第20話
ブレイたちが手に入れたばかりの馬車で、街中の遊覧をしていた。
その頃、勇者ストローはというと……。
ブレイたちの乗っているものよりもずっと大きい馬車を飛ばし、ある場所へと向かっていた。
彼の行き先は、ブレイのボロアパート。
セレブであるストローにとっては、視界に入れただけで目を汚されたような気分になる貧相な住まい。
裏路地と同じくらい近づきたくない場所であったが、今日ばかりは馬車を横付けすると、手下を引きつれてズカズカと近づいていく。
そして大家が住むという、ある一室の扉を蹴破った。
「おいっ、ババア! このボロアパートを売ってよ! いますぐに!」
ボロアパートの大家はこのあたりでも強欲で有名な老婆であった。
そして肝も据わっていたので、押し込み強盗のように入ってきたストローも笑顔で迎える。
「おやおや、勇者様がこんな所になんの御用かえ?」
「聞こえなかったの!? このボロアパートをいますぐ売ってって言ってるの!」
ストローがその気になれば、『わらしべイベント』の力でボロアパートを手に入れることは可能であった。
しかし『わらしべイベント』は願ったものがいきなり手に入るわけではなく、順を追ってステップアップしていき、最終的に手に入るというもの。
手に入るのはいつになるかわらないという欠点があるので、急を要する今回は『わらしべイベント』を使わず、直接交渉に乗り出していた。
ストローの財力があれば、こんなボロアパートよりずっといいアパートを何軒でも建てられる。
しかし今は、どうしてもこのボロアパートでなくてはならなかったのだ。
もはや妖怪の域に達している手練手管の老婆は、ストローの需要の強さをすぐに見抜く。
「おやおや、そうですか、お売りするのはかまいませんが、ここはワシにとっては大切な家。
死んだじいさんと過ごした大切な思い出がいっぱい詰まっておりますでな、そう簡単には……」
さっそくウソっぱちのエピソードを披露して、価格の吊り上げを行なっていた。
「ババアの思い出なんてどうでもいいよ! 1億
「1億ですか……ワシとじいさんの思い出が、1億……」
「不服なの? なら5倍だ! 5億なら文句はないでしょ!?」
ストローがあっさり5倍に引き上げたので、老婆はまだまだいけると確信する。
「5億……勇者様、ワシは三途の川を豪華客船で渡るのが夢なんですじゃ。
5億では、とてもとても……」
「チッ、この強欲ババア……! なら10倍にしてあげるよ! 50億だ! これ以上は出せないよ!」
ストローは交渉が下手であった。
なぜならば、『わらしべイベント』ですべてを手に入れてきたので、丁々発止の交渉など必要なかったからだ。
しかし今まではそれでもよかった。
いくら交渉で大損をしても、藁1本で取り戻せるのだから。
交渉は老婆のペースで進み、ストローは持ち家を老婆に譲ることになった。
この街屈指の豪邸と、ボロアパート1軒を交換という、あまりにも釣り合わない物々交換。
手下たちは止めたが、ストローは聞く耳を持たなかった。
「うるさいっ! この僕がその気になれば、あの程度の豪邸などいくらでも建てられる!
それよりも今は、ブレイのヤツに一泡吹かせてやらないと気が済まないんだ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ブレイは馬車を馴らすためにのんびりと街を一周したあと、ボロアパートに戻る。
馬車の上から望む我が家は、いつもと違うように見えた気がした。
しかしそれは、気のせいでもなかった。
アパートの前には、ブレイの帰宅を今か今かと待ちわびるストローがいた。
「ははははは! やっとノコノコ戻ってきたみたいだね、オッサン!」
ブレイの部屋の前で仁王立ちになり、高笑いするストロー。
アパートは雨が降ってもいないのに、なぜかびしょ濡れになっていた。
「オッサンが遊んでいる間に、僕はお前の住む場所を手に入れた!
言っただろう!? オッサンを絶対にホームレスにしてやるって!」
一方的な宣言に、御者席から見下ろしていたブレイはポカンとしていた。
馬車の窓から覗いていたヒロインコンビもポカンとしていた。
ストローはその反応を絶望と解釈し、愉悦に浸る。
「ははははは! 今さら後悔しても遅いよ!
僕に逆らった者は、こうなるんだっ!」
……パチンッ!
ストローが指を鳴らすと、手下のひとりがマッチを擦ってアパートに投げ入れる。
すると、爆発するような勢いでアパート全体が火に包まれた。
……ボンッ!!
アパートがびしょ濡れだったのは油が撒かれているせいだった。
ただでさえ火付きのいい木造のアパートに油では、もはやひとたまりもない。
……ガラガラガラッ!!
