第30話
壺まつりを目前に控えたポトポの街の大通りは、怒号と悲鳴に包まれていた。
それまでは壺を壊されても、職人たちは情けない父親のように引っ込んでいたのだが……。
このときはまるで子供を殺された野獣のように大暴れしていた。
いままで壺を壊されて貯め込んできた鬱憤を、チンピラたちに倍返ししていた。
チンピラたちも抵抗するものの、タガの外れた豪腕たちに敵うはずもない。
パンチ一発で盛大に吹き飛び、壁に叩きつけられ、ゴミ箱に頭から突っ込み、野良犬を押しつぶしては噛まれ……。
最後にはみなふたつに折りたまれ、口だけになったワニみたいな格好で這い逃げていく。
残されたマルモーケとシャランガンは腰を抜かしてアワワ……となっていた。
マルモーケは今にも逃げだしそうだったが、シャランガンは真っ先に壺を庇う。
「た、頼む! 俺はどうなってもいい!
でもこの壺だけは壊さないでくれ! このマルモーケの壺は俺の夢なんだ!」
オッサンは当然、その願いを却下した。
「よぉーし、それじゃあ次はマルモーケの壺をこの街から駆逐するんだ!
空いた場所に、ポトポの壺を並べるのも忘れるな!」
「おおーっ!!」
職人たちは大通りに並べられていたマルモーケ印の壺に襲いかかる。
壊された途端、それまで下手に出ていたシャランガンが急に息を吹き返す。
「かかったな! これで形勢逆転だっ!」
シャランガンは当初、困惑していた。
自分のスキルがあるはずなのに、壺を壊された職人が怒りだしたから。
その理由はわからなかったが、いずれにしてもこの場を打開するために、彼は策を巡らせる。
暴徒と化した職人たちがマルモーケの壺を壊すように、彼にとって本来はどうでもいいマルモーケの壺をかばったのだ。
職人たちがチンピラをのしたのはポトポの壺を守るためという正当防衛が成り立つが、マルモーケの壺まで手を出してしまったら言い訳のしようがない。
これで裏切り者の職人たちは一網打尽にできると、シャランガンは高らかに叫ぶ。
「おーい! 衛兵! 衛兵!
ここに器物損壊をしまくってる悪人どもがいるぞーっ! 捕まえてくれーっ!」
しかし、駆けつけた衛兵たちのリアクションはありえないものであった。
「なんだ、器物損壊って言うから何事かと思ったら、マルモーケの壺を壊してるだけじゃないですか」
「マルモーケの壺を壊したからってなんだっていうんですか」
「それよりも、こっちはポトポの壺を壊したチンピラたちを捕まえるのに忙しいんですから、そんなことで呼ばないでくださいよ」
「まさか、勇者様もポトポの壺を壊してないでしょうね?
いくら勇者様でも、ポトポの壺を壊したら犯罪ですからね!」
……ガーンッ!
シャランガンに衝撃が走る。
「な……なぜだ!? なぜ、俺の手下たちが壺を壊したら咎められたのに……!?
なぜ職人たちが壺を壊しても、なんのお咎めもないんだ……!?」
彼はハッとなった。
「ま……まさか、俺のスキルと同じ力を持つヤツがいるっていうのか!?
そ、そんなバカなっ!? このスキルは、俺だけのもだっ!
で、でも……さっきの衛兵の反応は、俺のスキルで壺を壊したときと、まったく同じだった……。
となると……。
やっぱり俺と同じスキルの使い手が、この街にいるっ……!?」
すると、思いも寄らぬところから声がかかる。
「惜しい、ちょっと違うな」
それは、マルモーケの壺をバスケットボールのように指先で回すオッサンだった。
「正確には、お前が持っていたスキルを俺が回収したんだ。
だからお前はもう、壺を壊しても許される人間じゃない。
『ただの人』だ」
勇者シャランガン
難易度:イージー(4ポイント使用中) ⇒ ノーマル
世界観:古典的RPG(1ポイント使用中) ⇒ リアル
ブレイ
CP 15 ⇒ 20
「スキルを回収だと!? そんなことができるわけがないだろう!
