#2-3 妻が乱戦のさなか異変に襲われます【前編】

 硝煙と悲鳴が交錯する中、そいつらは突然現れた。

「スカイレッド!」

「スカイブルー」

「スカイイエローじゃい」

「スカイピンクよ!」

「スカイグリーン」

 全員がきれいにポーズを決める。

「スカイチャージャー、見参!」


 まずい。ガチなヤツらだ。このままでは全面的な戦いになってしまう。

「美代子、美代子!」

 私の必死の呼びかけに、ようやく美代子が像から降りてきた。

「あなた、凄いわ! ほんとにヒーローが現れちゃった!」

「ああ、面倒なことになりそうだ」

「サインもらっておいたら一樹が喜ぶかしら」

「美代子、今の自分の立ち位置をよく考えるんだ。とにかく一刻も早く撤退を――」


 その時、近くにいた怪人マッスルオオカミの目が、突然赤く明滅し始めた。

「AI索敵センサー作動中! 火器の威嚇モード自動解除。殲滅モードに切り替えフルバーストで迎撃開始ぃ」

「美代子。怪人がなんかヤバそうなことになってる! 止めてくれ」

「え? でもどうしたらいいの」

「何でもいい、やめさせろ」

「マッスルオオカミさん、攻撃をやめて」

「AI索敵センサー解除には、大幹部権限のコードが必要ですぅ」

 マッスルオオカミが右手を宙に向ける。

「装填完了。ファイヤぁ」

「やめろ、怪人――」


 次の瞬間、マッスルオオカミの右手から無数の弾頭が射出された。

 煙の尾を引きながら、弾頭がスカイチャージャーのいる野外音楽堂へ殺到する。

 激しい炸裂音と爆風が巻き起こり、衝撃が私達のところまで迫ってきた。

「あなた、危ない!」

 美代子は素早く私を抱き上げ銅像の陰に跳躍する。

 直後、むっとする熱を含んだ風と大小の破片が私達の周りに降り注いだ。

「まずいだろ、これ」

「私が見てた限りでは、あの周囲には一般の人はいなかったと思うけど」

 銅像の陰から覗くと、流麗な曲線で構築されていた音楽堂は硝煙の中でガレキの山と化していた。

「スカイチャージャーはどうした?」

 煙に視界を遮られる中、どこかでイーッ! イーッ! と戦闘員の叫び声が上がった。

 声の方を見ると、緑色と黄色いヤツが次々と戦闘員逹をなぎ倒しているのが見える。

「やっぱり健在か! 美代子、早く撤退の合図を――」

 美代子の手を握り走り出そうとしたその時、私達の前に赤い人影が立ちはだかった。

「敵の指揮官と見受けた! このスカイレッドが相手をしよう」


 やべぇ、一番強そうなのが来ちまった。


「ミスティックムーン様、ここはワタシがぁ」

 マッスルオオカミが私達の前に出る。

「マッスルオオカミさん! 無理はだめよっ」

「美代子、怪人に任せとけ。大将が取られたらこっちの負けだ」

「でも……」

 その時、横合いから一条の桃色のリボンが伸びてきて、マッスルオオカミの首に絡みついた。

「むぐぅ!?」

「アンタの相手はこっちよ!」

 1人だけミニスカートを履いた桃色の戦士がチラリと健康的な太ももを見せた。

「………………。ふごおぉ、ふごおぉ、待て待てぇ」

 マッスルオオカミはあっさりと釣られて離脱していく。

「……あいつ、後でお仕置きしたほうがいいぞ」

「そうね、報告しておくわ」


 それより、目の前のスカイレッドをどうするかだが……。


 私は美代子に耳打ちした。

「美代子、オレを人質に取れ」

「え? そんなことできないわよ」

「フリだけだ。一般人が人質とあれば、アイツら正義感が強そうだから手を出してはこないかもしれない」

「うーん……わかったわ」

 美代子は私の背後から首に腕を回す。

「スカイレッド! 私はブラックザザーンの幹部、ミスティックムーンだ。この人……この全く見知らぬ男は人質だ。人質の命が惜しければ手を出すな」

「な、何い!? 卑怯だぞ、ミスティックムーン」


 お、いい感じにのってきた。美代子、このまま少しずつ距離を取ろうか。


「動くな! 動けばこの男の命はないぞ」

「むう、口惜しいが、人命には代えられない!」

 ジリジリとレッドとの距離が開き、安堵しかけたその時だった。


「騙されるな、レッド!」


 私達とレッドの間に青色の影が着地する。

「ブルー!」

「俺は見ていた。その男は敵の女幹部や怪人とずっと一緒に行動していた。そして、普通の人間ならそんな変なマスクで顔を隠したりしない!」


 チッ、なんで青いヤツってのはこうもシビアなんだ。図星だけど。


「貴様、人間のフリをした戦闘員か? ならば斬るっ」

 ブルーが小振りのブレードを振りかざして跳躍する。

「うわ、ちょっ、待て」

 ブルーの剣先が私の頭部に迫ったその時、目の前を黒い何かが横切った。

 キン、という硬い音とともにブルーの剣先が跳ね上がり、続けてブルーが後方まで弾かれたように後退する。

 見たものに理解が追いつくまで数秒を要した。

