【10/81π】願わずにはいられない

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本編: 『26話 お宝発見』

視点: エステラ

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 今一度、ボクはオオバヤシロという人間を考察してみる。

 

 ヤップロック一家が陽だまり亭を訪れ、あからさまに問題を抱えていると分かる負のオーラをまき散らしていた時、オオバヤシロはそれを無視するという選択をした。

 自分たちには関係ない。

 自分たちのことで手一杯なのだから、他人の面倒まで見ている余裕はない、と。

 

 その時、ボクは確かに失望したのだ。

 曲がりなりにも、これまでそう少なくはない時間を共に過ごしオオバヤシロという人間を見定めようと観察し続けてきたボクは、彼を『口と性格は多少悪いが、根は善人である』と判断していた。

 いや、判断しかけていた。

 

 まだ決定打になるものはなかったし、今後も観察は続ける予定だった。

 それでも、ボクは随分と彼を好意的な目で見ていた。

 

 なのに、オオバヤシロは冷酷にヤップロック一家を見捨てた。

 そう思った。

 

 けれど――

 

 

『お前に、あの一家を半永久的に養ってやれるだけの財力があり、且つ、それを惜しみなく分け与えてやれるというのなら好きにしろ。その場合、あの一家以外の、もっと別の可哀想な一家が大挙してお前のもとに押し寄せるかもしれんが、そいつらもついでに同情して養ってやれ』

 

 

 ぐぅの音も出なかった。

 ボクには確かに善意はあった。けれど、覚悟が足りていたかと言われれば、明言は出来ない。

 それをすっかり見透かされていた。

 

 そして、ヤシロの怒りは徐々に募っていった。

 

 

『一つ言っておくぞ。思わせぶりな態度を取って見捨てられると、……人は絶望する』

 

 

 もしかしたら、君にはそういう過去があったのかい?

 聞いたところで、絶対に教えてはくれないだろうけれど。

 

 

『やるならとことん付き合ってやれ。俺はとてもじゃないがそこまでの責任を負えない。だから首は突っ込まない。言いたいことは以上だ』

 

 

 もしかしたら、責任を負えないと明言した彼の方こそが誠実だったのではないか。

 そんな気すらしている。……今となっては、だけれどね。

 

 

 だってね。

 あんなものを見せられた後じゃあ、彼の善意を疑うなんて出来やしないじゃないか。

 

 

 ヤシロは本気で怒っていた。

 ボクが一瞬とはいえ、呼吸を忘れるくらいに圧倒された。それくらいに激しい怒りだった。

 あの怒りはきっと、ヤップロックに向けられたものではないのだろう。

 その向こうにいる……ヤシロの中にいる何かに向けられた怒りなのだ。

 

 もしかしたら、それはヤシロ自身なのかもしれない。

 ボクがその真実を知る由はないけれど、なんとなく、そんな気がする。

 

「ったく。なんでこんな雨の日に何度も何度も外に出なきゃなんねぇんだよ……」

 

 誰に言うでもない悪態を吐いて前を行くヤシロ。

 ボクたちはこれから、ヤップロックの家にトウモロコシを見に向かうのだ。

 

 親切なオオバヤシロさんがトウモロコシを購入したいと言い出したからね。

 ……くくっ。あの時のヤシロの顔……ふふふ。

 

 少し笑ったら、胸の中で渦巻いていたいろいろなものが綺麗に晴れていた。

 あの時抱いた失望も、幻滅も、苛立ちも、何もかも。

 すっかりひっくり返されてしまった。

 幼い子供たちの笑顔と一緒に。

 

 ヤシロの作ったピザとナン、お好み焼きは本当に美味しくて、深く沈みこんでいたヤップロック一家の顔に笑顔を取り戻させた。

 見守っていたジネットちゃんやシスターベルティーナをも、笑顔にしてみせた。

 

 そして、このボクのこともね。

 

 不貞腐れた顔で、死んだ魚のような目で、ぶつぶつと文句を呟きながら、やっていることはどう言い繕っても結局は人助けで、本人はそれを否定し続ける。

 自分のためだと嘯いて、誰かの涙を止めてしまう。

 

 不思議な男だよ、君は。

 

 前を歩くヤシロの顔を盗み見てみれば、やっぱり不貞腐れた顔をしていた。

 

 

 

 降りしきる雨の中、ひと塊で歩き続けていた一団は、何もない藪の前で立ち止まる。

 ヤップロックが「こちらです」と藪を指さす。

 

 ……それは、道、なの?

