【11/81π】シスターの懺悔

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本編: 『28話 謎の薬剤師』

視点: べルティーナ

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「シスター、お加減はどうですか?」

 

 朝、ジネットが寝室へと入ってきました。

 私は昨日、少し食べ過ぎてしまい、腹痛で寝込んでしまったのです。

 

「ジネット。……すみません、折角の寄付の時間に顔を見せられませんで」

「起きてきてはダメですよ。寝ていてください」

 

 ベッドから降りようとする私を、ジネットは少し強い力で止めました。

 あぁ、本当に心配している時の顔です。

 少し、怒っている時の顔です。

 

「あの、ジネット?」

「なんですか?」

 

 私を寝かせ、布団を綺麗にかけ直してくれているジネットに問いかけます。

 声が、少し怒っていますね。

 甘んじて、お説教を受けましょう。

 でも、その前に。

 

「本日、ヤシロさんは?」

「いらしてますよ。今はマグダさんと一緒に、子供たちを見てくださっています」

「そうですか……」

 

 私室に男性を招くことは出来ないのですが……

 出来ることなら、会って直接お詫びを申し上げたかったです。

 

 ダメですね。

 美味しい物を見るとついついはしゃいでしまって。

 後先考えずに行動してしまうなど、まだまだ未熟な証拠です。まるで、シスター見習いであった娘時代のようです。

 こんなこと、ここしばらくはなかったのですが……

 

 ヤシロさんのおおらかさに、知らず甘えてしまっていたのかもしれませんね。

 猛省しましょう。

 

 ジネットをお願いしている身でありながら、私まで甘えてしまっては負担が大き過ぎます。

 いくらヤシロさんが優しいからといって、いくら私に対しても寛容でいてくださるからといって、それに甘えてしまっては。愛想を尽かされてしまいます。

 

「ヤシロさんに、申し訳ありませんとお伝えください。昨日、はしゃぎ過ぎて御迷惑をおかけしたことと、雨の中送っていただいたこと、そして本日直接謝罪が出来ないこと、それから……」

「シスター。いいから寝てください」

「ですが」

「すべて伝えておきますから」

「そう……ですか? では、お願いします」

 

 すべてとは、どこからどの範囲までを含むのでしょうか。

 実際に犯してしまった過ちに関してのみ、でしょうか?

 だとするならば、謝罪が足りません。

 事象に関してのみではなく、私の未熟な心に関しても謝罪は必要なのです。

 

「あの、寛容さに甘えシスターとしてあるまじき振る舞いを……」

「全部、お伝えしておきますから」

 

 強引に、ベッドへと押しつけられてしまいました。

 ベッドの隣に椅子を持ってきて、ジネットが腰かけます。

 

 いつだったか、私が風邪を引いた時も、こうしてベッドの隣に座って看病をしてくれましたね。

 

「シスター、覚えていますか?」

「えぇ、もちろんです」

 

 ジネットも思い出したのでしょう。

 

「わたし「私が病気の時、こうして看病してくれましたよね?」」

 

 おや?

 まったく同じことを口にしましたね、今?

 

「わたしがシスターを看病したことなんて、ありましたっけ?」

「ありますよ。あなたが陽だまり亭へ行く三日前のことです。あの時、あなたはすごく心配そうな顔をしていて、『引っ越しを延期する』なんて言い出して……ふふ、あの時も私は反省したんですよ。我が子に心配をかけるなんて、なんてだらしのない母親なのだろうと」

「そんなことないです。心配をかけてくれる方が、心配をかけまいとつらさを我慢されるよりずっといいです。シスターは、すぐにつらいことを隠して笑顔を作りますから」

 

 そんなこと、しているでしょうか?

