#2-4 妻が乱戦のさなか異変に襲われます【後編】

 美代子とブルー、それに加勢に加わったレッドを交えた戦いは、公園内を目まぐるしく移動しながら続いていた。

 美代子の動きはさらに研ぎ澄まされ、驚くべきことにレッドとブルー2人を相手にほぼ互角の戦いを繰り広げている。


 ……あれが魔人族最強の女戦士アドギラの力なのか。頼もしいがほかのスカイチャージャー達もいるし、さすがにこのままではジリ貧だ。なんとか撤退に持ち込まないと……。


「美代子ー、おーい美代子、聞こえてるかー?」

「ははははは、どうした? スカイチャージャー。その程度か」

「黙れ! 喰らえ正義の刃を」


 …………。


「みーよーこー。そろそろ、おいとまするのはどうかなー?」

「レッドバーニングラッシュ!」

「ふんっ! 隙が多いな。それでは当たらぬぞ」


 …………カチッ。


「美代子おおおお! もう一樹が帰ってくる時間だぞおおお!」

 美代子が一瞬、固まったように動きを止めた。

 牽制するように大きな蹴りを放つと、跳躍して私のところまで戻ってくる。

「おぬしの声に、この女子おなごの身体が反応したようじゃな」

「気は済んだのかよ」

「子の顔がちらついては興ざめじゃ」


 ああ、助かった。まだ美代子が消えたわけじゃないんだな。


「とにかく、今日はもう撤退の合図を――」

「待て! ミスティックムーン」

 レッドとブルーが私達の行く手を遮る。

「あーしつこいな。こっちはもう逃げるって言ってんだよ」

「お前の強さ、認めよう。ならば俺達の連携技を以て勝負をつけようではないか。受けるか?」

「面白い。その申し出受けよう」

「おい、興ざめしたんじゃなかったのかよ」

「勝負の申し出を固辞しては戦士の名折れじゃろう? 命が惜しくば離れておれ」


 クッソー、この戦闘狂め。


 私は駆け足で少し離れた石のベンチの陰に移動する。

 レッドとブルー、そして美代子が再び対峙した。


「奥義『火竜の槍』!」

「奥義『氷竜の矛』!」

 レッドとブルーがシンクロした動きで印を結ぶと、それぞれの前にぼうっと赤い竜と白い竜が現れた。

「いくぞ、ブルー」

「応! レッド」

 レッドとブルーが呼応する。

「貫け! 『双竜の破城鎚はじょうつい』」

 弾かれたように、赤と白の二匹の竜が絡みつき螺旋を描きながら美代子に向かって襲いかかる。

「はあああああ」

 右手を引いて腰のあたりに溜めの姿勢をとった美代子が咆哮する。

 次の瞬間、二匹の竜と美代子の拳が正面から激突した。

 甲高い破裂音と激しい閃光に続いて、壁のような風圧が顔を叩く。

「うぐっ」

 耳鳴りが収まらないまま顔を上げると、辺りは火の粉と氷の欠片が同時に降り注ぐ不思議な光景が広がっていた。

 その景色の奥には、悠然と立つ美代子の姿があった。

「バカな、受けきっただと……」

 レッドとブルーは膝をつき、大きく肩で息をしている。

「美代子、やったのか!?」

 美代子が私に向かって、ニイッと歯をみせる。


 そして、そのまま崩れ落ちた――。


「美代子!?」

 私は瓦礫を蹴飛ばしながら美代子に駆け寄った。

「美代子! 大丈夫か、しっかりしろ」

 顔や肩が少し汚れているが、外傷らしきものは見あたらない。それとも見えないどこかにダメージを負ったのだろうか。

「美代子! おい、美代子」

 美代子を抱き起こし、肩を揺さぶる。

 何度か繰り返すうちに、美代子が目を開けた。

「あなた……?」

「ああ、よかった。戻ってきたんだな、美代子」

「私ね、なんだか眠くなってきちゃった」

 それだけ言うと、美代子は再び目を閉じた。

「美代子!」

 私は慌てて美代子の胸に耳をあてる。心音は力強く安定して脈を刻んでいた。

 次に口元に耳をあてると、スースーと安らかな呼吸が聞こえる。

 どうやら眠っているだけのようだ。

 再びレッドとブルーに視線を向けると、2人とも消耗が激しいのかこちらに向かってくる気配はなかった。


 よし、今がチャンスだ。


「戦闘員! おい、戦闘員の中に誰かリーダーはいないか?」

