【13/81π】甘いものより甘いもの

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本編: 『32話 クマ耳と甘々』

視点: デリア

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「そろそろお店を閉めますよ~」

 

 店長がそう言って、陽だまり亭のドアを閉めた。

 慌ただしくも、楽しくて、なんだかわくわくした時間が終わってしまった。

 

 ヤシロが「魚の仕入れを減らす」って言ってきた時はどうしようかと思ったけど、結果的にこうなってよかったと思う。

 

 店長にバイトの許可をもらいに来て、二つ返事でOKをもらって、そのまま半日働いてみることになったんだけど、これが結構大変でさぁ。

 とにかく初めてのこと尽くしで、ヤシロには「そうじゃない」「こうじゃない」って言われっぱなしだった。

 店長は、たくさん褒めてくれたけどな。

 

「デリアさん、お疲れ様です」

「おう。店長もな」

 

 店長はすごかった。

 来る客全員の料理を作って、接客もして、最後には飯代の計算までしていた。

 あたいは、自分の飯を作るのですら億劫なのに。

 

「どうでしたか、半日接客をしてみて」

「面白かったぞ。たぶんあたい、接客ってのに向いてるんだと思う」

「えっ!?」

 

 ヤシロが驚いたような声を出す。

 なんだよぉ、あたい、接客上手だっただろ?

 お客もみんな静かに言うこと聞いてたしさぁ。

 

 陽だまり亭のお客は大工がほとんどだった。

 あと、ウチのギルドの男が何人かやって来たけど、あたいが接客してやろうとしたら「急用がある」って帰っちまったんだよなぁ。

 あいつら、なんの用があったんだろ? 漁は休みなのに。嘘は吐くなとあたいが厳しぃ~くしつけているから、嘘じゃないと思うし。今度聞いてみよっと、うん。

 

「接客楽しいな、接客!」

 

 あたいは今日、『接客』って言葉を覚えた。

 言われてみれば、あたいが店に行くと、店のヤツがやたらと商品を勧めたり、話しかけてくるなぁ~って思ってたんだ。店にいるヤツはみんなおしゃべり好きなんだと思ってたんだけど、そっかぁ、あれが接客だったのか。

 携わらないと、気にも留めないことって多いよなぁ。

 

「気に入っていただけて嬉しいです。明日からも、よろしくお願いしますね」

「おう、まかせとけ!」

 

 接客は、もうあたいの『得意』だからな!

 明日からも頑張って働くぞ。

 

「でさ、あたいの接客はどうだった? ちゃんと出来てたか?」

「はい。元気があってとてもよかったと思います」

 

 やったぁ!

 店長が褒めてくれたぞ。

 

「……その元気に気圧されて、ウーマロたちはすっげぇ静かだったけどな」

 

 ヤシロがなんか言ってる。

 けど、よく分かんなかったしまぁいいや。

 そんなことよりも。

 

「ヤシロは? あたいの接客、どうだった?」

「ん? あぁ……まぁ…………『デリアっぽかった』よ」

 

 ん?

 どういうことだ?

 よかったのかな? 悪かったのかな?

 

 けど、あたいは昔っから「元気があっていいわねぇ」とか「デリアちゃんを見てるとこっちまで元気になってくるわ」とか、顔なじみのオバちゃんに言われてたし、さっきヤシロが言ったのはきっと『元気があってよかったぞ』って意味なんだと思う。

 

「そっか! あたいっぽかったならよかった!」

「……ポジティブに受け取るか、そっか、そうだよなぁ、デリアだもんなぁ」

 

 ヤシロがなんか苦い顔をしているけど、ヤシロって結構こういう顔をするし、これが普通なんだろうな。たぶんそうだ。

 

「ヤシロさん。そろそろお約束のものを」

「ん? あぁ、そうだな。ちょっと待ってろ」

 

 ぶわっと、尻尾の毛が広がったのが分かった。

『お約束のもの』っていうのは、あたいがもらう報酬、ハニーポップコーンのことだ。

 あぁ、思い出しただけで幸せな気持ちになってくる。

 甘くて、シャクシャクで、美味しいんだよなぁ。

 

 帰って一粒食べて、寝る前に半分食べて、朝起きてすぐもう半分食べるんだ。

 あぁ、でも、寝る前にたくさん食べると楽しい夢が見られそうなんだよなぁ。

 くわぁあ、悩む!