 私はただ、無用な心配ならさせない方がいいと思っているだけです。

 本当につらい時は、こうして頼りになる我が子たちに存分に甘えさせてもらっていますし。

 

「私がジネットを看病したことなんて、ほんの数度なのに、よく覚えていましたね。あなたはまだまだ小さい子供だったのに」

「覚えていますよ。だってあの時は、熱が出てすごくしんどくて、喉も焼けるように痛くて、ご飯も食べられないほどに気分が悪かったんですけど――シスターを独り占めに出来て、わたし、嬉しかったんですから」

「まぁ……」

 

 ジネットが眉を曲げて「ごめんなさい。心配をかけているのに、優越感に浸ってしまって」と、遠い過去のことを謝ります。

 そんなこと、気にする必要はありませんのに。

 

 だって、そんな風に思ってもらえるなんて、母親冥利に尽きるというものではありませんか。

 

「では、今は私が、ジネットを独り占めですね」

「ダメですよ、そんなことで喜んでは。ちゃんと反省してください」

「……はぁい」

 

 怒られてしまいました。

 

「だいたい、シスターは少しお行儀が悪かったですよ。シェリルさんやトットさんのような小さいお子さんがいるのに、誰よりも先にポップコーンを食べようとしたりして」

「でも、最初に食べたのはジネットです」

「そ、それは、ヤシロさんが…………もう、シスター。反省しているんですか?」

「はい。ごめんなさい」

 

 少し言い返してみたら、すごく怒られました。

 今後は、もっと自重しましょう。

 

 そうですね。

 今後は、ジネットがそうしているように、ヤシロさんがいいと言った物だけをいただくようにしましょう。

 ただ、ヤシロさんはとても甘やかすのが上手な人なので、私は甘え過ぎに注意しなくてはいけませんね。

 

「ごめんなさい。本当は薬湯をお持ちできればよかったんですが、お金が用意できず……」

「そこまでする必要はありませんよ」

 

 薬はとても高価なものです。

 薬湯用の薬草ともなれば相当高価になるでしょう。

 

「横になっていれば、いずれおなかは落ち着きます。ここで懺悔をしつつ、おとなしく休んでいますよ」

「はい。懺悔してください」

 

 あぁ、ダメですね、本当に。

 私は、母親失格です。

 

 ジネットは、こうして一緒にいる時は気丈に振る舞っていますが、一人になると――私のそばを離れると途端に不安になる娘なんです。

 心配症で、優し過ぎて、泣き虫で……きっと、たくさん心配をかけてしまうのでしょうね。

 

「ごめんなさいね、ジネット」

「はい。受け取りました」

「本当に……」

「そう思うなら、早く元気になってくださいね。子供たちも、みんなシスターの笑顔を待っていますからね」

「……えぇ。そうですね」

 

 こちらに向けてくれるその笑顔も、帰り道では泣き顔に変わるのかもしれません。

 ねぇ、ジネット。

 どうか、私の犯した失態で、自分を責めないでくださいね。

 非難するなら、あなたではなく、私にしてくださいね。お願いしますね。

 

 ジネットの手を取り、ぐっと握ります。

 どうか、この娘の笑顔が曇ることのなきよう……お祈り申し上げます、精霊神様。

 

「くす……っ」

 

 顔を上げると、ジネットが笑っていました。

 

「心配し過ぎですよ、シスター」

 

 ジネットの指が、私の手を撫でました。

 そして、包み込むように重ねられます。

 

「シスターは自分に厳し過ぎるので少し不安です。あまり自分を責め過ぎてはだめですよ? シスターの元気がないと、子供たちが寂しがりますからね」

「ですが、私は……」

「わたしも寂しがります。泣いちゃうかもしれませんよ」

 

 すがるような、真剣な瞳が私を見つめます。

 心配してくれているのが、痛いほどよく分かる、温かい瞳に見つめられて――私はダメですね――と、また反省しました。

 

「ほらまた。そんな顔をしないでください」

 

 俯いた顔を持ち上げ、頑張って微笑んでみせます。

 それでも、ジネットは重いため息を吐くのでした。

 

