第8話

 ブレイ レベル10

  HP 34

  MP 20

  筋力 17

  知力 10

  俊敏 12

  魅力 1

  CP 1



 俺は今日一日だけで、レベルを10も上げることができた。

 レベルなんて概念で成長するのは俺だけだと思うので、これがどのくらいの成果かはわからないが、俺としては大満足だ。


 だって、今まで手も足も出なかったゴブリン相手にも楽勝になったんだから。

 レベル上げを終えた俺は街に戻り、夕暮れの大通りをコレスコと一緒に歩いていた。


 俺の隣で「あーっ、今日は最高だったー!」と快活に笑うコレスコ。


「ハーチャンとクエストに行かなくてよかったのか?」


「別にいーっしょ! クエストもいーけど、オッサンといるほうが楽しいし!」


 そんなことを言われたのは初めてだった。

 なので俺は、照れ隠しに心にもないことを言ってしまう。


「普通は勇者といるほうが楽しいだろ」


「そんなことないし! 勇者ってさぁ、みんなあーしの身体をやたらと触りたがるんだよね!」


 そう言うコレスコは俺の腕にしがみついている。

 二の腕を挟み込むような胸の感触はいまだに慣れない。


「それにさぁ、宿やキャンプになると、勇者って必ず夜這いしてくるんだよね!

 追い払うのもいー加減、やんなっちゃってさ!」


 俺はコレスコとは何度かパーティを組んだことがあるが、彼女は『好き』が口癖だが、『嫌い』とは言わない。

 そんな彼女が嫌悪感を示すということは、よほど嫌だったんだろう。


 そうこうしているうちに、通り沿いにある俺のボロアパートの前に着いた。

 コレスコは俺の腕を放さず、当然のように一緒に部屋に入ってこようとしたので俺は慌てる。


「おい、ちょっと待て、まさか部屋にまでついてくるつもりか?」


「え? 当たり前じゃん。女の子ひとりで宿屋に泊まるわけにはいかないっしょ」


「そ、それはそうだけど……って、泊まるつもりなのか!?」


「それはまだわかんないけど、あーし疲れちゃった。とりあえず部屋で休ませてよ」


 まるで勝手知ったる我が家のようにグイグイ入っていこうとするコレスコを、俺は押しとどめる。


「ま、待て! いきなり入るのはまずい!」


「なんで?」


「ゴミ山だし、それに……」


「エロいブツが山積みやからに決まっとるやろ!

 お嬢ちゃんみたいなボインボインのJKが、触手であんなことこんなことされるブツがたくさん……!」


 俺とコレスコのまわりをブンブン飛んでいるテュリスが会話に割り込んできたが、俺は黙殺する。


「とにかく散らかってるから、ちょ、ちょっと外で待ってろ!」


「えーっ、だるーい! もーいーじゃん! あーし、散らかってるのへーきだし!」


「だ、ダメだって! ああっ!?」


 俺の制止を振り切って、部屋の扉に手を掛けるコレスコ。


「オッサンのお部屋に、とつげきーっ!」


 コレスコのあとを「トリック、オア、ヨ○スケ!」と続くテュリス。


 ……ずどばーんっ!


 こんなボロアパートに盗みに入るようなヤツはいないので、いつも鍵を掛けていないのが仇になった。

 あっさり全開になった部屋の前で、コレスコは立ち尽くす。


 俺はコレスコの後ろにいたので部屋の中は見えなかったのだが、きっとゴミの山にドン引きしているんだろうと思った。

 しかしコレスコの脇を抜けて漂ってくるのは、いつもの異臭ではなく、花のような芳香。


 部屋を、間違えた……?

 いや、でもここはたしかに俺の部屋のはず……?


