第10話 奇襲! 魔王十壊衆シャコナイトだにゃ!

「私の弟子に手を出す大馬鹿野郎は誰だにゃーーーーーーー!!!!!」


 天を突く慟哭どうこく! 夜の静寂を震わせ、三日月すら喰らわんとする、獣の如き遠吠え!

 その声の主は――絶酔のローリエル!


「この馬鹿野郎ォォォォォォォ!! こんな健気に頑張ってる子に突然斬りかかるなんてどういう神経してるんだにゃ!? 信じられんにゃ、マジであり得ないにゃ!! ええい腹立たしい、すぐにブッ飛ばしてやるからさっさと名を名乗れにゃ、このアンポンタン!」


「えっ……し、師匠!? 起きてたんですか!? 一体なにが……!?」


「起きてる決まってるだろにゃァァァァァァァッッ!! 君みたいな危なっかしい子を放っておいて一人ですやすや寝てられるかにゃ! おかげでめちゃくちゃ寝不足だにゃ!! それはいいから、早く荷車の後ろに隠れてるにゃ!」


「は、はい!」


 グラシアはローリエルの言いつけ通り、荷車の後ろに姿を隠した。

 と――同時にエビ男が夜の闇からぬらりと姿を現す!


「素晴らしい――! 人間の身でありながら私の剣速に着いて来られるとは! 実に素晴らしいですねぇ!」


「ぎゃーーーーー!? 礼服を着たエビが喋ってるにゃ!? 気持ち悪いにゃ!!」


「おやおや、初対面の相手に気持ち悪いとは――失礼なお嬢さんだ」


 エビ男はおどけるように肩をすくめて、「でもね」と続ける。


「見てくれは少々不格好かもしれませんが――しかし、そのおかげで人間だった頃を遥かに超越する、素晴らしい力を手に入れることが出来たのです!」


「お前――ガイヤーだにゃ!?」


「ご明察! では改めまして自己紹介とさせていただきましょう!」


 エビ男はうやうやしく頭をれ、一礼と共に名乗りを上げる!


「私はシャコナイト――“神速刺突のシャコナイト”! 魔王十壊衆まおうじゅっかいしゅうの一人にして、魔王軍最速の剣士! 以後お見知りおきを、そしてサヨウナラ! 激流槍・千日鬼雨トゥータ・クー・ラ・プリュイ!!!」


 シャコナイトが頭を上げた次の瞬間には、刺突剣の切先きっさきがローリエルの肩先をかすめる! はやい――! 流石のローリエルも、完全に避けることは叶わない!


「まだまだまだまだァァァァァァァ!! こんなものは序の口ですよォォォォォォォ!!」


 次々に打ち出される刺突! その速度、なんと一秒間に十六発! もはや常人の眼で追える戦いではない!

 致死的な刺突がローリエルの肉体を穿うがたんと幾度となく放たれるが、その度に紙一重で回避! 「絶酔狂乱」の効果で動体視力も三億パーセント上昇しているため、すべての攻撃を見切ることが可能! だが防戦一方! 反撃に転じる隙がない!


「どうです私の剣技は!? 恐ろしいキレでしょう!? 凄まじい速度でしょう!? この極致に到達するため、私は魔王さまに魂を売り渡したのです!」


「下らないにゃ! エビ頭になってまで強くなって――何が嬉しいんだにゃ!?」


エビ頭この程度で強くなれるなら安いものッ!」


「く、狂ってるにゃ……! というか、なんで私たちを狙うんだにゃ!?」


「センジュゴリラの敵――というわけでもありませんがね! 魔王十壊衆まおうじゅっかいしゅうが人間如きに後れを取ったというのは、我々の沽券こけんに関わるのですよォ! 故に貴女には死んでいただく! 分かりやすくていいでしょう!?」


「確かにシンプルな話だにゃ!」


 ローリエルはにやりと不敵に微笑んだ。


「つまり――お前たちを倒し続けていれば、勝手に他の十壊衆もやってきて私に倒されてくれるってことだにゃ!」


「……っ! 減らず口を!! 貴女はここで死ぬのです! それ以外の可能性など皆無ッッ!!」


 シャコナイトの剣技はさらに勢いを増し――なんとその刺突は、一秒間に百回を超える速度へと到達ッッ!

 

「剣技、激流槍・万年怒雨プリュ・フォール・プルヴォワール! さぁ貴女、このスピードに着いて来られますか!?」


 呼吸する間もなく降り注ぐ刺突はまさに豪雨の如く! だがローリエルはやはり冷静! 刺突の雨を、かいくぐる! 避ける! 避けるッ!!

 ――しかし! シャコナイトもただ闇雲に攻撃しているだけでは無かった! 神速の攻防、その只中、狡猾に、だが正確に、いくつものフェイントを織り交ぜている! 超絶技巧virtuoso!!

 そして、ついに訪れる! シャコナイトがわざと用意した間隙へ、ローリエルが滑り込んで来る、まさにその瞬間――!!


「おおおおおおォォォッ! 激流槍・刹那の稲妻オラージュ・アン・リュミエール!!」


 研ぎ澄まされた一瞬を狙い撃つ一閃! ゆえに回避不能! ローリエルの顔面めがけて、強烈な刺突剣が突き立てられる!


(決まった――! 確かな手ごたえ!)


 凄まじい速度、凄まじい剣技によって引き起こされた衝撃が、空気中の魔力に誘爆! 辺り一帯に爆風の余波が広がり、たちまち魔煙がたちこめて視界不良となる!


「し、師匠ォォォォォォォ!!!」


「ハハハハハ……!! 勝った! 勝ったぞ! やはり人間如きが、十壊衆である私に敵うはずなど無かったのです!」


 シャコナイトは勝利を確信し嘲笑ちょうしょう! しかし――魔煙の奥から聞こえるはずのない声が聞こえる!


「――今のが、お前の本気だったかにゃ?」


 その瞬間! シャコナイトは手首の先に、強烈な違和感を感じ取ったッ!

 これまでに何千何万と刺突剣を振るってきた――その感覚が告げている!


 剣先が。

 剣先がいつになく軽い――あまりにも軽すぎると!


「ば、バカなァァァァァァァァァァァァァァ!?」


 良好になった視界の先には――なんと! ローリエルが刺突剣をガッチリくわえて、ッッ!


「嘘だ! なんだそれは! 貴女! 一体! 一体何をしているのですッ!?」


「なにって……見ての通り、?」


 ローリエルはニヤリと頬を釣り上げて、刺突剣の刀身を吐き捨てる!


「これぞ絶酔魔拳奥義ぜっすいまけんおうぎ――白羽砕鬼牙突喰しらばくだきがとつぐいだにゃ!」


「ば――馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! こんな人間がいるわけない!! 存在していいわけがない! 私は! 魔王に魂を売ってまで! 剣の道をきわめるために! それなのに私の剣技が、こんな訳の分からない人間に――!!」


「にゃっははははは!! 私に戦いを挑んだのが運の尽きだったにゃあ!!」


 ローリエルはガッチリとシャコナイトの腕をつかむ――もう逃げられない!

 そして、空いているもう片方の腕へと酒気を溜めて――溜めて溜めて溜めて溜めて!!


絶酔魔拳奥義ぜっすいまけんおうぎ――超級絶酔爆裂弾ちょうきゅうぜっすいばくれつだん!! 往生せいにゃーー!!」


「おっおおお……おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



 煌々こうこうと輝く酒気の波動に包まれながら――シャコナイトの思考は目まぐるしく回転していた!


 走馬灯。

 まだ人間だった頃の記憶が去来する――

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