第23話

 俺は真っ二つになった石柱を前に、目を見張っていた。


「ほ……本当に俺が、これをやったのか……!?」


 自分自身でやっておきながら、まるで信じられなかった。

 だって俺はまだレベル10で、ゴブリンに勝てるという程度の強さしかない。


 それなのに、こんなデカい柱を一刀両断できるなんて……!


 未知の力に目覚めてしまったかのように、俺は両手に視線を落とす。

 そこには、寝そべるような姿でテュリスが浮いていた。


「どや? これが旦那の力なんやで」


「これが、俺の力……」


「そうや。道端のオブジェクト程度やったらこのとおり一発なんやで。

 なかには何発も攻撃せんと壊せんクソみたいな『JRPG』もあるけど、旦那のはそうやない」


 妖精の説明は俺にとっては意味不明だったが、とにかく武器の耐久度なしに石柱くらいはやすやす斬れるというのはわかった。

 馬車の中で見ていたコレスコは、最初は言葉を失っていたが、


「うっ……うわっうわっうわっ!? うわぁぁぁ~~~~っ!?

 ヤバいヤバいヤバい! マジヤバいって!

 オッサンってば、カタツムリみたいに弱かったはずなのに!

 こんなぶっとい石をラクラク斬れるようになるだなんて!?

 いったんどんだけ急成長すれば気がすむの!? マジありえないんすけどぉ~~~~っ!?」


 びっくり仰天のギャルに気を良くした俺は、そのへんにある石柱を手当たり次第に斬りまくった。


 テュリスの言っていたとおり一発で真っ二つにできて気分爽快。

 しかもいくら斬っても剣は刃こぼれひとつしない。


 コレスコは馬車から降り、岩の断面をあらためて「はえー」となっていた。


「うわぁ、マジすっぱりいっちゃってる!?

 こんなにキレーに斬れるだなんて、オッサン、もう剣の達人じゃん!?

 うちのガッコにいた勇者だって、こんな芸当できるのひとりもいないよ!?

 いるとしたら、Dランク勇者のシュパリエくらいで……!」


「お嬢さん、僕がどうかしたかな?」


 俺は石柱斬りに夢中になっていて、近くに人が来たのにぜんぜん気付かなかった。

 遠くには武装した集団がいて、そのリーダーらしき勇者だけがこっちに来て、コレスコに話しかけていた。


「わぁ!? 勇者シュパリエじゃん!」


 シュパリエはさらさらのロングヘアーに細身の剣がトレードマークの勇者である。

 俺も荷物持ちとして仕えたことがあるが、ヤツの剣は細身ながらも斬れ味がよく、いくら斬っても斬れ味が落ちない……。


 と、そこまで思って俺は、ヤツの頭上を見やる。

 すると案の定、例のウインドウがあった。


 もちろん俺はCPを稼ぐため、ヤツのチートを元通りにする。



 勇者シュパリエ

  難易度:イージー(4ポイント使用中) ⇒ ノーマル

  世界観:古典的RPG(1ポイント使用中) ⇒ リアル

 

 ブレイ

  CP 10 ⇒ 15



 見た感じ、ヤツはこれから戦いに赴くようだが、容赦するつもりはなかった。


 だって俺はかつて、ヤツの剣技で遊び半分に衣服をバラバラにされて、さんざん笑い者にされたんだから。

 裸のままイバラだらけの森を歩かされたのは、今でも忘れない。


 シュパリエは俺には目もくれずに言った。


「僕たちはこれから村を襲うモンスターを狩りに行くんだ。

 キミは見たところ魔術師のようだから、僕のパーティに入って手伝ってくれると嬉しいな。

 そしたら、特別に夜伽として使ってあげるよ」


 とんでもなく失礼な物言いだが、勇者はこれが普通だ。

 そしてこんな口説き文句でも、勇者とあれば誰もがホイホイついていく。


 俺は少し不安になったが、それは杞憂に終わった。


「あ、パスパス。あーしはオッサンと一緒に旅してるから」


「変わってるね、キミ。

 なんでそんな荷物持ちもできないようなオッサンと一緒にいるんだい?」


「オッサンってカタツムリみたいに弱そうだけど、本当は強いんだよ!

