【15/81π】いつの日かきっと

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本編: 『35話 意外な落とし穴?』

視点: ロレッタ

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 はぁ……緊張、するです。

 

「今度は、うまくやれるですかね……?」

 

 少し、不安です。

 また、追い出されたら……

 

「いやいやいや! 弱気になっちゃダメです!」

 

 頬を叩いて気合いを入れるです。

 勝負は第一印象で決まると言っても過言ではないです。

 ドアを開け、とびっきりの笑顔で自己紹介です。

 

「ごめんくださいです! 昨日お兄さんから勧誘された、ロレッタ・ヒューイット、ただいま参上しましたです!」

 

 元気で可愛いロレッタちゃんを印象付けて、絶対採用してもらうです!

 ――と、意気込んでいたのですが。

 

「にゃっ! にゃにゃにゃ~」

「なっ、なんですか、この可愛い娘は!?」

 

 フロアに、とびっきり可愛い女の子がいたです。

 正直、びっくりするくらい可愛いです!

 髪の毛もよく手入れされてふわふわで、艶やかで、すごく大切に育てられているのが一目で分かります。

 

 お嬢様ですか!?

 このお店の宝物ですか!?

 

「はわぁ、可愛いですねぇ……、ちょっと撫でてみたいです」

 

 そっと手を伸ばすと、その可愛い女の子は一瞬警戒したような目をこちらに向けましたが、あたしが笑顔でおいでおいでをすると「にゃっ」っと短く鳴いて懐に飛び込んできてくれたです。

 

「はわゎ、かわっ、可愛いですっ!」

「よう、ロレッタ。来たな」

「あ、お兄さん」

 

 カンタルチカの前であたしに声をかけてくれたお兄さんが奥の席から立ち上がって、こちらへやって来ました。

 ほっ……知ってる顔を見ると落ち着くです。

 

「ほれ、マグダ。そいつは面接に来たんだ。邪魔するな、こっち来い」

「にゃ~」

 

 お兄さんに呼ばれると、マグダという美少女は嬉しそうに、それはもう嬉しそうに、あたしと戯れていた楽しい時間なんてまるでなかったかのように、ぽ~んとお兄さんの胸へと飛んでいったです。

 ……若干、寂しいです。敗北感が……

 やっぱあれですかね? 名前を呼ぶ呼ばないの差が大きいですかね? こう、親密度的に。

 あたしも「あんた」とか「お前」って言われるより「ロレッタ」って呼ばれる方が嬉しいですし。

 

 よし……

 

「マ、マグダちゃ~ん。おいでおいでですよ~」

「にゃ? ………………すーん」

 

 敗北!

 そんなにお兄さんの腕の中がいいですか!?

 あたし、これでも結構子供には好かれる方ですのに!

 完全敗北です!

 

「きっと呼び名が負けてるです。そうです、あんなに可愛いのに『マグダちゃん』なんてありきたりな呼び名じゃ不十分だったんです……もっとこう、劇的に可愛く、且つ好印象と親近感を抱かせるような、それでいて言いやすくて『えっ、その呼び名素敵じゃね? 真似しちゃお』みたいなカリスマ性とインパクトのある呼び名を考える必要があるです……むむむ……これは腕が鳴るです」

「何をぶつぶつ面白いこと言ってんだ。いいからそこに座ってろ。今ジネットを呼んでくるから」

 

 お兄さんが厨房へ入り、しばらくすると――

 

「ようこそ、陽だまり亭へ」

 

 思わずため息が漏れるほどの美人が出てきたです。

 ゆったりとした足取りで、穏やかな笑顔を浮かべて、あたしの前まで歩いてくるです。

 

「店長のジネットです。あなたがロレッタさんですね」

 

 世界を照らす太陽のような笑顔があたしだけに向けられて、名前を呼ばれたのにしばらくぼーっと見惚れてしまったです。

 

「どうかされましたか?」

「はっ!? い、いえ、あの、店長さんが綺麗なんでちょっと見惚れちゃったです」

「うふふ。お上手ですね」

 

 いやいや、お世辞ではないですよ。

 

「確かに、俺も初めてジネットを見た時は、思わず見惚れてしまったもんな」

 

 と言っているお兄さんの視線は、顔よりもずっと下、店長さんの大きな胸元をガン見していたです。

 どこに見惚れてたですか!?

 視線、もう少し隠してです、お兄さん!?

 

「こ、こほん。それでは、面接を始めます」

 

 見惚れてたと言われて照れたのか、赤みが差した顔を引き締めて、店長さんがあたしを見るです。

 

「では、最初に――」

 

 ごくり……

 

「ロレッタさん。お名前を教えていただけますか」

「はい! ……え?」

 

 きりっ! ……と、した顔をしている店長さんですが……その『ロレッタ』が名前なんですが……い、一応言い直した方がいいです、かね?

 

「えっと、ロレッタ・ヒュー……」

「悪いロレッタ、ちょっと待ってくれ。あのなジネット、なにも一から十まで全部練習通りにやらなくていいから」

「あっ、すみません。面接って初めてで、ちょっと緊張していたようです」

 

 えへへ、と笑う店長さん。

 可愛過ぎませんか、この人!?

 

「もう練習のことは忘れて、お前が聞きたいことを聞いて判断すればいいから」

「はい、そうします」

 

 お兄さんに言われて、店長さんがあたしに向き直ります。

 きりっとした顔はなりを潜め、ほわほわの笑顔がこちらを見つめています。

 

「ロレッタさん。陽だまり亭で働いてみたいですか?」

「はいです! 誠心誠意頑張る所存です!」

「では、採用です」

「……へ?」

 

 もう、終わりですか?

