第19話
ストロー……俺が荷物持ちとして仕えていた勇者のひとり。
俺が仕えたのはコイツが小学生の頃で、そのときにコイツは不思議な力に目覚めていた。
それは『欲しいと願ったものを、藁1本の元手だけで手に入れる』能力。
その力でコイツはありとあらゆるものを手にいれた。
藁が1本あればなんでも手に入るので、勇者としての冒険をやめてしまった。
勇者のなかには冒険ではなく、商売や金儲けで名を挙げる者がいるが、コイツもそのひとりだ。
コイツは勇者の地位を金で買い、中学生ながらもDランクにまで昇り詰めている。
そして俺はいまさらながらに、ヤツの能力の根源を知ってしまった。
さっそく、その根源を絶つことにする。
勇者ストロー
難易度:イージー(4ポイント使用中) ⇒ ノーマル
世界観:古典的RPG(1ポイント使用中) ⇒ リアル
ブレイ
CP 5 ⇒ 10
これでよし、と。
俺を呼び止めたストローは、並の人生に戻ったとも知らず、エロオヤジのようなニヤニヤ笑いで言った。
「僕のこの豪邸と、その馬車を交換しよう。中にある『モノ』も全部込みで」
持って回ったような言い方が、なんだか引っかかった。
ヤツは俺の返事を待たずに、さらに続ける。
「もちろん僕のほうも同じ条件さ。豪邸を、そっくりそのままあげるよ。
中には金銀財宝や美術品がうなるほどあるし、使用人も大勢いる。
若いメイドなんて100人もいて、みんな言いなりだよ。
オッサンはどうせエビ剥きのアルバイトをして、一生ボロアパート暮らしなんだろう?
この豪邸を手に入れれば、オッサンはずっと遊んで暮らせちゃうよ?」
コイツが馬車が欲しいだけなのであれば、俺に交渉を持ちかけたりはしないだろう。
うなるほどあるという金で買えばいいだけなんだからな。
それで俺はようやく気付いた。
コイツが本当に欲しいのは、中の『モノ』……コレスコとシャイネであるということを。
コイツは望むものがなんでも手に入るので、ついには人間までもをモノ扱いするようになったんだった。
ふと、俺の隣で浮いていたテュリスが唸った。
「う~ん、コイツは初めてのパターンやなぁ」
「どういうことだ?」
「いままでの勇者は、旦那の『神ゲー』のスキルの恩恵にあずかってただけなんやけど……。
ここにいるボンボンは、『神ゲー』の『わらしべイベント』の力だけでなく、自分のスキルの力を組み合わせて、さらにパワーアップさせとる」
スキルというのは組み合わせによって相乗効果が得られる場合がある。
俺は妖精の言葉を待った。
「普通、『わらしべイベント』っちゅうのはそう何度も起こせんうえに、欲しいものを選ぶことができんのや。
でもこのボンボンは何度も『わらしべイベント』を起こしとるうえに、望みのものを手に入れとるようや。
たぶん、願いを実現に近づけるようなスキルを自前で持っとるんやろ。
まさに『わらしべ長者』になるために生まれてきたようなやっちゃ。
さしずめ、『少年ワラシベ』ってとこやな」
うまいことを言ってやった、みたいな顔で俺を見るテュリス。
「でもコイツの目的は馬車じゃなくて、コレスコとシャイネみたいだぞ。
それだったら馬車ごとの交換なんて面倒なことをせずに、力を使って直接手に入れればいいことじゃないか」
「多分やけど、人間は手に入れられんのとちゃう?
このボンボンはやたらと物にこだわっとるようやから、物でしか人を釣れんのやろう」
そう言われて、なんとなく腑に落ちる。
俺がひとりごとを言っていたので、ストローはいぶかしげだった。
「さっきからなにをブツブツ言ってるんだい?
あまりに信じられない取引だから夢だと思ってるのかな?
