第13話

 勇者ペロドスを睨み据える俺。

 その傍らで、テュリスが言った。


「なんや旦那、あの歌のお兄さんみたいなのともパーティを組んどったんかい」


 俺は「ああ」とだけ返事をする。


 俺は『歌のお兄さん』というのを知らないので、比喩として的確なのかはわからない。

 アイツは爽やか系のイケメンで、勇者があまりやりたがらない小学校の講師をやっているので世間の受けが特にいい。


 しかしその裏の顔を、俺は知っている。

 ヤツはとんでもないロリコンなんだ。


 ヤツのパーティにいるときに、俺も勇者小学校の地下迷宮ダンジョン探索の引率に付き合わされたことがあった。

 その時、ヤツは爽やか笑顔で俺にこんなことを命じた。


「ねぇオッサン、僕にはお目当ての子がいるんだけど、その子を探索の途中でさらってよ。

 僕が助けに行くからさ」


 なんとヤツは俺を人さらいにして、女子小学生にいい格好を見せようとしていたんだ。

 当然断ったんだが、その時の引率で俺はさんざんな目に遭わされた。


 洞窟の中でヤツに力ずくで服を剥ぎ取られ、引率の子供たちの中に放りこまれたんだ。

 子供たちは逃げ惑ってパニックになり、俺はペロドスの手によってボコボコにされて縛り上げられ、街中を引きずり回された。


 ペロドスは子供たちを救ったヒーローになり、俺は子供たちを襲った最低の変質者として石を投げられた。

 その時はマジハリじゃなくて別の街に住んでいたんだが、街からも追放されてしまったんだ。


 ……思い出すだけで、死にたくなるほどの屈辱。

 俺は当然のようにヤツのチートウインドウを操作して、ポイントを取り戻す。



 勇者ペロドス

  難易度:イージー(4ポイント使用中) ⇒ ノーマル

  世界観:古典的RPG(1ポイント使用中) ⇒ リアル


 ブレイ

  CP 0 ⇒ 5



 チートを奪われたとも知らず、ペロドスはニコリと笑う。


「どうしたのオッサン、そんなに怖い顔して? 本当のことを言われたのがそんなに気に障ったのかな?

 その様子じゃぜんぜん反省してないみたいだね!

 みんな、気をつけて! あのオッサンは別の街で子供たちを襲って、変質者として追い出さたことがあるんだよ!」


 「うぇーっ!」と小学生たちが今にも吐きそうは悲鳴をあげる。

 しかしこの場にいるなかで、ひとりだけ俺を信じてくれた小学生がいた。


「お……おにいちゃんは『へんしつしゃ』さんじゃありません! なにかのまちがいです!」


 今まで俺の後ろに隠れていたシャイネだった。

 俺が言われっぱなしなのが我慢できなくなったようだ。


 途端、ペロドスが真っ白になった。


「え……? な、なんで……?」


 まるで夢でも見ているかのようなペロドスに、我が妹はハッと我に返る。

 ポッと赤くなりながら、ぺこぺこ頭を下げた。


「あっ、ごめんなさい! もうしおくれました! わたしはシャイネといいます!」


「い、いや……。この国でいちばん有名な小学生を、知らないわけないでしょ……。

 な、なんで……なんで、こんな所に……?」


「わたしはおにいちゃんのおともになるのがゆめだったので、ここにいます!

 わたしはまだ『ふつつかもの』ですが、おにいちゃんはこころがひろいので、こんなわたしでも、おそばにおいてくださっているのです!

 おにいちゃんにふさわしいせいじょになるために、がんばりたいです!」


 なぜか誇らしげな表情を浮かべるシャイネ。

 そして俺のこととなるとやたらと饒舌になるようだ。


 ペロドスはいつもの爽やかな余裕はなく、血の気を失った顔をしていた。


「そ、そう……。シャイネちゃんがそのオッサンの妹だなんて知らなかったな」


 そして舌の根も乾かぬうちに、


「でもそんなオッサンのそばにいたら、オッサン菌が付いちゃうよ?

 オッサン菌が付いたらオッサンみたいになっちゃうよ!

 そんなの嫌でしょ? だから早くこっちに来て、僕たちといっしょに洞窟に行こうよ!」


 引率の子供たちはまたしても嫌そうな悲鳴をあげる。


「うわぁ、『オッサンきん』だって! えんがちょー!」


 とうとうコレスコも一緒になって「うわーっ! えんがちょー!」とはしゃぎはじめる。

 コレスコは指で俺を拒むバリアのサインを作りながら、俺の腕にギュッとしがみつくという矛盾した行動を取っていた。


 名門の聖女学校卒のシャイネは、そのローカルルールを知らなかったようで、


「おっさんって、おにいちゃんのことですよね?