 これは、人生において五本の指に入るくらいの重大な悩みだ。

 

「ほれ、デリア。約束のハニーポップコーンだ」

「うはぁあ!」

 

 可愛い袋がパンパンに膨らんでいる。

 あの中にハニーポップコーンが詰まっているんだ。

 なんだろう、なんだかすごく嬉しくて、世界が……滲む……

 

「おいおいおい! 泣くなよ、ポップコーンくらいで!」

「くらいじゃ、ない……っ」

 

 ヤシロは分かってない!

 これはすごいことなんだぞ!

 こんなに甘くて美味しいもの、今までなかったんだぞ!

 

「あたい……ここに住みたい……いい匂いするし」

「いや、いつでも来ていいから、帰れ。な?」

「うん……いつでも来る」

 

 家からも割と近いし、あたいが走ればあっという間に着く距離だ。

 これまで一度も来たことがなかったなんて、あたい、損してたなぁ。これからはいっぱい来よう。

 店長の作るご飯、美味しいし。

 

 なんだろうな、あたいが作ると『飯』なのに、店長が作ると『ご飯』って感じがするんだよなぁ。

 

「はぁ、店長のご飯、食べたいなぁ」

「へ? 作りましょうか?」

「あはは、今じゃねぇよ。明日な、明日」

「はい。明日もたくさん召し上がってくださいね」

「おう! 約束だ」

 

 えへへ。

 明日の約束しちゃった。

 明日もあたいはここで働けるんだ。……えへへ。

 

「ぐず……」

 

 鼻を鳴らして、目にたまった涙を拭う。

 いい日だなぁ。今日はなんだかすごく楽しかった。

 

「デリア。ポップコーンいらないのか?」

「いるよ! 絶対いる!」

 

 あたいが涙を拭いている間に、ヤシロがハニーポップコーンをしまおうとする。

 そんなのダメだ!

 それがないと、あたいはまた怖い夢を見て泣いちゃうんだぞ!

 

 しまわれる前に確保しなきゃ!

 

 ……って、慌てて手を出したから、勢い余ったあたいの手は、ハニーポップコーンを弾いて――

 

 

 ヤシロの手を握った。

 

 

「ぅひゃあ!?」

 

 少しひんやりして、節がしっかりとしている、かっちりとしたヤシロの手の感触に、思わず声が漏れた。

 弾かれて宙に浮いたハニーポップコーンを大急ぎでキャッチして、それを胸に抱え込むようにしてしゃがみ込む。

 

 ぎゅうぅぅ……っと、ハニーポップコーンを抱え込む腕に力が入る。

 ハニーポップコーンを潰さないように気を付けたい、けれど、体が言うことを聞かない。顔が熱くて、心臓が速い。

 痛い、怖い、なんだこれ?

 すごく不安なのに、なんでか…………嬉しい。

 

 ヤシロをちらっと見てみると、ヤシロも同じ気持ちなのか、あたいを見つめながら心臓を押さえていた。

 ただし、顔は真っ青で、髪の毛が若干乱れていた。

 

「か、狩られるかと思った……」

 

 とか、よく分かんないことを言っている。

 ヤシロが意地悪してハニーポップコーンをしまおうとしたから悪いのに……

 

「……ぁ、う」

 

 モンクを言おうとしたのに、言葉がノドに詰まって声が出なかった。

 なんだ、この感じ。

 よく分からないけど、息苦しくて、頭がふわふわする。顔が熱い。

 

