第21話

 なにもかも失ってしまったストロー。

 豪邸は老婆に渡してしまい、かわりに手にいれたボロアパートは自らの手で全焼させてしまった。


 手下たちはもう給料が貰えないのだと去っていき、ストローのまわりには誰もいなくなる。

 彼にあったのは、着の身着のままの服と、1本の藁のみ。


 しかしストローは絶望しなかった。

 なぜならば自分の力があれば、失ったものなどすべて取り戻せると思っていたから。


 ストローはすぐさま、ブレイを追いかける準備を始める。

 ブレイのものよりもずっと豪華な馬車を手に入れ、ヤツを追いかけるのだと。


 さっそく、近くを通りかかったオバサンに話しかけた。


「やあ、この藁とそのブドウを交換しないか?」


 するといつもであれば、「ちょうど藁が欲しかったんです、ありがとう!」と嬉々として交換に応じてくれるはずなのに……。


「……は? なんで藁1本とブドウを交換しなきゃいけないの?」


 オバサンはさも嫌そうな顔で去っていった。

 それはあるいみ常識的な反応だったのだが、ストローにとっては異常。


「……僕の力も発揮されないことがあるんだな」


 おかしいなと思いつつも、別の行商人の男に話を持ちかける。


「やあやあ、この藁と、キミが持っているドレスを交換しないかい?」


 行商人は異国から来たらしく、言葉が通じなかった。

 それでも意図は通じたようで、話にならないとばかりに肩をすくめられる。


「……言葉が通じないと、さすがの僕の力も通用しないのか」


 しかしそれから何人に話しかけても、交渉に入る気配すら得られなかった。


「えっ、この薪と藁を? だったら藁は1本じゃなくて、山盛り1杯はないと……」


「藁1本と馬1頭を交換? いくら勇者様の頼みでもそれは無理ですなぁ」


「藁と家を交換だなんて、バカげてるだろ!」


「勇者様とはいえ、そんな取引は違法です! 衛兵に通報しますよ!」


「やだこの人、頭おかしいんじゃない!?」


 とうとう変質者扱いされはじめる始末。

 しかも今まではへーこらしていた街の人たちが、手のひらを返した塩対応になった。


 これは、ストローが全財産を老婆に譲ったという噂がすでに広まっていただけではない。

 たとえそうだったとしても、今までであれば、彼に暖かい手を差し伸べる意味でも、交換に応じてくれる者がいたはずなのに……。


 しかし今、彼にやさしくしてくれる者は、この惑星ほしにはいなかった。


 彼は『わらしべイベント』の力を失っただけではなく……。

 人生の難易度が、『イージー』から『ノーマル』になっていたから……!


 人生の難易度はなにも、モンスターの強さを左右するだけではない。

 接する人たちの態度にも大きな影響を与えるのだ。


 例えば難易度が『イージー』だと、店で買い物をしたときに安くしてくれたり、オマケしてもらいやすくなる。

 しかし『ノーマル』だと、そのあたりの恩恵が一切受けられなくなる。


 もちろんこれも普段の行いによって左右されるのだが、街の人たちをモノ扱いしていたストローに、情けをかけてくれる者はいなかった。

 藁を片手に何日も街中を駆けずり回っても、干からびたパンにも交換してもらえない。


 それでも彼はあきらめなかった。

 なぜならば、いままで物々交換の優位性だけで生きてきた彼は、それしか生きる術を持ち合わせていなかったからだ。


 藁1本で宿屋に泊まろうとして叩き出され、軒先で夜露を凌ごうとして蹴り出される毎日が続く。


 『少年ワラシベ』とまで呼ばれた彼はすっかり、ただの『少年ホームレス』に……!


 残飯あさりをしようとして他のホームレスとケンカとなり、唯一の財産である衣服をすべて奪われてしまった。

 藁を身体に巻き付けたうす汚れた身体と、すっかり精気のなくなった顔で、街をさまよう。


「だ……誰か……誰か……この……藁と……交換、を……」


 そして偶然、フラフラと立ち入った聖堂で、衝撃の事実を聞かされる。

 その聖堂の大聖女が言うには、ストローの物々交換の力は、『神ゲー』のスキルによってもたらされたものだというのだ。


「かっ……『神ゲー』!? ま、まさか、あのオッサンの力が……!?」


「そうです。かつてふたりの勇者様がここにきて、同じように驚いておられました」


 大聖女は憐憫も救いもない表情で、ストローに向かってこう言った。


「あなたも……『神ゲー』を持つ者をないがしろにしていたのですね。

 ふたりの勇者様は、『神ゲー』を持つ者に許しを請うつもりのようです。

 許されない罪はありません。あなた様も、己の行いを悔い改め……」


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 大聖女の説法が終わるより早く、ストローは絶叫とともに大聖堂を飛び出していた。


 勢いのあまり、身体に巻いていた藁が剥がれてもおかまいなし。

 彼のなかにわずかに残っていた、人間としての最後の羞恥心すらもかなぐり捨て、ひた走る。


「オッサン……! オッサンオッサンオッサン! オッサぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!

 行かないでっ! この僕を置いていかないでぇっ!

 戻ってきて! 戻ってきてよぉ! この僕に、また力をくれよぉ!

 でないと僕……僕っ……! うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 そこには真実に気付いた者特有の、ひたむきさがあった。

 しかし本来は純粋であるなずの、その想いも……。


 いまだ欲にまみれた彼にとっては、振り乱す涙と鼻水のようにうす汚れていた。



 ……どがっしゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!!



 オッサンを追って街から飛び出した途端、勢いよく走ってきた馬車に轢かれてしまうストロー。


 紙クズのように高く舞い上がり、道端にあったゴミ山に頭から突っ込んでしまう。

 ゴミ山からは脚だけが出ていて、ピクピク痙攣していた。


 馬車に乗っていた金持ちらしき男は一瞬ヒヤリとしたが、


「なんだ、人かと思ったらゴミだったか。ゴミをゴミ山に放りこんでやったんだから、むしろいい事をしたな はははは!」


 気にもせず走り去っていく。


 馬車で人を轢いても謝りもせず、ホームレスとわかるや嘲笑する……。

 それはストローが栄華を極めていた頃、ホームレス相手にさんざんやっていた事であった。

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