第14話

 ブレイとコレスコとシャイネ、3人の仲良しっぷりを眺めていたのは、なにも森の動物だけではない。


「ぐっ……! シャイネたんと食べさせっこなんて……!

 となりの腐れビッチはどうでもいいとして、あのオッサンのいる場所には、この僕こそがふさわしいのに……!

 くそっ……! 今までは妄想だけで我慢してきたけど、目の前に現れたら、もう我慢できない……!

 ペロペロしたいっ……! ペロペロしまくりてぇ……!」


 洞窟に入ってすぐの薄暗い広間にいたペロドスは、水晶玉を潰さんばかりに握りしめる。


「ペロドスせんせー! はやくいこうよー!」


 と子供たちに急かされ、ハッと我に返ると。


「そ……それじゃ、洞窟探索に出発しようか! 荷物持ちの子は、松明をつけて!」


 すると子供たちの輪のなかでも外側にいる、貧相ないでたちの子供たちがボロボロのリュックから松明を取りだして点灯した。

 複数の松明によって、あたりは明るく照らされる。


「それじゃあ勇者を中心に、輪を崩さないように奥にすすもう!」


 勇者小学校というのは勇者だけでなく、それ以外の賢者や騎士や聖女などの上位職、さらには戦士や魔術師などの下位職の子供たちも通っている。


 その中では勇者がエリート扱いされ、時点で上位職、下位職の子供たちは勇者の盾のような扱いを受けていた。

 さらに下位職の下には『荷物持ち』という冒険者ではない者たちがいて、荷物持ちや松明で照らすのはもっぱら彼らの役割であった。


 『荷物持ち』はパーティの中では下働きのような存在なので、とても粗末に扱われる。

 輪の外にいる彼らは、他の子供たちに蹴たぐられながら通路を先導させられる。


 そしてモンスターが現れたら輪のなかの子供たちが飛び出していって戦う、といった具合で、洞窟の奥へ奥へと進んでいた。


 ふと、ある荷物持ちの子供が声を響かせる。


「ペロドスせんせー! そろそろ1じかんになります! たいまつをこうかんしてもいいですか?」


「ああ、その必要はないよ。僕のパーティにいれば、僕のスキルの効果が得られるからね。

 僕のスキルがあれば、松明は洞窟を出るまで永遠に持つんだ」


「えっ、ほんとうですか!?」


「ばっかでー! おまえ、そんなこともしらないのかよ! ペロドスせんせいはゆうしゃなんだぞ!」


「そんなだから、おまえはにもつもちなんだよ!」


 荷物持ちの子供がまわりからよってたかって罵られても、ペロドスは止めようとしない。

 それどころか、あからさまな不快感をにじませていた。


「ははは、バカな荷物持ちの子にはわからないのも無理はないね。

 でも、次からは覚えておいてね、この僕といっしょに地下迷宮ダンジョンに入るときは、松明は1本でいいんだ。

 換えの松明を用意されるのは、僕のスキルが信じられてないみたいで嫌なんだよねぇ。

 わかったらさっさと、そのボロリュックに入っている松明をぜんぶ捨てようね~?」


 ドスの効いたさわやか笑顔で脅されて、荷物持ちの子供たちは手荷物にあったスペアの松明を、近くにあった風穴に投げ込んだ。


「よーし、これで荷物が軽くなったね。

 それじゃ、ここいらでちょっと休憩しようか。みんなで楽しい遊びをしよう」


 ペロドスは洞窟の半分くらいまで進んだところの広間で、子供たちを止める。

 松明を集めたかがり火を作らせ、子供たちに向かって両手を広げてこう言った。


「あと1時間ほどで、オッサンがこの洞窟に入ってくる。それをみんなで脅かす遊びをしよう!

 オッサンが情けなく泣き叫ぶところを、みんなは見たいよね!?」


「みたーい!」


「よーし、それじゃあ男の子と女の子に分かれて作戦会議だ!」


 ペロドスは子供たちを男女のふたつのグループに分ける。

 お互いの話が聞こえないくらいに距離を離し、まずは男の子グループにこうささやいた。


「まずキミたち男の子は、腐れビッチ……じゃなかった魔女のおねえちゃんを襲って、暗がりに連れ込むんだ。

 相手は魔女だけど、これだけの人数で一気に接近戦に持ち込めば楽勝さ」


 そして、悪魔のような笑みで、


「あのお姉ちゃんはね……なにをしてもいいお姉ちゃんなんだよ」


「ほんとに!?」


「ああ、キミたちが学校で女の子を相手にやっている、スカートめくりやエッチごっこ……。

 いや、それ以上のことをやってもいいんだよ! 勇者であるこの僕が許可しよう!」


「やったーっ!」


 ペロドスは次に女の子グループに向かい、こう指示する。


「キミたち女の子は、シャイネたん……じゃなかったシャイネちゃんを襲って、ここまで連れてくるんだ。

 彼女はキミたちと同じ小学生だから簡単だろう?」


「わかりました! でも、なんでそんなことを?」


「そりゃもちろん、この僕がペロペロするために……じゃなくって、オッサンは女の子に守られるような弱虫なんだ。

 洞窟のなかで女の子をさらってひとりぼっちにしたら、きっとわんわん泣き出すに決まってるからね」


 ペロドスはかつてオッサンを荷物持ちとして使っていた経験から、オッサンのヘタレっぷりをよく知っていた。

 優秀な取り巻きであろう少女たちを奪えば簡単にパニックに陥り、以前のような情けない姿を見せるに違いない。


 その醜態をシャイネに見せつけてやれば、シャイネはオッサンに愛想を尽かすだろうと思ったのだ。


 そして実をいうと、この作戦の成功率は100%であった。


 男の子たちは女子高生ギャルをさらい、大人の階段をのぼり……。

 女の子たちは小学生大聖女をさらい、大人の階段をのぼらされていたに違いない。


 オッサンは、ふたりのヒロインを奪われて絶望のどん底に叩き落とされていた。


 しかし成功まちがいなしの作戦であったとしても、遂行されなければ意味がない。


 ……ついに、その時がやってきた。


 ……ふっ。


 不意に音もなく、その場にあった松明が消え……。

 ペロドスをはじめとする小学生グループたちは、暗闇に包まれたのだ……!


「きゃあああああーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


「きゅ、きゅうにたいまつがきえた!?」


「なんで、どうして!?」


「ペロドスせんせーのスキルがあったら、たいまつはきえないはずなのに!?」


 今までペロドスのパーティでは、地下迷宮ダンジョンの外に出るか、意図的に消そうとしないかぎりは一度たりとも松明が消えたことなどなかった。


 なぜここにきて、松明は普通に燃え尽きてしまったのか……?


 そう、普通に戻ってしまったからだ……!


 かつてペロドスが恩恵を受けてきた『古典RPG』の世界観では、いちど付けた松明は永遠に火を灯しつづけた。

 しかし『リアル』な世界の松明というのは、持って1時間がいいところ。


 モンスターのいる洞窟で光源を失うということは、それは目隠しをされたも同然。

 襲われたら、たとえ相手がどんな雑魚であっても勝つことは難しいだろう。


「ぎゃあああああーーーーーーーーーーっ!?

 なんで、なんでっ!? この僕のスキルがあるのに! なんでいきなり真っ暗にっ!?

 やだやだっ! やだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 暗闇には子供たちの悲鳴、そして勇者の絶叫は止まることはなかった。

 叫ぶことで自我を保つように、誰かが気付いて助けにきてくれることを、祈るように……。

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