 私の問いかけに、黒ずくめの1人が駆け寄ってくる。

「イーッ! 戦闘員6番の自分がリーダーでありますっ」

「お前が6番かコラァ!」

「イッ? 何か不都合でもあったでしょうか……」

「……まぁ、今はそれどころじゃないな。潮時だ、撤退の合図を出してくれ」

「し、しかし指揮官のミスティックムーン様の命令がありませんと……」

「ミスティックムーンは現在戦闘不能の状態だ。命令は出せない」

「それでは自分には判断することが――」

「あー、うるせー! オレはミスティックムーンの夫だ。いいから早くしろ!」

「イッ、イッー! それでは、撤退を合図します」


 ふう、まぁ夫だからって指揮権がある訳じゃないけどな。こういう時は勢いが大事だ。


「緊急伝令! 我々はこれを以て任務を終了する。各自、離脱準備開始」

 戦闘員6番の呼びかけに、戦闘員達が一斉に腰の辺りから何か白いボールのようなものを取り出した。

「イーッ!」

「イーッ!」

「イーッ!」

 戦闘員達が次々とそれを地面に叩きつけると、あちらこちらから白い煙が立ちこめ始めた。煙幕とはずいぶん古典的だが、意外とそういうものが有効な場合もあるのかもしれない。

 辺りがすっかり白いもやで覆われたのを確認してから、私は美代子を背負って歩き始めた。


 ※※※


『それは、おそらく魔力の枯渇だろうな』

 電話の向こうのジェネラルゲソーが言った。

「ようはバッテリー切れってことか?」

『例えるならそういうことだ。アドギラの能力は非常に高いが、その分魔力の消費量も大きい。しかし田上美代子はアドギラと融合してまだ間がないゆえ、魔力の容量が現状では少ないのだ。時間がたてば容量は上がっていくはずだが、今回のように魔力を酷使すれば、同じようなことが起こる可能性はある』

「活動時間と使用する能力に気をつけろってことだな」

『その通りだ。今回の任務は本来そこまでの消耗を想定していなかったが、予定外の成果は得られた』

「はぁ……こっちはそれで大変な目に遭ったんだよ。何者なんだよ、あのスカイチャージャーって」

『それについては、またの機会としよう』

「チッ、食えないヤツ。じやあ、美代子……ミスティックムーンは直帰ってことでいいか?」

『構わない。次の任務についてはBZ-BOOKでまた連絡する』

「あ、そのことだけどな、もうこれで――切りやがった」


 私は美代子のスマホをバッグに戻した。

 そして、背中の美代子を背負い直す。

 途中で戦闘形態は解除したから、今はの美代子を背負って歩いている。

 あの後、私達は煙幕に乗じてなんとか脱出に成功することができた。

 戦闘員と怪人がどうなったかは知らないが、たぶんうまくやってるだろう。


 早く家に帰ってベッドに寝かせてあげないとな。


 そんなことを考えていると、耳元で「あなた」と声がした。


「ん? 悪い、起こしちゃったか」

「あなた……ごめんなさい。いろいろ迷惑かけちゃって。なんだか途中からは何があったかもよく覚えてないの」

「気にするなよ。オレももう少しちゃんと考えてればよかったんだ。……これからのことは、とりあえず体をやすめてからもう一度話そう」

「ええ、そうね。……あ、いけない、お買い物まだ行ってなかったわ」

「心配するなよ。今日はオレが特製カレーを作るから」

「ふふ、ありがとう。……ほんとうに、ありがとう、あなた」

 私の頬に、柔らかな唇が触れた感触がした。

「なんだよ、照れるじゃないか。美代子、美代子?――」

 美代子は再び寝息を立てていた。

 私はもう一度美代子を背負い直すと、陽の傾きかけた坂道を歩き始めた。


 もしこんなことが続くなら、もう少し真面目にマニュアルを読まないとダメだな。


 そう考えながら、ジーンズの後ろのポケットに手を伸ばして、マニュアルを探す――マニュアルを……マニュアル……。あれ?


 うそだろ。マニュアルが、ない……。


 (2章 終)

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