 わたし、おにいちゃんみたいなりっぱなひとになりたいんです!

 ですからおにいちゃんといっしょにいます! いまも、そしてこれからもずっと!」


 ぐっ、と握り拳を固めて真面目に受け答えしていた。

 ペロドスはぎこちない笑顔を浮かべる。


「そ、そう、シャイネちゃんはお兄ちゃん思いなんだね。

 でも、あとになって後悔すると思うけどなぁ」


「そんなことはありません!

 これからわたしたちはどうくつにはいるのですが、きっとおにちゃんはだいかつやくです!」


 するとペロドスは虚を突かれたような表情になる。

 そして口の端をわずかに吊り上げると、


「そうなんだ、これから洞窟に入るんだぁ……。

 でも残念、僕たちも入るつもりだったんだよ。

 地下迷宮ダンジョンは先に来たパーティが優先で、あとのほうは時間をおいて入るっていうルールは知っているよね?」


「はい、ぞんじております」


「それじゃあこれから僕たちが洞窟に入るから1……いや、2時間したら入っておいでよ」


「よろしいですか? おにいちゃん」


 シャイネは自分で判断することはせず、俺に尋ねてきた。

 俺はシャイネのかわりに頷く「ああ、それでいい」と。


 コレスコは「えーっ! 2時間も待つの!? ヤダー!」と駄々をこねていたが、


「コレスコさん、すこしはやいですけど、このあたりでおひるごはんにするというのはどうでしょうか?

 どうくつのなかでたべるよりも、おそとでたべるほうがおいしいとおもいますよ」


 シャイネの一言で、「いーねー! そうしよう! そうしよう!」とあっさり手のひらを返す。

 小学生にあっさり説得される女子高生って……。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからペロドスと勇者小学校の子供たちは洞窟に入っていった。

 俺たちは洞窟の入り口の近くにある草原で、おおきなバスケットを広げる。


 バスケットの中身はサンドイッチだった。


「おお、うまそうだな」


「コレスコさんがつくってくださったんですよ」


「へへーんっ! って、シャイネもいっしょに作ったじゃん!

 パンを焼いたのはシャイネだし、材料を切ったのもシャイネだし、ソースを作ったのも……!

 ってよく考えたら、あーしって挟んだだけじゃん! あはははははっ!

 でもまあいっか! それよりも食べよーよ! いただきまーっす!」


 コレスコはバスケットから取り出したサンドイッチを、なぜか俺の口元に持ってくる。


「な、なんだよ」


「なんだよって、食べさせっこに決まってんじゃん! はい、あーんして!」


「あ、あーん」


「どお? おいしい?」


「ああ、うまいよ」


「た……たべさせっこ……!? そんなすてきなこと、はじめてしりました……!」


「えーっ、聖女なんだったら勇者にやるのが常識じゃない?

 ま、あーしは頼まれてもやんなかったけど!

 じゃあシャイネもやってみなよ!」


「よ、よろしいのですか?」


「当たり前じゃん! だってシャイネもヒロイン候補なんっしょ?」


「そ、そうですね! で……ではっ! ど、どうぞ、おにいちゃん……!」


 両手でしっかりと持ったサンドイッチを、プルプル震えながら差し出してくるシャイネ。

 俺は一方的に食べさせられてばかりだったが、シャイネがあまりにも真剣な眼差しだったので大人しく従う。


「あ、あーん」


「い……いかがですかっ!?」


 聖女学校の入学発表のときでもこんな表情はしなかったほどの、思いつめた表情で問うシャイネ。


「ああ、すごくうまいよ」


 素直な感想を口にすると、シャイネは恍惚とした表情を浮かべる。


「ふ……ふわぁぁぁ……!」


「わあっ!? この嬢ちゃん、口から魂が抜けかかっとるやないか!?

 旦那にほめられたのがよっぽど嬉しかったんやなぁ!」


 俺の目からはなにも見えなかったが、テュリスはシャイネの口に向かってなにかを押し戻すような仕草をしていた。


 そんなトラブルはあったものの、俺たちの昼食はまわりで見ていた動物たちまでもがうらやむほどの、最高においしくて楽しいものとなる。

 2時間という長い待ち時間も、あっという間に過ぎていった。

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