部屋は次々と崩壊していき、火の粉を舞い上げながら炎の瓦礫と化していく。
その様子を、ブレイの肩の上でじっと見つめていたテュリスがつぶやく。
「ストーリーの始まりになるキッカケにしちゃ、ちょっとショボイなぁ」
ブレイはすかさず反応する。
「なに? これが『ストーリー』だってのか?」
「朝いうたやろ。旅立たなならん理由が転がり込んでくるって。
普通やったら街ひとつ丸ごと燃やされるのがお約束なんやけどなぁ」
「街ひとつが丸ごと燃やされるって、いったい何が起きたらそうなるんだよ」
「はははは! 独りごとを言い始めるなんて、ショックのあまりとうとうおかしくなったみたいだね!」
ブレイにとってはすっかり意識の外だったストローが、おかしくてたまらないとばかりに腹を抱えてのけぞっていた。
「だがこれすらも、始まりにすぎないよ! 僕はこれからずっと、オッサンの住む場所を手に入れてやるんだ!
そうしてこうやって、燃やし尽くしてやるんだっ!」
これは、ストローが好む嫌がらせのひとつ。
『わらしべイベント』の力と圧倒的な財力で、相手が大切にしている物や欲しがっている物を手にいれ、それを目の前で破壊する。
そしてこう言ってのけるのだ。
「はははは! これは僕が手に入れたものだ! 僕が手に入れたものをどうしようと、僕の勝手だろう!?」
やられた相手は深い絶望と悲しみに囚われ、最後はストローに跪くのだ。
ストローはもはや、ブレイが精神崩壊をきたすほどに絶望していると思い込んでいた。
さっそく、例の台詞が飛び出す。
「はははは! このボロアパートは僕が手に入れたものだ! 僕が手に入れたものをどうしようと、僕の勝手だろう!?
僕を怒らせたことを後悔してるよね? だったら、僕の前に跪くんだ!
そしてその馬車を、中身ごと僕に差し出すんだ!
そしたら……オッサンに家をあげてもいいよ! 立派な家をね!」
ストローは勝利を確信する。
オッサンは御者席から崩れ落ちるように降りてきて、泣きながら許しを請うと思っていた。
ストローはヒロインコンビを手に入れたあと、オッサンが住んでいたボロアパートと同じものを、そっくりそのまま建ててオッサンにやるつもりだった。
するとオッサンは、きっとこう言うだろう。
「そ、そんな……! 豪邸をくださるのではなかったのですか!? ストロー様!?」
「家をあげるとは言ったけど、豪邸とは言ってないよ!
それにオッサンには、そのボロアパートで一生を終えるのがお似合いだよ! ははははは!」
両手に花のストローは笑いながら馬車を走らせ、最後の絶望に打ちひしがれるオッサンを尻目に旅立つのだ。
そう考えるだけで、ストローはニヤニヤが止まらない。
しかしオッサンの反応は、思いもよらぬものであった。
「そうだな、お前が手に入れたものをどうしようと、お前の勝手だよな。
じゃ、俺はそろそろ行くわ」
「はははは! そうだろう、そうだろう!? わかったら今すぐこの僕に土下座して……はああっ!?」
「住むところが無くなったんだったら、俺はこの街を出ることにするよ。
お前のおかげで旅立つ決心がついた、ありがとうな」
「た、旅立つ!? そ、そんな!? オッサンが旅立ったところで、すぐのたれ死ににするだけに決まってる! 後ろにいる2つのメスだって、嫌がってる決まってる!」
すると、馬車にいたヒロインコンビが御者席にすべりこんできて、オッサンに寄り添う。
「オッサンといっしょなら、嫌なわけないじゃん! だってコレ好きなんだよね~!
のたれ死には嫌だけど、なんとかなるっしょ!」
「はい! どこまでもおともさせていただきます、おにいちゃん!」
「よーし、それじゃあ行くとするか!」
「うぇーいっ!」「はいっ!」
安住の地を捨てることになったというのに、ふたりの少女はまるでハネムーンにでも出かけるように幸せいっぱいの笑顔を浮かべている。
それがストローにはどうしても信じられなかった。
「なっ……!? なんでだ!? なんでそんなオッサンを信じられる!?
あっ、わかったぞ! キミたちはオッサンに大金でも貰っているんだな!?
だったらこの僕が、それ以上の金をキミたちにあげよう! だってこの僕は、その気になれば……!」
物欲に支配された哀れな勇者、もはや誰も彼を気にする者はいない。
ブレイ、コレスコ、シャイネは3人だけの世界を作ると、さっさと旅立ちに向けて馬車を走らせていた。
その背後から、半泣きの声がすがりつく。
「まっ……まてっ! 待てぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!
こ、この僕を……今度こそ、今度こそ本当に本気で怒らせたなっ!?
僕はまだあきらめてないぞっ!
旅先に追いかけていって、オッサンの欲しい物をぜんぶメチャクチャにしてやるっ!
もう謝っても遅いぞ! 絶対に絶対に許さないからなっ! おぼえてろよーっ!」
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