3章 妻の中の秘められた恋が発覚します

#3-1 妻が秘石の争奪戦に参戦します①

 ※作中に出てくる歴史に関わる記述は、作品世界に合わせたものであり、一般的な学説等とは異なる場合があります。


 ※※※


 燃え盛る炎が夜の空を赤く焦がしている。


 倒壊して折り重なった鋼材と足場の先には、向かい合う男女の姿がシルエットのように浮かび上がっていた。

 炎に溶け込むような赤いバトルスーツを纏った端正な顔立ちの青年が、銀色の髪の女性に手を差し伸べる。

「さぁ、共に行こう。アドギラ」

 女性は膝をついた姿勢から、その手を取るべきか逡巡するように目を閉じた。


 待て。

 行くんじゃない。


 やがて、女性は目を開くと何かを決心したかのようにその手をゆっくりと青年に向かって伸ばして――。


「美代子ォ!」


 行くんじゃない、美代子。

 クソ、どうしてこんな事に。

 いったい、何が――。


 炎が、二人の姿をかき消そうとしていた――。


 ※※※


 話は一週間ほど前に遡る。


『つまり、戦いの最中に、誤ってマニュアルを紛失した、という理解でよいか』

 画面の向こう側の金色のイカ男――ジェネラルゲソーが静かに語った。

「あー、えーと、その通りだ。なんというか……申し訳ないっ!」


 ぐうぅ、なんか納得がいかないがこっちの落ち度であることには違いないし、良識ある社会人としてはここは頭を下げざるを得ない。


「ジェネラルゲソー様、ごめんなさい。この人のせいじゃないんです。私が勝手に戦い始めてしまったから、この人は私を助けようとしただけなんです」

 横から銀色の髪をまとめた美しい女性が画面に入ってくる。

 悪の組織に魔改造され、今は組織の女幹部となったミスティックムーンこと、妻の美代子だ。


 あの散々な威力偵察任務の翌日の夜だった。

 今は一樹を寝かしつけた後、寝室のノートパソコンの前で美代子の上司にあたる悪の大幹部ジェネラルゲソーとビデオ通話をしているところだ。


『ふむ、あのマニュアルは写真やコピーといったことが出来ない特殊な処理をした素材で造られている。さらに所有者と一定の時間、距離を離れると自己消滅する機能が実装されているから、機密保持の面ではそこまで問題にはならないだろう』

「そうなのか……少し安心した。それで、相談なんだが美代子はやっぱりもう――」

『この埋め合わせは、今後の任務で挽回してもらえればよい』


 くっ、先手を取られた。もうやめさせてくれと言いづらくなったじゃないか。


『そこで、早速だが次の任務を伝えておく。次の任務は偵察だ』

「また暴れるのかよ?」

『慌てるな。威力偵察ではなく、偵察だ。むしろ今回求められるのは隠密性だ』

「それって、どこかに忍び込んだりするのですか?」

『ひとまずはそこまでの難易度ではない。は正当な手段を以て表から堂々と入ればいい場所だ。とはいえ、これは二段階ある作戦のうち、前段にあたるものであり情報の獲得には万全を期す必要がある』

「で、いったい何をすればいいんだ?」

『これを知っているか?』

 画面上に、何かのアドレスのようなものが書かれたウインドウが開く。

 クリックするとブラウザが立ち上がり、そこには大きな文字でこう書かれていた。


「歴史の謎とロマンを求めて――『知られざる古代文明展』」


「これは、展覧会か何かか?」

 紹介文には、次のように書かれている。


 今日こんにちの私たち人類の繁栄は、紀元前5世紀頃から世界各地で勃興した、いわゆる四大文明が源流と言われています。しかし近年、中央アジアから中東地域にかけて、これらの文明よりもさらに古い時代のものと考えられる遺跡の発見が相次いでおり、四大文明以前に、既に別の高度な文明が繁栄していた可能性を示すものとして、注目を集めています。今回、これらの貴重な発見の数々を日本において初めて公開する事が可能となりました。まだ解き明かされていない歴史の謎とロマンを存分にご堪能ください。


「なるほど、任務というのを別にしても少し興味深いものはあるな」

「私達はこの展覧会を見に行けばいいのですか?」

『その通りだ。現地で特に何かをする必要はないが、一つだけ条件を付けるならば、興味の有無に関わらず必ず全ての展示品を見ること。そして、見終わった後に気になったものについて報告することだけだ』


 何かあまりに簡単過ぎる内容に引っかかるものがないわけではないが……。


「まぁ、そんなことでいいなら……どうする、やるか?」

 美代子の方を見ると、小さく握り拳を作って頷いた。

「お任せください、ジェネラルゲソー様。この偵察任務、必ずやり遂げてみせます」

『そうか、ならば代わりのマニュアルと共にチケットを送らせよう。……うむ、息子さんの分も合わせて送ることにするから、家族で訪れるといいだろう』

「まぁ、一樹の分もですか!? ありがとうございます、ジェネラルゲソー様。三人で目一杯楽しんでこようと思います!」

「任務な、任務」

 横からコソッと耳打ちする。

『それで構わない。では、報告を待っている』

 ジェネラルゲソーはそれだけ告げると、ビデオ通話が切れた。

「ジェネラルゲソー様って良い方ね。ふふ、楽しみだわ」

「うーん、だといいんだけどな……」


 私は、何か釈然としないままノートパソコンを閉じた。

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