俺はまだ、『特別な人間』だっ!
このスキルで俺はこの街を支配し、成り上がってやるんだっ!」
「そう思うんだったらやってみな」
オッサンは指で回していた壺を、シャランガンの足元に投げつけた。
「うわっ!?」と飛び退いた先で、ガシャンと踏み潰したのは……。
ポトポの壺っ……!
途端、近くにいた衛兵たちが一斉に飛びかかってくる。
「ああっ!? 勇者様がポトポの壺を壊したぞぉーーーーっ!!」
「そんなやつ、もう勇者じゃねえ! 器物損壊の大悪人だ!」
「きっとこの街で壺を壊しまくっていたチンピラたちの首謀者に違いない!」
「捕まえろ、捕まえろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!」
シャランガンは衛兵たちにのしかかられ、あっという間に縄でグルグル巻きにさせる。
勇者は死にかけのイモムシのようにもがきながら叫んだ。
「なんでだっ!? なんでだよっ!?
なんで俺だけを捕まえるんだ!? 壺を壊してるヤツならまわりに大勢いるじゃねぇか!
そこにいるオッサンも、壺を投げて壊したんだぞ!」
「他の者たちが壊してるのはマルモーケの壺だろう! マルモーケの壺は壊してもかまわないんだ!
しかしポトポの壺を意図的に壊すのは重罪だ!」
「な……納得いかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
シャランガンは衛兵たちによって、ズルズルと引きずられていった。
そしてもうひとり残っている、悪党の片割れはというと……。
「お、お願いだ、お願いだぁ! もうワシの壺を壊さんでくれぇ!
壺が無くなったら、壺まつりで売る壺がなくなってしまうぅぅ!」
マルモーケは壺壊し中の職人たちの足にすがりつき、泣いていた。
「うるさい! こんな低品質な壺を売ったら、ポトポの名に傷がついてしまう!
ブレイの言うとおり、すべて駆逐するんだ!」
「そ、そんなぁ! こ、この壺を焼いた職人の気持ちは考えたことがあるのか!?
こんな壺でも、職人にとっては我が子のようなものなんだぞ!?」
「低品質な壺を作らせていたお前が、職人の気持ちなんて語るんじゃない!
それに、ここいらに飾ってあるマルモーケの壺を焼いたのは、この俺だっ!
俺はお前たちに壺を作れなくされたから、仕方なく手を貸していたんだ!
この粗末な壺たちは土に再生して、ちゃんとした壺に生まれ変わらせてやるんだ!
こんな、揺れただけですぐヒビが入るような、使い捨ての壺じゃなく……
みんなから愛され、末永く使ってもらえる壺にな!」
「ううっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
マルモーケは子供のように泣き出し、逃げ出した。
彼はその足のまま、自らの本拠地であるマルモーケ商店の本店に戻る。
なんとか騒ぎをおさめて、大急ぎで在庫の壺を出店すれば、まだ間に合うと思っていたのだ。
しかし本店に辿ついた彼は、変わり果てたその姿に膝から崩れ落ちてしまう。
なんと、祭りに来ていた観光客たちが、店の中に押し入り……。
手にした棒で、壺を手当たり次第に破壊していたのだ……!
まるで米騒動ならぬ壺騒動のような恐ろしい光景。
「なっ……なんでっ……!?」
愕然とするマルモーケの背後で、キャピキャピとしたふたりの少女の声が。
「はいはーいっ! 『壺まつり』の新企画、『ダメ壺壊しゲーム』の受付はこっちだよ~っ!
この『マルモーケ』のロゴが入ってる壺は、今日だけは壊しても罪にならないし!
たくさん壊した人には、ポトポの壺をプレゼントしちゃうよ~っ!」
「はへんでおけがをなされないのようにちゅういして、いっぱいこわしてくださいね!
もしおけがをなされてしまったら、こちらのうけつけまでおこしください!」
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