第18話

 俺はテュリスから手渡された藁を、しげしげと見つめる。


「これは、魔法の藁かなんかか? これをどうすればいいんだ?」


「うんにゃ、そいつは今朝がた外で拾ってきた普通の藁や!

 それを持って、外をうろつくんや!」


「まさか、そしたら馬車が手に入るだなんて言うんじゃないだろうな」


「そのまさかや!

 『JRPG』にはおなじみの、『わらしべイベント』ちゅうやつやな!」


 この妖精は普段から意味不明なことを言っているが、今回のはいちだんと理解できなかった。

 しかし毎度奇跡のようなことが起こるので、とりあえず黙って従ってみることにする。


 藁をもってうろつくなんて変人もいいところなので、ひとりで出かけようかと思ったのだが、コレスコとシャイネは当然のようについてきた。

 まあいいかと思って外に出ると、いきなり異変に出くわす。


 俺の住んでいるボロアパートの前は大通りなんだが、その通りの真ん中でオバサンがムズムズした顔をしていた。

 あのオバサンは、俺がおととい情報収集のために話しかけたオバサンだ。


 「どうかしたのか?」と問うと、オバサンは俺の持っていた藁を奪い取り、鼻の中に突っ込んだ。

 そして、「はーっくしょーんっ!」と豪快なクシャミを一発。


「ああ、クシャミが出そうで出なくて困ってたところだったんだよ。

 ごめんね、藁を取っちゃって。お礼とお詫びと言ってはなんだけど、これをあげるわ」


 オバサンは俺の藁と引き換えに、持っていたブドウをひと房くれた。

 スッキリとした様子で去っていくオバサンを、俺は腑に落ちない顔で見送った。


「もしかしてこれが、『わらしべイベント』……?」


 ひとりごちる俺の耳元で、「そうや!」と声がする。

 ヒロインコンビは不思議そうに俺の手元を覗き込んでいた。


「わらが、ぶどうになりましたね」


「よくわかんないけど得したじゃん! さっそく食べようよ!」


「いや、ちょっと待て。これがもっといいものになるはずなんだ」


「えっ、マジ? そんなわけないじゃん!

 こんなグーゼン、そうそうあるわけないって!」


「わたしはおにいちゃんのおっしゃることをしんじます!」


 ともかく俺はブドウを持ったまま街ブラを開始する。

 すると、街の入り口あたりでへばっている行商人を見つけた。


「そ、そこのあなた……た、助けてください……」


「どうしたんだ?」


「ああ、やっと言葉のわかる人がいた……。

 私は異国からここまで、歩いて旅をしてきたのですが……。

 の、喉がかわいて、もう歩けないのです……。

 どうか、喉の渇きを癒やせるようなものを、恵んでいただけないでしょうか……」


「じゃあ、これをやるよ」


 行商人にブドウをやると、房ごと丸かじりする勢いでガッつきはじめた。


「はぐっ! むしゃっ! おっ、おいしいっ!

 こんなにジューシーで甘い果物は初めてだっ!

 これは、なんという果物なんですか!?」


「ブドウだよ。この国じゃ珍しくない果物だ」


「私の国にはこんな果物はありません! 帰って売ればきっと大儲けできます!

 ああ、ありがとう! あなたは命の恩人だけでなく、商売の恩人だ!

 どうか、私の国で最高級のドレスを受け取ってください!」


 行商人は感激して、本来は売り物であるはずのドレスを俺にくれた。

 それは異国らしいエキゾチックなデザインで、目を見張るほどに美しかった。


「ふわぁ……! おひめさまのドレスみたいです!」


「これ、超かわいくない!? あーしにちょうだい!」


「まあ待て。これがさらにいいものになるかもしれん」


「そういえば、わらがブドウになって、さらにドレスになりましたね!

 おにいちゃんのおっしゃっていたとおりになりました!」


「えーっ、これもグーゼンっしょ!?

 いくらなんでもこれ以上、グーゼンが重なるわけが……」


 シャイネは感激、コレスコは文句たらたら。

 しかし俺はこのとき確信していた。


 このまま行けば、馬車が手に入るだろう、と……!


 それは間髪入れずにやってきた。

 行商人のいなくなった街の入り口に立っていると、1台の馬車が街の外に出ようと通り過ぎる。


 それは応接間を運んでいるような大きくて豪華な馬車だった。

 窓から外の景色を眺めていたお嬢様らしき人物と、ふと目があう。


 すると馬車がいきなり止まって、中から身なりのいい執事が降りてきた。


「あなたがお持ちになっているドレスをお嬢様が大変気に入りまして、馬車1台と交換していただけませんでしょうか?」


 俺の背後にいたヒロインコンビは「えーっ!?」と仰天していたが、予感のあった俺は交渉するだけの余裕があった。


「わかった。そのかわり普通の馬車じゃなくて、冒険者仕様の馬車にしてくれ。それも勇者クラスが使う最高級のやつだぞ」


 馬車には用途によって、馬の品種は牽引する馬車が異なる。

 冒険者仕様というのは、長旅ができるようにキャンプ用品や簡易ベッドなどが積まれている馬車のことだ。


「承知しました。お屋敷に最高級の冒険者仕様の馬車が何台かありますので、それを差し上げましょう」


 交渉はあっさり成立し、俺はほんの1時間足らずで馬車を手に入れてしまった。


 これにはコレスコもシャイネも、すっかり大興奮。

 広々として馬車の室内で、おおはしゃぎしていた。


「すごいすごい、すごーいっ! 藁を馬車にしちゃうだなんて、オッサンマジヤバ過ぎだって!

 あっ、これももしかして『神ゲー』の力!?

 もうどんだけ神ってたら気がすむの!? オッサンのゴミスキルは!?」


「おにいちゃんはほんとうにすごいおかたです!

 おおくのひとをたすけて、みんなをえがおにしたうえに、ばしゃまでてにいれるだなんて……!

 いだいなるゆうしゃというのは、おにいちゃんをおいてほかにはおられません!」


 ヒロインコンビはべた褒めで、俺はくすぐったい思いで御者席にいた。


 俺はかつて荷物持ちをしていたときの経験で、馬車の御者もつとめていたことがある。

 だから馬車ならお手の物だ。


 馬車をくれたお嬢様の屋敷から出て、高級住宅街を進んでいると、ひときわ大きな屋敷の前で呼び止められた。


「おい、オッサン、ちょっとちょっと」


 その馴れ馴れしい声を、俺は知っていた。

 身体はまだ中学生なので小柄だが、顔は中年オヤジのようにふてぶてしい。


 アンバランスなその少年の頭上には、例によってウインドウが。



 勇者ストロー

  難易度:イージー(4ポイント使用中)

  世界観:古典的RPG(1ポイント使用中)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る