 コレスコの肩越しに部屋を覗き込んで、俺はギョッとなった。

 部屋はまるで越してきたばかりにみたいに綺麗、というか新築にリフォームしたみたいにピッカピカ。


 上がり口のところには、ちいさな少女がちょこんと土下座していた。


 エルフ特有の長い耳に、きっちりと切りそろえられた黒髪のセミロング。

 純白のローブには、ヒヨコのアップリケが入ったかわいいエプロン。


 幼いながらも整った顔立ちにはにかみを浮かべている、その少女は……。

 俺と目が合うなり、三つ指をついて深々と頭を下げた。


「おかえりなさいませ、おにいちゃん」


 少し舌たらずながらも、しっかりした挨拶。

 間違いない。


「お、お前は……!」


 俺がその名を呼ぶより早く、コレスコが少女を抱きしめていた。


「うわぁーっ! 小学生大聖女のシャイネじゃん! なんでこんな所にいんの!?

 ちっこくてお人形さんみたいで、超ヤバかわなんですけど!? コレ好きなんですけどぉーっ!?」


 コレスコは大興奮で少女に頬ずりしている。


「はっ、はじめまして……! あっ、お、おみみは……!」


 シャイネと呼ばれた少女はコレスコの顔が耳に触れるたび、くすぐったそうに身をよじらせていた。

 その恥じらいが過ぎる反応も、俺にとっては懐かしい。


「久しぶりだな、シャイネ」


 するとシャイネはくすぐったい最中でも、健気に、そして丁寧に返事をしてくれる。


「は、はひ、ごぶさたしてもうしわけありませんでした、おにいちゃん」


 ふと、コレスコの頬ずりがピタリと止まった。


「……お兄ちゃん? もしかして、ふたりは……」


 「そうや、プ○キュアや!」とテュリス。

 しかしその声は俺以外には聞こえていない。


 シャイネはポッと頬を染め、こくりと頷く。


「はい。わたしはふつつかながら、ブレイおにいちゃんのいもうとなんです」


「えっ……えええっ!?

 まっ、マジぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 俺とシャイネは厳密には兄妹ではない。

 同じ勇者一族の家系だったってだけで、父親も母親も違う。


 だいいち俺は人間だし、シャイネはエルフだ。


 俺は小学校のときに一族を勘当されてからというもの、成人するまでの間は屋敷で使用人として働いていた。

 そのときに生まれたのがシャイネで、俺のことを兄のように慕ってくれていた、というだけ。


 しかもそれも、俺が成人して屋敷を追い出されるまでの関係に過ぎない。

 その頃には、シャイネは全寮制の名門聖女学校に入学していた。


 年齢は小学生ながらも、その優秀さのあまり飛び級で高校に進学、在学中に大聖女の地位にまで登りつめたんだ。

 今やシャイネといえば女神の生まれ変わりとしてもてはやされている、勇者と比肩するほどの有名人。


 俺を一時でも『お兄ちゃん』などと呼んでいたことは、彼女にとっては汚点でしかないはずなのに……。


「社会のボ○ムズの旦那に、今をときめくアイドル少女が会いに来るやなんて……。

 ア○カツにしちゃ、ちょっと薄い本が過ぎるでぇ……!」


「オッサンとシャイネが兄妹なんて、マジありえないんですけど!?」


 テュリスとコレスコが、トンビから生まれた不死鳥を見るような表情になるのも無理はない。

 シャイネは申し訳なさそうに小さな肩をすくめていた。


「やっぱり、びっくりされますよね。

 おにいちゃんはりっぱなゆうしゃさまなのに、わたしはふできですので」


「ナニ言ってんの!?

 ゴミスキルのオッサンなんかより、シャイネのほうがずっとずっと凄いじゃん!」


 そのあけすけな一言に、今までずっと穏やかだったシャイネの顔が、急にスイッチが入ったみたいになる。


「そ……そんなことはありません! おにいちゃんはりっぱなゆうしゃさまです!

 わたしははやく『いちにんまえ』になって、おにいちゃんのぼうけんのおともをさせていただきたくて……。

 いたらないながらも、いっしょうけんめいがんばって、こうこうをそつぎょうしたんです!

 そしてきのうやっと、こうこうをそつぎょうしました!

 おにいちゃんにおあいするのがまちきれなくて、こうしてきたんです!」


 この告白にはコレスコだけでなく、


「「「えっ……えええっ!?

 まっ、マジぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」」


 俺もテュリスも一緒になって、思わず絶叫していた。

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