 

「エステラ。レディファーストだ」

「ヤシロ、さっさと行ってくれるかい? あとが支えているんだ」

 

 まったく、少し見直しかけたらそういうことを口走る。

 まったく憎々しい。

 

「領主は何をやってるんだ。住民がこんな不便を強いられているというのに、知らんぷりか」

 

 ヤシロの怒りは領主へと向かう。

 まったく、分かってないんだから。

 

「あのねぇ、ヤシロ……」

 

 ボクは行政について説明をする。

 この広い四十二区のすべてを事細かに察知しておくなんて不可能だということを。

 それでも不満たらたらのヤシロ。

 立場の弱いヤップロックに八つ当たりをしている。

 

『こんな道を通れるか』なんて文句を言って引き返すんじゃないかと思っていたのだけれど。

 

「んじゃ、そろそろ行くか……」

 

 仕方なさそうにため息を吐いて、ヤシロはそう言った。

 そうだね。

 君はそういう男だよ。

 なんだかんだと文句は言っても、結局は誰かのために行動してしまう。

 

 けれど、面倒くさそうな顔は隠せないようで――

 ボクやマグダの顔を見て、なんとか面倒ごとを回避しようと画策する。

 が、ジネットちゃんの顔を見た後、盛大なため息を吐く。

 

 諦めがついたようで、ヤシロが肩を落としながらヤップロックに告げる。

 

「ヤップロック。少々草を踏み固めながら進みたい。速度が落ちるが構わないか?」

 

 それは正直、意外な言葉だった。

 拒否はしなくとも、そこまでのことはしないと思っていた。

 こんな土砂降りの中、そんな面倒なことを。

 

「あの、ヤシロさん」

 

 獣道へ足を踏み入れかけたヤシロを、ジネットちゃんが呼び止める。

 

「ヤップロックさんたちのために道の整備をしようというその心遣いは素晴らしいと思うのですが、今はこんな空模様ですし、晴れた日に改めて行った方がよいのではないでしょうか? 雨の後は雑草もまた伸びますし……」

 

 そうして、ヤシロがその言葉に唖然とする。

 

 あぁ、そうか。

 そういうことか。

 

 ボクは込み上げてくる笑いを必死に噛み殺す。

 だって、あの顔……ふふ。

 

「……え? あの、わたし、何かおかしなことを言いましたか?」

「別に……俺は『今』、ここを通るために雑草が邪魔だと感じたんだよ。いいからお前は下がってろ」

 

 あの不機嫌は、拗ねているのかな。

 まったく、世の中の酸いも甘いも噛み分けてきたみたいな顔をしていると思ったら、そんな子供みたいな顔も出来るんだね。

 

 さすがの『悪党』オオバヤシロも、ジネットちゃんの聖なるオーラには形無しということだね。

 気持ちは分からないではないよ。

 ただ、君がタジタジしている様は、非常に愉快な気持ちになるけれどね。

 

 もしかしたら――

 

「そうか。そういうことなのか……」

 

 そう、もしかしたら。

 ヤシロが最初、ヤップロックたちを無視し突き放したのは、面倒ごとに巻き込まれたくなかったからではなく、面倒ごとに巻き込ませたくなかったからなのかもしれない。

 

 あの、見るものすべてに慈悲を与えずにはいられない、愛すべき陽だまり亭の店長を。

 危なっかしくて放っておけない、我らが太陽を、ね。

 

 

 不貞腐れながらも丁寧に雑草を踏みしめて道を作るヤシロの背中を見て、ボクは考えていた。

 

 果たして、オオバヤシロは変わったのだろうか。

 それとも、もともとがそういう人間で、ボクたちに素の自分を見せるようになってくれたのだろうか。

 

 なんにせよ、その変化をボクは嬉しく思う。

 

「ヤシロ」

「おぉ、エステラ。お前も手伝ってくれるのか」

「そこ、ちゃんと踏み固められてないよ」

「…………テメェ」

「ほい、頑張れ頑張れ」

「ふん! 応援などいらんから、労働力か労働の対価を寄越せってんだ」

「領主に申請書を出すといいよ。二ヶ月くらいの審査の後、労働力を派遣してくれるだろうから」

「けっ! お役所仕事しやがって! 領主め! 金持ちめ!」

 

 怒りなのか妬みなのか八つ当たりなのか、雑草を踏み固めるヤシロの足に力がこもる。

 その背中を見ながら、ボクは一人ひっそりと微笑む。

 

 

 まだまだ要注意人物ではあるけれど、それでもボクは期待をしたい。

 君が自分の利益の『ついで』に起こす変化に。

 君が『たいしたことじゃない』と言いながら与える成長のキッカケに。

 

 そして何より、君自身に。

 

 

 君と、君によってもたらされる未来が明るいものであればいいと、ボクは願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

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