 これ、この感覚、あの時と同じだ……

 河原で、ヤシロがあたいの、み、耳を、もふもふって、さ、触っ……

 

 顔の熱が上がった。

 なんか熱くて、ふらってした。

 

 けど……

 

 

 頭を撫でられたのは、なんか、気持ちよかったな。

 

 

 ほんの少しだけ、頭をヤシロに向けてみる。

 ほんの少しだけ、近付けてみる。

 近くに来たら、また、撫でてくれる、かな……って、思って…………

 

「デリアさん、大丈夫ですか?」

「――っ!?」

 

 店長に声をかけられて心臓がぎゅってなった。

 

「て、店長!? い、いたのか」

「へ? はい。いました」

 

 なんだ?

 なんだなんだなんだ?

 顔が熱い!

 いや、全身が熱い!

 

 いたずらが親父にバレた時みたいな速さで体の温度が塗り替わっていく。

 ただし、親父に見つかった時は下がっていった体温が、今はぐんぐん上昇している。

 真逆なのに、「ヤバ、見られた!?」って感じがすっげぇ似てる!

 

「やっぱりなし!」

 

 急いで立ち上がると、あたいの顔を覗き込んでいた店長が「きゃぅ!?」って尻もちをついた。

 あ、ごめん。大丈夫か?

 

 店長を助け起こし、お尻の汚れを払ってやって、……ヤシロに視線を向けると……めっちゃ店長のお尻を見ていた。

 ちょっと羨ましそうに。

 ………………ぷくぅ。

 

「ヤシロも叩いてやろうか、お尻?」

「いいや、遠慮しとく! まだ使うから、尻!」

 

 お尻を押さえて大きく三歩下がっていく。

 

 ヤシロが遠くに行って、少しだけ顔の熱が下がった。

 少しだけ、だけど。

 

「それじゃ、あたい帰るな」

「はい。お気を付けて」

 

 店長がドアまで見送りに来てくれる。

 店の中からヤシロが手を振ってくれた。

 

「デリアさん」

 

 歩き出したあたいに、店長が声をかけてくる。

 振り返ると、店長は小さく手を振りながら、笑顔でこう言った。

 

「また明日、お待ちしてますね」

 

 そう言われて、胸の中がふわって温かくなって。

 

「おう! また明日な!」

 

 あたいは大きな声で言って大きく手を振った。

 

 

 帰り道。

 なんだか足元がふわふわしている。

 

「楽しかったなぁ」

 

 呟いても、返事はなかった。

 静かな夜だった。

 

 けど、頭の中にはヤシロや店長の声が残っていて、心はまだふわふわ揺れていて……

 

「楽しかったなぁ」

 

 もう一度呟いた。

 

 呟いた時、鼻に甘いはちみつの香りが届いた。

 我慢が出来ずにハニーポップコーンの袋を開ける。

 一粒だけ。一粒だけだから。

 

 しゃくっと噛めば、口の中に甘さが溶け出していく。

 

「……ん~~~っ!」

 

 幸せな甘さに全身が震える。

 あぁ、やっぱり美味しい。

 

 すごく幸せな気分だ。

 美味しくて、楽しくて、幸せで。

 

 店長の顔を思い浮かべれば、あったかい気持ちになる。

 ほわ~ってする。

 

 ヤシロの顔を思い浮かべれば――

 

「……っ!?」

 

 胸が、きゅってなる。

 なんだか、落ち着かない。

 そわそわして、でもふわふわして、体の温度が上がっていく感じがする。

 

 なんだろう、この気持ち。

 初めてだな、こんな感じ。

 なんなんだろうなぁ。

 不思議だなぁ。

 

 

 ……でも、すごく気持ちいいなぁ、この感じ。

 

 

 もう一粒だけ、ハニーポップコーンを食べる。

 はちみつの甘さが、ふわふわした気持ちと一緒に心の中に広がっていって、なんだか幸せな味がした。

 

 

 

 

 

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