 もっとこう、どこで生まれたとか、親は何をやってるとか、身元を保証する者はいるかとか、どんな技能を持っているんだとか……?

 

「さ、採用で、いい……です?」

「はい。元気があって、とてもいいと思います」

 

 呆気にとられ、思わずお兄さんの顔色を窺うと、お兄さんは呆れたような顔でこめかみを押さえていたです。

 あたしがおろおろしていると、店長さんがさらに説明を続けました。

 

「マグダさんがあそこまで懐いた方ですから、きっといい人に違いありません」

 

 マグダちゃんが決め手に!?

 ……ん? ということは、あたし以上に懐かれているお兄さんは、めちゃくちゃいい人ってことですか?

 目つきこそ、ちょっと悪人っぽいですけれど、実はすごくいい人だったんですね!

 だからあたしに手を差し伸べてくれたんですね!?

 

「あたし、今からでも働けるです! 何かお手伝いさせてです!」

 

 この食堂に、なくてはならない人材になるため、精一杯アピールするです!

 弟たちのため、家族のために、あたしは頑張るです!

 

 

 ――と、意気込んだせいか、突然あたしのおなかが「きゅるるるぅ……くぎゅぅ」と、盛大に鳴り響いちゃったです!?

 

 

 ほわぁぁあ!? 恥ずかしいです!

 盛大に恥ずかしいです!

 

 今朝から何も食べてないのにここぞとばかりに張り切ったせいでお腹がこれでもかと活動してしまったです!

 そこじゃないです、張り切る場所!

 

「これは、その、違うです! あの、アレではなくて、その……」

 

 な、なんとか誤魔化さなければと思えば思うほど言葉が出てこなくなるです!

 

「あの、ヤシロさん」

 

 すると、店長さんが何かを訴えるような視線をお兄さんに向け、お兄さんは「……はぁ、好きにしろよ」と、呆れた顔で盛大にため息を吐いたです。

 な、なんですか? も、もしかして、こんな大失態を仕出かす娘は採用取りやめとか……

 

「ロレッタさん」

「ひゃいっ!」

「これから、仕事内容と給与面に関してお話をさせていただけませんか?」

「……はい?」

「少し長いお話になりますので、お食事でもとりながら、ゆっくりとお話しましょう」

 

 お食事……

 

「あ、あの、あたし、実は、その……そんなにお金がなくて……」

「陽だまり亭では、従業員の方全員に『まかない』というものを提供しています。採用が決まったロレッタさんも、もちろんそこに含まれます。あり合わせの物になってしまいますが、ご迷惑でなければ一緒に食事をしませんか?」

 

 て……

 

 天国ですか、ここは?

 

 女神さまがいるですよ?

 こんな場所が、この世界に存在したんですか?

 なぜ今まで知らなかったですか、あたしは?

 

「さぁ、こちらに座ってください」

「あ、あのっ! せめて、何かお手伝いさせてです! いきなりこんな、至れり尽くせりで……ふ、不安です!」

 

 ちょっと泣きそうなあたしを見て、店長さんはくすりと笑い、「その気持ちは少し分かります」と言ってくれたです。

 

「では、配膳のお手伝いをお願いします」

「はいです!」

 

 店長さんについて厨房へ向かい、店長さんが作る料理をお皿に盛り付ける係を拝命したです。

 盛り付けは料理の顔です。責任重大です。

 

 

 なのに、あたしってば……

 

 

「あっ!?」

 

 緊張のあまり、あたしはフライパンを持った店長さんにぶつかってしまい、そしてあろうことか、料理が入ったままのフライパンが空中に投げ出されてしまったです。

 

 食材を無駄にすることは万死に値するです!

 あたしは持ち前の反射神経を駆使して、宙を舞うフライパンに手を伸ばしたです。

 

「バカッ!」

 

 体を引き寄せられ、あたしの手は空振りしてしまったです。

 ガランガランと大きな音を立ててフライパンが落下し、美味しそうな料理が床に散らばったです。

 あぁ……あたしは、なんてことを……

 

 振り返ると、お兄さんがすごく怒った顔をしていたです。

 なんとか釈明を……と、思ったのに。

 

「こんな熱いもん素手で持ったら火傷するだろうが! 厨房で物を落とした時は手を出さず落下させろ。刃物や熱い物がほとんどなんだからな!」

 

 その剣幕は凄まじく、あたしは反論の言葉が出なかったです。

 

「ケガはないですか、ロレッタさん」

「あ……、あたしは平気です……けど、お料理が……」

「ロレッタさんが無事なら、それでいいです。料理は、また作ればいいんですから」

 

 そう言って、「ですよね、ヤシロさん」と、なんとも嬉しそうにお兄さんを見たです。

 あたしを拘束していたお兄さんは「うっ!」と苦しそうに呻いた後、あたしを解放して、険しい顔のままそっぽを向きました。

 

「食材の原価より、従業員の治療費の方が高くつくからな……それでだ」

 

 苦々しい顔で言って、お兄さんはさっさと床の掃除を始めたです。

 

 あたし、なんだか……

 

「ロレッタさん。頑張ってくださるのは嬉しいですが、決して無理だけはしないでくださいね」

 

 店長さんの両手があたしの肩に乗せられて、優しい笑顔があたしを見つめるです。

 

「でないと、わたしもヤシロさんも、心配してしまいますから」

「……はい。気を付ける、です」

 

 泣いたです。

 泣くです、こんなの。

 

 あたし、ここで働くです。

 弟や家族のために。

 

 そして、何より、あたし自身のために、この陽だまり亭で働きたいです。

 

 

 いつの日か、立派な従業員になって店長さんとお兄さんに恩返しが出来るようになるために。

 

 

 

 

 

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