 ゴミスキルも本当は神スキルなんだから! まぁ、強さやスキルで一緒にいるわけじゃないけどね!」


「ああ、わかったよ。そのオッサンが持っている金を搾り取るまでは離れられないんだね」


「ざーんねん! オッサンって千エンダーも持ってないと思うよ!

 所持金が小学生の小遣い以下なんて笑っちゃうよね!

 しかもついさっき家が燃えちゃったから、それが全財産なんだよ!

 それって超ウケない!? あはははははっ!」


 俺に近づいてきて、俺の肩をポンポン叩きながら朗らかに笑い飛ばすコレスコ。

 彼女に笑われるのは、不思議と不快じゃなかった。


 シュパリエはますます理解できないといった様子で、「ほう」と唸る。


「そのオッサンは金も力も顔もまずい……なのになんで一緒にいるのかな?

 もしかして、脅されているとか……?」


「違う違う! こんなオッサンに脅されたって怖くないっしょ!

 よくわかんないけどさぁ、コレ好きなんだよね~!」


 コレスコは俺の腕にギュッとしがみつき、ラブラブっぷりを見せつけるようにウインクした。

 シュパリエはお手上げのポーズを取ると、


「やれやれ、彼女は頭がおかしいようだね。

 オッサンはそれをいいことに、彼女を騙して街から連れ出したんだろう。

 いくら頭のおかしい女とはいえ、オッサンに手籠めにされるのは気の毒だから、助けてやりたいところだが……。

 今はそんなにヒマじゃないからなぁ。

 それじゃあ、僕はそろそろ行くよ」


 シュパリエはひどい捨て台詞とともに、シュパリエは黒髪を翻し、仲間たちの元へと戻っていった。


 俺は「待て!」と呼び止めたが、完全無視。

 我慢できなくなってヤツを追いかけようとしたが、コレスコがいつも以上に俺の腕をきつく抱いていることに気付く。


「だーめ、シュパリエはDランクの勇者だよ?

 カタツムリみたいに弱いオッサンがケンカして勝てるわけないじゃん」


「でもアイツは、お前のことをバカにしたんだぞ!?

 俺はなんと言われても平気だが、お前をバカにすることだけは……!」


「あーしは別に、誰に何を言われても平気だけどなぁ。

 だって誰になんと言われようとも、あーしがコレ好きなのは変わんないし。オッサンもそうっしょ?」


「それはそうだけど……!」


「あれ? そーいえばシャイネはどうしちゃったんだろ?」


 コレスコがふと話題を変える。

 シャイネはずっと馬車の中にいたまま姿を現さない。


 普通、これほどの騒ぎであれば、顔くらいは出してもおかしくないのに……。

 俺はコレスコとともに急いで馬車に戻る。


 すると、白いワンピースの少女が室内で倒れていた。


「シャイネ!? シャイネっ!?」


 慌てて馬車に飛び乗り抱き起すと、シャイネは夢のなかにいるような、ウットリとした表情を浮かべていた。

 てっきり苦しんでいるか気を失っているかのどちらかだと思っていたのに、まさかの恍惚とは……。


「お、おい……! いったいなにがあったんだ!?」


 細い肩を揺さぶると、シャイネは薄い唇から「ふわぁ」と甘い声を漏らす。


「お……おにいちゃんがコートをおめしになられたおすがたが、あまりにもかっこよすぎて……。

 わたしはおもわず、きをうしないそうになっておりました……。

 コレスコさんふうにいうなら『ヤバい』というかんかくでしょうか……。

 それだけでも『ヤバい』のに……。

 あんなにかっこよい『けんぶ』をみせられてしまっては、てんにものぼるきもちになってしまいます……。

 ふわぁぁ……。わたし、わたし……ほんとうに、いきててよかったです……」


「わあっ!? この嬢ちゃん、ほとんど魂が抜けかかっとる!

 旦那がかっこいいからって昇天しかけるだなんて、どんだけ旦那のことが好きやねん!?

 それ以上に、どんだけ旦那を美化してんねん!?

 っていうか旦那がかっこよく見えるだなんて、その色眼鏡どこで買うてん!?」


 テュリスはまたしても俺には見えない魂と格闘し、シャイネの体内に押し戻す。

 ちょっと一言多いような気もしたが、シャイネは元通りになったのでよかった。

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