第9話 忍び寄る影だにゃ!

 時は過ぎ、夜はけて――深夜!

 ローリエルとグラシアは未だ、次の街に到着していなかった!


「ゼェッ、ハァッ、僕はなんてダメなやつなんだ……!」


 雑用でも何でもやると言っておきながら、この体たらくだ。師匠の役に立つどころか、まるで足を引っ張っているという現状は、グラシアにとって決して看過かんかできるものではない。もはや意地である。根性と気合だけが、彼の足を突き動かしていた。


「頑張れッ……頑張れッ!! くじけるな! やればできる何でもできるッ!! 僕は強くなるって決めたんだァァァァァァァ!!」


 グラシアが絶叫を上げる一方で、ローリエルは荷車の上でいびきをかいていた! 夢心地ッ! 決して寝心地が良くない場所でも爆睡できるのは、彼女の強みであるッ!!


 ――そんな二人を、遠く離れた草場の影から熱心に見守る存在があった。

 彼は黒い礼装に身を包み、羽を休める鳥でさえ気が付かないほど素早く、そして繊細に、草場の影から木々の合間を飛び移り、ローリエルたちを追跡していた。その身のこなしは明らかに常人離れしている上に、どこか紳士然とした風格をも漂わせている。


 ――しかし、その男の頭部はエビ!

 頭部がエビの男なのであるッ!!

 彼は一人、熟考しているッ!


(ふむ……標的を発見しましたが……はて、あのガキは一体なんでしょう?)


 センジュゴリラを倒したのは、荷車の上で寝ている女性のはず。それがどうして、あんな少年に荷車を引かせているのか――このわずか数日の間に、また状況が変わったのか?

 いずれにせよ、大勢に影響は無いと彼は判断する。


(一人殺そうが二人殺そうが、結局最後は同じこと――そして)


 頭部がエビの男は、腰から一対の剣を取り出した。

 一つは短く、幅の狭い両刃の剣マンゴーシュを。

 もう一つは、細く研ぎ澄まされた刺突剣レイピアを。

 それぞれ音を立てないよう慎重に引き抜き――低い体勢からなる、独特の構えを取った。

 左手には、両刃の剣マンゴーシュを。

 右手には、刺突の剣レイピアを。

 左腕を前方に突き出し、右足は抱え込むように。


 エビ男と荷車までの距離は――およそ五十メートル。


(どうせ同じく殺すのならば――まずは簡単な方から仕留めましょう!)


 その瞬間、エビの男の姿が消えた! 疾駆しっく――! 眼に追えないほどの超速ッ!!

 ほんの刹那にも見たない次の瞬間、エビ男は荷車のすぐ前へと迫っていた!


 刺突剣レイピア切先きっさきが狙うのは――グラシアの首筋!


(――獲った! まずは一人!)


 右腕! 目にも止まらぬ速度で刺突剣! だがグラシアは未だ、迫る危機に気が付かない! それも当然! なんせエビ男が接近してから、まだ0.001秒も経っていないのだから! 決して常人の眼に追える速度ではない!

 ゆえに神速!

 触れられざる領域!


 ――そのはずだったッ!!


「ぐおわッーーーーーー!?」


 神速の時間、触れられざる領域に侵入者! 突如、信じられないスピードで迫った何者かの拳が、エビ男の眼前に迫るッ! 咄嗟とっさに攻撃を中断、両腕を交差してガード! だが勢いを完全に殺すことはできず、為す術なく明後日の方向へと吹き飛ばされた!


(そんな馬鹿な!? この私のスピードに追い付けるというのか!?)


 何が、一体何が起こっている!?

 エビ男が混乱する中、凄まじい怒声が響き渡る!!


「私の弟子に手を出す大馬鹿野郎はどこのどいつだにゃーーーーーーー!!!!!」


 

 天を突くような激しい慟哭どうこく

 そこには、全身に酒気の波動をたぎらせるローリエルの姿があったッ!

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