。よし、美代子――いや、ミスティックムーン、揃ったようだぞ」

 隅で小さくブツブツとつぶやいていた美代子が慌てて手を上げる。

「そ、それでは皆のもの、よく聞け。今回の我々の任務は失われた太古の秘石を奪還することだ」

「イーッ」

「今回は戦闘が目的ではない。警備のものには極力危害を加えず、迅速、スマートに目標物を回収、帰還すること!」

「イーッ」

「……あなた、これで合ってる?」

 美代子が耳打ちしてくる。

「ああ、オッケーだ」

「それでは、具体的な作戦は、今回、臨時の作戦参謀として参加する、マフラー仮面より伝える」


 おーい、もう少しマシな名前なかったのか?


「あー、只今紹介に預かった臨時作戦参謀のマフラー仮面だ。作戦の概要はミスティックムーン……様が伝えた通りだ。我々は、眼下にある建設中の連絡通路を使って目の前のビルに渡る。目的の展覧会会場とはワンフロアで到達出来るから、これが最短経路と判断した。今日、展覧会は休館日だから観客はなく、警備の人数も通常よりは少ないはずだ。各自、迅速な行動を心掛けてくれ」

「イーッ」


 ふう、とりあえずこれだけ念を押しとけば変なことにはならないだろう。


「よし、じゃあ行くか――」

「イーッ、お待ちください、臨時作戦参謀殿」

 作戦開始を告げようとした時、戦闘員の1人がそれを留めた。

「ん? どうかしたか」

「臨時作戦参謀殿は固有の装備を持たれていないとのことで、ジェネラルゲソー様より護身用武器をお預かりしています」

 戦闘員が差し出したのは、ピストルのようなものの先にパラボラアンテナ状のものが付いたシロモノだった。

「正直ダッセーな。なんだこれ?」

「イーッ、これは特殊な衝撃波を放出する遠隔式スタンガンであります。この横にあるダイヤルは三段階に設定可能であり、L(LOW)は、羽毛でくすぐるほどの威力、M(MIDDLE)は、痛みで身動きできなくなる程度の威力、H(HIGH)は、衝撃で失神する可能性のある威力となります!」

「……わかった。とりあえず預かっておく」


 使用するかどうかはともかく、確かに一番戦闘力がないのは私だ。警備員に捕まったりしたら目も当てられないしな。


「それじゃ、改めて始めるとするか」

「皆のもの、用意はいいか?」

「イーッ」


 こうして、悪の組織とその臨時作戦参謀一名は、秘石奪還作戦に出撃したのだった。

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