第8話 猫山 南子


「おっはようニャー!!」

「おはよう猫山さん。」

「あ、イサムちゃん。他のみんなはまだ来てないのにゃ?」

「まあまだお昼前だからね……未来さんも出払ってるし俺一人だよ。」


 『猫山南子ねこやまなんこ』くせ者ぞろいの女神会の中でも彼女は特に異彩を放っている。しゃべり方もそうだが特に目が行くのは……頭につけている猫耳だ。


「そのコーヒー……もしかしてイサムちゃんが入れたのかにゃ?」

「ああ、未来さんがコーヒーメーカー自由に使っていいって言ってたから……猫又さんもコーヒー飲む?入れ立てでおいしいよ。」

「ううん……でもみゃあは猫舌だから熱いのは飲めないし……というかそもそもネコはカフェインが入ってるものは飲んじゃいけないいんだにゃ。これ覚えておいたほうがいいにゃ。」

「そ、そうなのか……」


 彼女の猫発言についてはいくらか言及したいことはあるが……正直聞きづらい。

 中学生のとき俺は友達に連れられて猫耳カフェに行ったことがあるのだが猫耳のメイドさんが自分の猫耳を自慢しているとき俺は……言ってしまった。


『でも、その耳って作り物ですよね?』……と


 あのときの冷ややかな空気を俺は今も忘れられない。それ以来、その友達が俺を猫耳カフェに誘ってくれることは無かった。そして、俺は思い知った……この世界には思っていたり気になったりしても口にしたり言及してはいけないことがあるということに……


 永遠の17歳の実年齢とか、どうみてもづらのおっさんの頭のこととか、猫耳つけてる人に顔の横に着いてる耳についての言及などもってのほかだ。だから、俺は彼女の猫耳や猫発言について言及も否定もしない。彼女が自分のことを猫と言うなら俺は猫として彼女と接する。


 まあ、それはそれとしてせっかく猫又さんと二人きりになったんだし猫山さんや女神会のこといろいろ聞いてみるか。


「猫山さん。」

「みゃ?なんにゃ?」

「猫山さんはどうして女神会に入ったの?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれたにゃんね。みゃあは元々どこにでもいるただの野良猫だったにゃ。名前もなく家族のなく今日を生き抜くためにただひたすらゴミ箱をあさる。そんな陳腐な猫だったにゃ。でも、そんな毎日を送っていたある日……」


 猫山さんは自分のことを話し続けた。魔法の力で人間の姿に変身できるようになったこと、自分が実はネコにゃット王国お姫様だったこと。そして、自分は魔王を倒す運命にあること……そのような胃もたれする話を俺は突っ込みもせず10分以上も聞いていた。


「……と言うわけだにゃ。分かったかにゃ?」

「う、うん……理解した。」


 ……理解した。この子は大分できあがっている。それこそ白井さん以上に……こうなってしまってはもう手遅れだろう。


「……なんか長話してたらお腹が減ってきたちゃったにゃ……少し早いけどお昼ご飯にするかにゃん。」


 お昼ご飯か……今の時刻は午前11時半お昼にするには少し早い時刻だが俺もそろそろ昼ご飯にしようかな。ご飯もコンビニで弁当買ってきたし……


「猫山さんはお昼持ってきてるの?」

「にゃん、もちろん持ってきたニャ。」


 そう言って猫山さんは机の上にあるビニール袋から缶詰を取り出す。


「猫山さん、それ何の缶詰…………」


 猫山さんの缶詰のラベルを横からのぞきこむ……


「はっ!?」


 が、そのラベルを見た瞬間俺は驚愕する。


「ね、猫又さんその缶詰って……」

「にゃ、ツナ缶にゃけど?」


 確かにツナ缶であることは間違いない……間違いないのだが……


「猫又さん。それって『ネコ缶』……だよね。」

「まあ、そうにゃんね。」

「いやいや……『そうにゃんね』じゃないでしょ!!ネコ缶はネコが食べるもので人間が食べるものじゃ……」

「人間?」

「あっ……」


 思わず突っ込んでしまった。猫発言に対して言及も否定しないと誓ったのに……でもせずにはいられなかった。だってこんなもの人間が食べたら絶対に体に悪い。なんとしても食べるのを止めさせないと……。


「もう、イサムちゃん何言ってるニャ?みゃあは……『猫』ニャンよ。」


 俺は……その発言に対してなにも言い返せなかった。彼女の目があまりにも透き通っていたから……俺が彼女の言葉を聞いて感じたもの……それは紛れもない狂気だった。


「うーん、おいしいにゃー♪やっぱりヤマカンのネコ缶は格別にゃんね……」


 ……ここまでさも当然のようにおいしそうに猫缶食ってる奴が他にいるだろうか……どうやら、彼女は俺が思っている以上に猫みたいだなな……


「ふー、おいしかったニャ……じゃあ食後のデザートにクッキー(猫用)を……ってあれ?」

「……どうしたの猫山さん?」

「な……ないにゃ……クッキーがないにゃ!!」

「え?」


 机の上のレジ袋の中を確認してみるとレジ袋には水入りのペットボトルしか入っておらずクッキーらしきものは入っていない。


「買い忘れたとかじゃないの?」

「そんなことないにゃ!!ここに来たときまでには確かにこの袋の中に入ってたにゃ!!」


 俺達はどこかに落ちているのかも知れないと思い辺りを探してみる。


「ニャー」

「ん?猫山さん今なんか言った?」

「いや、みゃあは何も……って、ああ!!」

「え?」


 猫又さんが驚き指さす方向にいたのは小柄でぶち模様、ピンととがった耳に長い尻尾そしてふてぶてしいたたずまい……。そう……正真正銘本物の猫だった。しかも口には袋に入ったクッキー(猫用)をくわえている。