「シスターの元気がないと、わたしだけじゃなく、ヤシロさんも泣いちゃうかもしれませんよ」

「ヤシロさんが?」

 

 そんな突拍子もないことを言われ、少しだけ想像してしまいました。

 私を心配して、号泣するヤシロさん。

 教会の子供たちのように、大きな声を上げて泣くヤシロさんを想像したら……

 

 

「ふふっ。ダメです。可愛過ぎて抱きしめてしまいます」

「そんなことをすると、ヤシロさんがびっくりしちゃいますよ」

「ですが、想像してみてください。きっとジネットにも分かるはずです、この気持ちが」

「想像、ですか……」

 

 ジネットがまぶたを閉じ、しばらく黙り込んで……「くすっ」と笑いました。

 

「ダメですね。抱きしめてしまいそうです」

「ね、私の言った通りでしょう?」

 

 二人でくすくすと笑って、「もう大丈夫だから」とジネットに伝えます。

 いつまでもジネットを独占しているわけにはいきません。

 

 これだけ笑ったのですから、もうなんの心配もいりませんよ?

 だから、あなたはあなたの時間を精一杯生きてくださいね。

 私のことなど考えずに。

 私のことなどで憂う気持ちを持ったりせずに。

 

 

 どうか、穏やかな時間がジネットに訪れますように――

 

 

「そうでした、シスター」

 

 席を立ち、部屋の入口まで行ったジネットが、くるりと振り返りました。

 

「トットさんとシェリルさん、美味しそうに食べてくれてよかったですね」

 

 最初は遠慮をして、料理に手を付けようとしなかったトットさん。

 シェリルさんも、ご家族が箸を付けないことに不安そうな顔をされていました。

 

 その顔を見て、箍が外れてしまったのかもしれませんね、私は。

 まだまだ、未熟です。

 過去と今は、違うというのに。

 

 今はもう、頼れる優しい人がたくさんいてくださるというのに。

 

「はい。とても美味しそうに食べていて、安心しました」

 

 これは、私のエゴなのかもしれませんが、子供たちには、美味しい物をおなか一杯に食べてもらいたい。私は、いつもそう思っています。

 

 だから、ヤシロさんのピザやタコスをおなか一杯食べて、幸せそうに笑っていたトットさんを見て、私はとても満たされた気持ちになったのでした。

 キラキラ輝くポップコーンを見て楽しそうに笑うシェリルさんを見て、満たされた気持ちになったのです。

 

 子供たちには、我慢をしてほしくはないのです。

 

「シスター。わたしたちは、もう大丈夫ですからね」

 

 少し寂し気な、少し困ったような顔で微笑むジネットを見て、私はジネットが何を言いたいのかを察しました。

 そうですね。確かに、少し重ね合わせていたのかもしれませんね。

 

「私も、もう大丈夫ですよ」

 

 笑みを向けると、ジネットは少しだけ寂しそうな顔で、微笑んでくれました。

 

 ジネットが部屋を出ていき、足音が遠ざかるにつれ、私の心はまた沈んでいきました。

 

 

 ダメですね、本当に。

 

 きっとジネットは、帰り道で私の心配をするのでしょう。

 寂しそうな顔をさせてしまうのでしょう。

 面倒見がいいあの子だからこそ、なおのこと。

 

 本当に、頼りになる『お姉ちゃん』に成長してくれました。

 

 子供たちは、毎日どんどんと成長していきます。

 それを見守っているのはとても楽しく、幸せなことなのですけれど、ある意味では不安にもなります。

 

 子供たちはあんなに早く成長していくというのに――

 

 

「大人は、一体どうすれば成長できるのでしょうか」

 

 

 笑わなければと思うのに、口から漏れてくるのはため息ばかりで……

 こんな顔をしなくて済むように、私もしっかりと成長していかなければと心に誓いました。

 

 このため息が止まるまでは、懺悔を続けたいと思います。

 

 

 

 

 

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