第5話

 あっという間の出来事を、俺はまだ飲み込めていなかった。

 まるで俺の腕が定位置とばかりに馴染んでいるギャルと、ふと目が合う。


「実をいうとさ、オッサンがいなくなってからなんとなく物足りなかったんだよね」


「えっ」


「オッサンとは勇者パーティで何度か一緒になったっしょ?

 その時はなーんか楽しかったんだよね。

 ほら、オッサンってイジると面白いじゃん」


 コレスコは俺に屈託のない笑顔を向ける。

 もうそれだけで、俺の鼓動は暴れ出す。


「オッサンが冒険者止めたって聞いてから、ずっと寂しかったんだよね~

 それであーし気付いたんだ、コレ好きだったんだ、って!」


 コレスコは言いながら、うりうりと俺の頬を指先で突いた。


 ひとまわり以上も歳下の少女に『コレ』呼ばわりされて、からかわれる。

 身体じゅうを激しくめぐる血流と相まって、俺はなにか新しい感情に目覚めてしまいそうだった。


「この子、かなりのからかい上手やでぇ」


 ボソリとした妖精のつぶやきを聞いて、ようやく我に返る。

 なんにしてもここはひとつ、歳上に対しての礼儀というものをビシッと教えてやらねばと思い、俺は声を大にした。


「お、おひっ、お前っ……!」


「あははっ! オッサン、真っ赤な顔で声裏返して、プルプル震えててマジ受けるんですけど!

 っていうかこの森で特訓してたんっしょ? あーしも手伝ったげるよ! コレ、好きなんだよね~!」


 コレスコは俺の腕からするりと抜けると、足元を這っていたサプライムをうりうりやり始めた。

 完全にスカされてしまった俺に、妖精はフッと溜息をつく。


「旦那は、からかわれ下手やな……」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 いろいろあってだいぶ間が空いてしまったが、俺は森でのレベル上げを再開する。


 コレスコは『エンチャントファイア』の魔法を使って、俺の剣を強化してくれた。

 彼女は超高校生級といわれる魔術の使い手だけあって、強化魔法もプロの冒険者顔負け。


 並のエンチャントファイアは松明みたいな炎が剣先に付くだけなのだが、彼女のそれは刀身全体を炎に包む。

 剣を振ると、紅蓮の旗のように炎が翻った。


 その一撃はまさにオーバーキルで、ひと薙ぎするだけで複数のサプライムを蒸発させる。

 そして、目を疑うような出来事が起こった。


 ……チャリンチャリーンッ!


 なんと、サプライムが硬貨をあたりに撒き散らしながら死んでいったのだ。

 これには俺だけでなく、コレスコも目を丸くして驚いていた。


「も、モンスターがお金を落とすだなんて……」


「ま、マジ? こんなの、初めて見たんですけど……」


「そりゃ当然やろ、『JRPG』なんやから」


「さっきからその『JRPG』ってなんなんだよ!?

 『神ゲー』っていったい……!」


「あはははは! オッサン、またひとりでなんか言ってるし!

 もしかしてお金が出るようになったのって、オッサンのゴミスキルのおかげ?」


「あ、ああ……なんか、そうみたいだ……」


「やっぱり! オッサンのゴミスキルって、フツーじゃないと思ってたんだよね~!

 モンスターをやっつけてお金が貰えるなんて、マジ最高のゴミスキルじゃん!

 せっかくだから、拾っとこうよ!」


 コレスコはものすごく順応性が高いようで、もうモンスターからお金が出たことを受け入れていた。

 しゃがみこんで、草原に散らばった硬貨を拾い集めている。


 俺はふと、ある疑問を口にしていた。


「なぁ、勇者パーティにいるヤツって、大儲けしてるから……。

 こんな小銭は無視するのが普通なんじゃないのか?」


「ああ、勇者といっしょにいる子たちはそうみたいだね。

 でもあーし、お金を粗末にするのってなんとなく苦手でさぁ。

 ついこうやって拾っちゃうんだよねぇ~」


 1エンダーまであまさず拾いあげたコレスコは、花柄のポシェットごと俺に差し出してくれた。


「はい、あげる!

 オッサンってば超ビンボーなんっしょ? なら、お金は超大切にしないと、ねっ!」


 チークの入った頬で、ニッコリと笑むギャル。

 俺は思わず叫びそうになっていたが、それよりも早く、


「ほっ……惚れてまうやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 隣にいた妖精が、先に絶叫していた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺はテュリスとコレスコと一緒に、さらなるレベル上げに挑んでいた。

 といってもふたりは見ているだけで、戦っているのは俺ひとりだけ。


 妖精であるテュリスには戦闘能力はないし、コレスコが手を出したら森のモンスターなど一撃だからだ。

 俺はふたりに応援されながら、森に巣食うゴブリンの群れと大立ち回りを繰り広げる。


「いてまえ、旦那! ぼてくりこかせーっ!」


「フレー! フレー! オッサン! がんばれがんばれオッサン!」


 妖精の物騒なかけ声と、ギャルの黄色い声援に、俺は力をもらう。


「ローリングブレードっ!」


 レベルが上がって覚えた『剣技』、ローリングブレードを発動。

 炎をまとった剣での一回転斬りを放つと、まわりを取り囲んでいたゴブリンたちが一瞬にして黒焦げになり、


 ……ジャラララーーーーンッ!


 あたり一面に硬貨をぶちまけながら散っていった。


「やりぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!!」


 諸手を挙げて駆けてきたコレスコは、大勝利を収めたみたいに大興奮。


「ヤバいヤバいヤバいっ! オッサン、マジヤバくない!?

 ついさっきまでサプライムを倒すのがやっとだったのに、もうゴブリンの群れを相手にできるだなんて!」


 ゴブリンの群れを単独で殲滅するという行為は、将来は勇者となれるスキルを持つ者ならば、小学校高学年くらいでできるようになる。

 こんなオッサンがやったところで何の自慢にもならないのだが、コレスコは息子の成長ぶりを見たギャルママのように大喜びしてくれた。


「しかも剣技まで使えるようになるだなんて、オッサン、急にどうしちゃったの!?

 いままでカタツムリみたいに激弱だったのは、もしかしてお芝居だったとか!?」


 紅潮した顔のコレスコにまくしたてられて、俺まで赤くなってしまう。


「い……いや、今までは本当に弱かったんだ。でもやっと強くなれるようになったんだ」


「へー! なんかよくわかんないけどよかったじゃん! お祝いしなきゃね! うぇーいっ!」


 コレスコがハイタッチを求めてくる。

 ハイタッチというのは若い勇者パーティにいる時にはしょっちゅう見てきたけど、俺はやらなかった。


 でも、今は違う。

 俺は気恥ずかしいものを感じながらも、ギャルと手をパチンと打ち鳴らす。


 まわりで見ていた動物たちまでもが祝福してくれているような、最高の気分だった。

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