第7話

 山登りを始めて100メートルも行かないうちに、勇者ハーチャン一行はダウンしてしまう。

 その横を、山菜採りに来た村の老婆が通りがかった。


「あんれまぁ、勇者様、こんなところでへばってどうしちまっただ?」


「うるせぇ、ババア! 俺たちは山登りで疲れてるんだ! あっちいけ!」


「山登りって……ここはまだ山の入り口でもないだよ」


「なんだと!?」


 老婆が指さす方角には、山と村の境目を示す柵があり、こんな看板があった。



『ここより先、グリフォンの出る山。危険なので立入禁止』



「くそっ! グリフォンを見つけるには、あんな上のほうまで行かなきゃならねぇのかよ……!」


「あんな上のほうって……このあたりは散歩コースだで?

 グリフォンのいる洞窟は、まだまだずっとずっと上だ」


「な……なんだとぉーっ!?」


 ここで引き返したらいい笑い者になると、ハーチャンたちは這いつくばるようにして山を登った。

 境界である柵の門を開いてさらに進み、ついに遭遇する。


 最弱クラスのモンスターである、ゴブリンに……!


「チャッ! こうなりゃ、コイツらだけでも血祭りにあげて帰るぞ!

 グリフォンはいなかったってことにするんだ!」


 フラフラの身体で立ち上がり、武器を構える仲間たち。

 いくら疲労困憊でも、ゴブリンに負けることはないと思っていた。


 ……なぜならば、いままではHPが瀕死寸前の『1』でも、全力で戦えていたから。


 しかし『リアル』ではそうはいかない。

 疲労と体力の減少は、戦闘行動にモロに影響する。


 よろめきながら振り下ろされた剣はやすやすとかわさてしまう。

 反撃の錆びたナイフも、鎧がないせいで、まともに身体に突き刺さる。


 ……グサッ!


「ぎゃああああっ!? いってぇーーーーーー!?!?」


 肩口に突きたてられたナイフに、大袈裟にのけぞるハーチャン。

 仲間たちはもうボロボロ。


「やっ、やだぁっ!? なんで、なんでこんなに強いの!? なんでこんなに痛いの!?」


「こ、このゴブリン、やべえっ!? とんでもなく強ぇぞ!」


「うわああっ!? 来るなっ! 来るなぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」


 このゴブリンたちは、彼らがいままで戦ってきたゴブリンとは大きく違っていた。


 『難易度』が元通りになった、『普通ノーマル』のゴブリン……!

 これこそが、世界標準の強さなのだ……!


 仲間たちは、ナメきっていたゴブリンからいいように蹂躙され、その顔を血と絶望に染めていた。

 そしてとうとう、勇者は……。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 仲間を見捨てて、敗走っ……!


「ご、ゴブリン相手に、勇者が逃げるだなんて……!」


「い、いやあっ!? 置いてかないで、ハーチャン!」


「お、俺たちも、連れてってくれぇぇ!」


 追いすがる仲間たち。


 ハーチャンはひと足先に境界の柵の外に出ていたのだが、なんと……。

 振り返って、門を閉じてしまったのだ……!


「ああっ!? も、門を閉めやがった!?」


「じょ、冗談でしょ!? そんなの、マジ笑えない!」


「俺たちを見捨てて、ひとりだけ助かろうってのか!?」


「お、お前なんか勇者じゃねぇ! ゲス野郎だっ!」


 仲間たちの罵声を受けながら、ハーチャンは無我夢中で山の坂道を駆け下りる。

 途中、何度も躓いて転がり、汗と泥、血と涙にまみれながらも走った。


 麓につくと、馬車の御者席に乗り込んで手綱を打ち鳴らす。

 背後からすがりつく悲鳴を振り払うようにして、ハーチャンは山から走り去った。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 勇者ハーチャンは、初めてのクエスト失敗を喫する。

 それどころか怪我とショックで、しばらく入院するハメになってしまった。


 見捨てた仲間がどうなったかなど、すでに彼の頭の片隅にすらない。

 そんなことよりも、彼は退院と同時に聖堂に向かった。


 聖堂というのは教会の一種で、女神の力の代行者である『大聖女』がいる。

 大聖女はスキルを授け、また授かったスキルをる力がある。


 ハーチャンは大聖女に詰め寄った。


「おい! 俺のスキルを鑑定してくれ!

 いままではどれだけ重い鎧を着てもなんともなかったし、走っても疲れなかった!

 そのスキルの効果が発揮されなくなってしまったんだ!」


 大聖女は儀式の部屋に案内すると、ハーチャンのスキルを視た。


「……はい、ハーチャン様には確かに『重量無視』に類似するスキルの効果があったようですね。

 でもいまは、それ自体が消失してしまったようです」


「スキルが無くなっただと!? そんなことがあるのか!?」


「はい、厳密にはハーチャン様自身のスキルではなく、他者のスキルです。

 おそらく、ハーチャン様のパーティにいたどなたかのスキルの効果を受けていたのでしょう」


「なっ……なんだと……!?」


 ハーチャンにとって、それは信じがたい一言だった。


 いままでは自分の力だと思っていたものが、他の人間のスキルだったとは……!


 しかしそれなら、効果が失われたのにも納得がいく。

 ハーチャンは震える声で尋ねた。


「で……ど、どこのどいつなんだ? 今まで俺に力をくれていたヤツは……?」


「そのお方のお名前はわかりません。わかるのは元となったスキル名だけです」


「それでもかまわん! さっさと教えろ!」


 この時、彼はすでに決意していた。

 ソイツすぐにパーティに再勧誘して、二度と手放さないようにしよう、と。


 しかし大聖女から告げられたのは、彼にとっては死刑宣告にも等しいものであった。


「ハーチャン様にお力を与えていたのは……『神ゲー』というスキルのようです」

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