第6話
ブレイとコレスコの仲良しっぷりを眺めていたのは、なにも森の動物だけではない。
「チャッ、きめぇんだよ……。小汚ねぇオッサンが、ゴブリンを殺したくらいではしゃぎやがって……。
それに、コレスコも一緒になって喜ぶだなんて……」
馬車に揺られていたハーチャンは、水晶玉を片手に舌打ちする。
この水晶玉は『千里の水晶』と呼ばれる、勇者だけが持つことが許されるマジックアイテム。
意中の相手が今なにをしているのか、遠く離れていても見ることができるのだ。
ハーチャンの想い人はもちろんオッサンではなくて、コレスコである。
ハーチャンはコレスコと分かれたあと、クエストには向かわず、コレスコが降りた森のまわりをグルグルと回っていた
コレスコはすぐにオッサンに愛想を尽かして戻ってきて、やっぱり馬車に乗せてくれと泣きついてくるものだと思っていたから。
しかしいくら待っても、コレスコはやって来なかった。
おかしいと思い、ハーチャンは『千里の水晶』を使ってコレスコの様子を見てみたのだが……。
映し出されたのは、満面の笑顔でオッサンとハイタッチする想い人の姿であった。
見かねた仲間たちが声をかける。
「なあハーチャン、もうコレスコのことなんてほっといて、クエストに行こうぜ」
「そうだよハーチャン、あの子、変にいい子ぶってて苦手だったんだよね。いなくなってせいせいした」
「っていうかさ、コレスコなしでもクエストができるってわかったら、コレスコも焦るんじゃね?」
「そーそ、あの子がいなくてもできるって、わからせてやろうよ」
「チャッ、それもそうか……」
ハーチャンはクエストを大成功させて、コレスコを羨ましがらせてやろうと馬車を目的地まで走らせる。
クエストは山の上の洞窟に棲んでいて、人里を襲うというグリフォンの討伐。
グリフォンといえばかなり手強いモンスターだが、ハーチャンほどの勇者であればなんとかなる相手だ。
こうなったら生け捕りにして、グリフォンの毛皮を作ってコレスコにプレゼントしてやろうとハーチャンは目論む。
生け捕りは討伐の何倍も難しいとされている。
しかしハーチャンらの気にすべき点は、そこではなかった。
彼らは馬車を降りた途端に自覚する。
……ずっしり………!
装備品の、身体に食い込んでくるほどの重量感を……!
勇者ハーチャンや仲間の戦士たちは、魔法鎧を鋼鉄の板で補強した全身鎧を身につけていた。
それほどまでの重装でも身体の一部のように軽く、スイスイと行動ができていたのだが……。
なぜか急に、重さを感じるようになってしまった。
「な、なんだ……? 急に、鎧が重く……」
「ハーチャンもか? 俺もだ……」
まるで足首に鎖鉄球を付けられているかのように、足取りが重い。
これからグリフォンのいる山道を登らないといけないというのに、数歩でへばってしまった。
ハーチャンは全身汗びっしょりでしゃがみこんでしまったので、仲間の聖女が気づかう。
「ねぇ、どうしちゃったのハーチャン、具合でも悪いの?」
「あ、ああ、なんか、そうみたいだ……」
「どうする? 今日はやめとく?」
「ゆ、勇者がいちど受けたクエストをキャンセルなんて、できるわけがねぇだろ……。
す、少し休んだらいつも通りになると思うから、ちょっと待ってろ……」
ハーチャンその場でしばらく横になったのだが、立ち上がれなくなってしまった。
仰向けになってガシャガシャともがく勇者に、仲間たちは失笑する。
「プッ! 見て、あれ……!」
「鎧が重くて、起き上がれなくなってる……!」
「まるで、ひっくり返った亀みたい……!」
「てめぇら、笑うな! 次に笑ったらブッ殺すぞ!