 それは、美代子が私の肩を鞍馬のように使い、空中で体を旋回しながら最初の蹴りでブルーのブレードを弾き、そのまま次の蹴りをブルーの胸に叩き込んだのだった。

 美代子が軽やかに私の前に着地する。

「この人には手を出させないわ」

 怒りを含んだ低い声でつぶやく。

 ブルーはブレードを構え直した。

「レッド。ミスティックムーンは俺が相手をする。いいな?」

「……わかった、任せる」

 レッドとブルーのやり取りから視線を外さないまま、美代子が私に手を差し出した。

「あなた、あれを出してくれる?」

「え? を使うのか……」

 私はショルダーバッグから、輪のように巻いた黒い紐状の物体を取り出した。

 それは、マニュアルと一緒に渡されたミスティックムーン専用武器「パラベラム・ウィップ」という名の鞭だった。

 しかし「この格好で鞭はさすがにちょっと……」という至極当然な美代子の意向により、危機的状況に陥った時までは封印しておくことを二人で決めたのだった。


 その時が来てしまったということなのか、美代子。


 美代子が鞭を何度か振るうと、先端が地面を叩くたびに火花のようなものが弾ける。

 悪の組織謹製だけあって、ただの鞭ではなさそうだ。

 ゆっくりと、ブルーと美代子が対峙する。

 こうなると私には戦力的な価値はゼロだ。邪魔にならないようするしかない。私は念のためすぐに参照できるように、バッグから取り出したマニュアルをジーンズの後のポケットにねじ込んで後方へと下がった。


「いくぞ、ミスティックムーン!」


 ブルーが跳躍した。

 空中のブルーに美代子が鞭を走らせる。

 ブレードで鞭先を受け流したブルーが、落下の勢いのまま美代子目がけて踏みつけてくる。

 美代子は右側にステップし、着地した瞬間を狙ってブルーの側頭部へ蹴りを叩きこんだ。

 ブルーは腕で蹴りを止めると、そのままぐようにブレードを横に払う。

 しかし美代子は背中を大きく反らせ剣先をかわすとそのまま後方に回転して距離をとった。

 そこまで、ほんの数秒の出来事だった。


 ダメだ、2人の攻防は私には目で追うのがやっとで、とても美代子の手助けなんてできそうにない。


「なかなかやるな」

 ブルーが改めてブレードを構え直す。

「あなたもね。でも、今のでやっとこの鞭の使い方がわかったわ」

 言うなり、美代子がブルーに向かって鞭を振るった。

 迫ってくる鞭先をブルーが受けようとしたその時、鞭の軌道が突然有り得ない角度に折れ曲がり、がら空きのブルーの側方から襲いかかる。

「何!?」

 かろうじてブレードの側面で鞭を受けた時には、ブルーの正面に美代子が距離を詰めていた。

 わき腹、胸椎、顎と続けざまに美代子の拳と肘が打ち込まれる。

「ぐっ」

 ブルーが距離を取ろうとするが、美代子の寄せの速さが逃さない。

 ブレードの間合いの内側に入られたブルーは、近距離からの美代子のラッシュにさらされながらズルズルと後退していく。

「いいぞっ、そこだ! いけ! 美代子」

 知らず知らずのうち、私は美代子に声援を送っていた。


「チィッ」


 美代子の猛攻にブルーが思わず背を向けた。

「今だ! 行っけえー」

 私が歓声をあげ美代子が拳を大きく振りかぶった瞬間――。

 振り向いたブルーのブレードが銀色に輝く。

「喰らえっ、奥義『ブリザードスラッシュ』!」

 振り抜いたブレードの軌跡から噴き出した銀白色の粒子が、爆発的な勢いで美代子を飲み込んでいく。

「美代子!?」

 まばゆい光に視界が奪われた後、遅れて凍えるような冷気が吹きつけてくる。

「美代子、美代子!」

 その時、立ちこめる雪煙の中から、美代子が地面を転がるようにして戻ってきた。

 身体に付いた氷を払うと、すぐに立ち上がる。

「美代子、大丈夫か? 怪我してないか?」

「……大事ない」

「そうか、それは良かった……って、『大事ない』なんてずいぶん女幹部が馴染んできてるじゃないか」

「……」

「美代子、どうかした?」

 横から覗くと、美代子の瞳孔は大きく開かれ、歓喜の笑みを浮かべていた。

「これよ。これこそが闘争ぞ」

「美代子?」

 美代子が、手に持った鞭を私に放ってくる。

「おい、武器をどうするんだよ」

「そのような玩具おもちゃは要らぬ。我が手、我が足こそがつるぎいくさつちよ」

「んー、美代子、どしたのかなぁ?」

「さて、今一度参ろうか」

 高らかな笑い声をあげた後、美代子は猛然と疾走していく。

「美代子ぉ!」


 ヤバいヤバいヤバいっ、あれ絶対アドギラが出ちゃってるって。どうすんの? どうすんのこれ!? あんなの、どうやって止めるんだよ。しかも人の話聞かねーし。


「……あー、もう!」

 私は、特に策もないまま美代子の後を追った。

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