「あれ、あの口にくわえてるの私のクッキー!!」

「ニャア!!」


 本物の猫は猫山さんの声に驚き窓から外に出て行ってしまった。


「窓が開いてる……どうやらここから入ってきたみたいだな……」

「ゆるさないにゃ……」

「え?」

「ゆるさないにゃ!!食後の楽しみを奪ったあの泥棒猫を!!」

「ちょちょ、落ち着いて猫山さん……」

「イサムちゃん!!あの泥棒猫をすぐに追いかけるにゃ!!」

「え、ええ……」





 俺達は街中を追いかけまわりようやく本物猫を行き止まりまで追い詰める。


「はあ、はあ……ようやく追い詰めたにゃんよこの泥棒猫が……」

「にゃあ」

「さあ、早くそれを返すにゃ……今すぐ返してくれたら痛い目には遭わさないにゃんよ……」


 猫山さんの提案に対して本物猫の答えは……


「……ニャフン」


 ……なんと言っているのかは分からないがめちゃくちゃなめ腐ったような顔をしていることは分かる。どうやら返してくれる気はさらさら無いみたいだ。


「そうか……それがお前の答えかにゃ……」

「にゃ?」

「にゃらば……にゃらばここで死ね!!」


 猫山さんは考えなしに本物猫に向かって突っ込んでいく。それに対して本物猫はひらりひらりと猫山さんの突撃を受け流す。


「す、すばしっこい猫にゃんね……でも、お前の動きは大体読めた……これで終わりだにゃ!!」


 猫山さん渾身の突撃。本物猫が口にくわえているクッキーを奪いに掛かる。当然この突撃に対してさっきと同じようにかわしてくるだろうと俺と猫山さんは思っていた。


「……ニャッ。」

「え?」


 だが、違った。本物ネコはよけるどころか猫又さんの顔面めがけてジャンプしてくる。本物ネコの予想外の行動に猫又さんは対処することが出来ず猫はそのまま猫山さんの顔にしがみつく。


「ちょっと!!顔にしがみつくの止めるにゃ前が見えにゃいにゃ……」


 猫に飛びつかれ視界を奪われた猫山さんはあたふたとしてしまう。


「見えにゃい前が……にゃっ、にゃにゃ!!」


 そして、猫山さんは落ちていた缶を踏みつけて背中から転倒してしまった。


「猫山さん!!大丈夫!?」

「…………」


 猫山さんは倒れた状態からゆっくりと起き上がる。特に怪我はしていないように見えるが少し様子がおかしい。

 

「猫山さ……はっ!!」


 俺はその違和感に気がつく。猫又さんの頭に……猫耳が着いていない!!さっき転んだ衝撃で外れてしまったんだ。


「…………」


 ……猫耳が外れてることを言った方が良いのか?いや、それはだめだ。それは暗に猫又さんの猫耳が偽物であると言っているのと同義。俺は過去の過ちをまた犯すわけにはいかない……いかないんだ!!だからここはあまり直接的な言葉は使わずやんわりと猫耳がとれてることを伝えよう……


「あの、猫山s……」

「大丈夫……」

「へ?」

「大丈夫だから……」

「あ……ああ。」


 なんだ、なんか口調が変わったぞ……


「ねえ、猫ちゃん……」

「……ミャ?」

「それはね私のなけなしのお小遣いで買った大切なクッキーなんだよね……」

「ウウウウ……」

「……ねえ、わかる?」

「ニャッ、ニャア……」


 いや、口調だけじゃない雰囲気や目つきがさっきまでの猫山さんとはまるで違う……この圧倒的オーラあれはもはや猫ではない……虎だ。

 猫山さんのオーラに気圧されてさっきまでなめ腐っていたはずの猫は急におとなしくなる。


「だからさあ……今口にくわえてるクッキー返してくれないかな?」

「ニャ……ニャ……」

「か・え・し・て」

「ニャ……ニャニャニャアアアアア!!!!」


 本物ネコは虎ににらまれたネズミのごとく震え上がり、俺達を横切りそのまま一目散に逃げ出していった。


「…………逃がさないから」


 猫又さんはそう言うと同時に逃げていった猫を追いかける。そのスピードはさっきの猫又さんよりも数段速い……


「捕まえた……」

「ニャ!!」


 猫又さんはコンマ一秒もせずネコに追いつきネコの胴体を持ち上げる。


「さあ……返してもらうわよ?」

「ミャ、ミャア……」


 本物ネコはくわえているクッキーを口から離す。猫又さんが抱えた本物ネコを降ろすと本物ネコはそのまま逃げていった。


「…………」


 猫又さんは本物ネコが逃げていくのを確認した後、地べたに落ちている猫耳を手に取り頭に装着した。


「ふう……やったにゃ!!クッキーを取り返したにゃ!!」

「お、おう……」

「イサムちゃんも一緒に取り返してくれてありがとうにゃん。」


 ほとんど……いや、全く何もしてないけどな俺……


「さて、クッキーもとり戻したし女神会に戻るにゃ。時間的にもそろそろみんな来る頃にゃろうし……」

「あのさ、猫山さん……」

「……なんにゃ?」

「さっきのってさ……」

「……」

「……いや、やっぱなんでもない。」

「にゃん?」


 ……この世界には思っていたり気になったりしても口にしたり言及してはいけないことがある。それを改めて思い知ったやしろいさむなのだった……


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