それよりも、起きるのを手伝え! いや、このクソいまいましい鎧を脱がせろ!」
ハーチャンはとうとう仲間たちに、鎧を脱ぐのを手伝うように命じる。
鋼鉄の盾もガントレットもすね当てもすべて捨てて、ようやくいつもの軽快さを取り戻すハーチャン。
「チャッ、これでだいぶマシになった。よし、みんな行くぞ」
「えっ? 行くってマジで?」
「インナーだけでグリフォンと戦うなんて、死にに行くようなもんだよ!
「そうだよ! 後衛の俺たちですら、ローブの下に魔法の革鎧を着込んでるってのに!」
仲間の魔術師がそう言って、ハッと口をつぐむ。
勇者は名案を思いついたとばかりに、ニタリと笑う。
「そうだ、おい、お前の着ているものをぜんぶよこせ。そんなゴミみたいな防具でも、ないよりはマシだ」
「ええっ、そんな!? そんなことをしたら俺は……!」
「チャーッ! うるせぇ! お前は後衛だから逃げ回ってりゃいいだろうが!
それに、勇者の俺とクソ魔術師のお前の命、どっちが大切かなんて考えるまでもねぇよなぁ!」
勇者は力と権力を振りかざし、無理やり魔術師の装備を奪った。
パンイチになった魔術師は、さらに下の立場である荷物持ちの衣服を奪う。
その様は勇者パーティというよりも、もはや山賊の群れのようであった。
山賊と化したハーチャン一味は、グリフォンの洞窟めざして登山を始める。
いつもであればどんな険しい山でもスイスイと登れるのだが、今日は違っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……登り始めたばっかりだってのに、なんでこんなにキツいんだ……!?」
「なんで、今日にかぎって……こんなにメチャクチャ疲れるの……?」
「いつもは、こんなんじゃないのに……!」
「まるで、呪いにでもかかってるみたいだ……!」
まだ中腹にも達していないのに、パーティメンバーは全員グロッキー。
武器を杖代わりにして、老人のようにフラフラと登るのがやっとであった。
最後尾に位置していた荷物持ちは、荷物に押しつぶされるようにブッ倒れてしまう。
「も、もう無理ですっ! こんな重い荷物を持って、山を登るなんて無理ですっ!」
「てめぇ、なに甘えたこと抜かしてんだ!」
「そうよ! 今までの荷物持ちは、どんだけ荷物を持たせても文句ひとつ言わなかったわよ!」
「こっちはキツくてただでさえイライラしてんだ! 足を引っ張ってんじゃねぇよ、ゴミが!」
……さて、もうお気づきであろう。
彼らを襲った突然のパワーダウンは、『神ゲー』スキルのチートウインドウに由来していることに。
勇者ハーチャンをリーダーとするパーティの過去の『チート』は、以下のようなものであった。
難易度:イージー(4ポイント使用中)
世界観:古典的RPG(1ポイント使用中)
『古典的RPG』に世界観が設定されていると、まず、装備品の重さの概念がなくなる。
どれだけ重い鎧を身に着けていようが、生まれたままの動物のように動きを制限されない。
さらに疲労の度合と、持ち物の重さの概念もなくなり、山のような荷物をもって歩いても、疲れ知らずとなる。
これらの事象のことを、ハーチャンは自分のスキルの効用だと思っていた。
この世界にいる数多の冒険者は重い鎧を身に着けると動きが鈍くなり、すぐにバテるのに、自分だけはその枷がない。
きっと俺はこの世界を救う真の勇者で、女神に愛されているからこそこんな桁違いのスキルを与えられたのだと信じていた。
しかし、そうではない。
それはあくまで、お裾分け……。
そう、オッサンがいたからこそ、彼はいままで、世界の主役ともいえる活躍ができていたのだ。
そのチートを、奪われてしまった……というか、取り戻されてしまった以上は、ただの凡人……!
いや、むしろ凡人以下といえるだろう。
なぜならば今まではチートの効果に頼りっきりで、鍛えるのを怠っていたせいで……。
体力は、おじいちゃんレベルっ……!
「ぐはあっ! も、もうダメだぁっ!」
もう一歩も歩けないとばかりに、ハーチャンたちは地面に這いつくばった。
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