まぁ、ずっとド貧乏だったオッサンなら無理もないかな」
俺はとりあえず、ヤツの能力のことは知らないフリをして話をする。
「豪邸を手放したら、住むところが無くなるんじゃないのか?」
「なんだ、そんなことを心配してたのか。
僕はこの住まいに飽きてたから、そろそろ引っ越そうと思っていたところなんだ。
そしたらちょうどいい具合に、オッサンの馬車が通りかかった……。
そこで思ったんだよ。馬車に乗って世界中を旅するのも悪くないかも、ってね」
そして、じゅるりと舌なめずり。
「この街での大人気のギャル魔女と、この国で大人気の小学生聖女が旅のおともなら……。
飽きずに旅ができそうだし……それに、勇者としてのハクもつく……!
オッサンも一生遊んで暮らせるとあれば、誰も不幸にならない……!
まさにWin・Winじゃないか……!」
「そうかもなぁ。でも、ふたりはなんて言うか……」
俺たちのやりとりを、馬車内のコレスコとシャイネは知らない。
簡易ベッド上でくすぐりごっこをして、無邪気な子猫のようにジャレあっている。
「彼女たちも、この勇者である僕といっしょに旅したほうが幸せになれるよ。
なんたって僕は、藁1本さえればなんでも手に入れられるんだからねぇ。
そんな偉大な力を持った男になびかない女がいたら、会ってみたいよ……!」
気付くと馬車の中にいたヒロインコンビは俺たちのほうをじーっと見ていた。
まるで遊んでいる最中に、好物の猫缶が開く音を耳にした子猫のように。
「なんだかよくわかんないけど、もしかしてあーしたちのことを話してる?
あーし、オッサンと離れるつもりは今んとこないから! だってコレ好きなんだもん!
つーか普通、好きって感情は、物をもらったところで変わるもんじゃなくない?」
「はい! わたしも、おにいちゃんとはなれるなんてぜったいにいやです!
もちろん、おにいちゃんがわたしをおそばにおいてくださるのであれば、ですが……
いずれにしても、おにいちゃんといっしょにいるいじょうにすてきなものなんて、このよにありません!」
コレスコとシャイネの言葉には積極性において大きな差はあったが、主張していることはおおむね同じだった。
そして俺の考えはというと、とっくの昔にまとまっていた。
いや、昔の俺であれば、もしかしたらこの話に飛びついていたかもしれない。
ふたりの少女を売り渡し、100人のメイドを選んでいたかもしれない。
『好きって感情は、物をもらったところで変わるもんじゃなくない?』
『おにいちゃんといっしょにいるいじょうにすてきなものなんて、このよにありません!』
ふたりの心からの言葉も、鼻で笑っていたかもしれない。
しかし、今ならわかる。
いくら金を積まれても、俺のコレスコとシャイネへの想いは変えられない。
ふたりといっしょにいる以上の素敵なことなんて、この世にないと断言できる。
だから……たとえこの国の王にしてやると言われても、ふたりを渡すものか……!
しかし、今まで物で人の心を操ってきたストローには理解できなかったようだ。
「ぷっ、あんなこと言ってるけど、僕の力を前にしたらみーんな跪くんだ。
そしてこう言うんだ『ストロー様、あなた様の偉大なるお力で、どうかお恵みくださいませ』ってね!」
「だとしたらもう、お前は終わりだな」
「は?」
「お前にはもうその力はない。この俺が取り戻したからな」
「はぁ? なに言ってんのオッサン? あ、もしかして僕がドッキリを仕掛けてると思ってる?
僕がその気になればこんな面倒なことをせず、大きな力を使って手に入れることだってできるんだよ?」
「じゃあやってみな。無理だと思うけどな」
「オッサン……勇者のスキルをバカにするのは、どれだけ無礼なことかわかってる?
オッサンは僕にボコボコにされても文句は言えないんだよ?
あーあ、とうとう僕を本気にさせちゃったね。
あーあ、僕の力があれば、オッサンをホームレスにすることくらい簡単なのに。
あーあ、謝るなら今のうちだよ? 馬車とその子たちを置いていけば、特別に許してあげても……」
俺はストローの話の途中で御者台にあがった。
手綱を打ち鳴らし、ヤツを轢き殺す勢いで馬車を走らせると、背後から怒号が追いすがる。
「くそっ! こうなったらなんとしてもそのメスを2つとも手に入れてやる!
オッサンは絶対にホームレスにしてやるからなーっ! おぼえてろよーっ!」
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