第8話 修行をさせるにゃ!

「ぬおおおおおおっ!!!」


 さっそく、ローリエルは弟子に修行を命じていた。大量の酒瓶と共に自分が乗った荷車を引かせているのであるッ!


「頑張るにゃー、グラシア君! どんな修行を積むにしても、まずは基礎体力が付いてないと話にならんにゃ!」


「分かりました師匠! うぉぉぉぉぉーーー!!!」


 グラシアのやる気は十分だった。素直に言うことを聞いてくれるのは間違いなく彼の美点であり、同時に可愛いところでもあるとローリエルは思った。

 しかし――それにしてもと、彼女は思う。


(この子、ちょっと想像以上に……弱いかも?)


 ローリエルはこっそり、ステータス測定器でグラシアの能力を隠し見ていた。すると、彼の身体能力は驚くほど低いことが分かったのだ。そこら辺の子供と同じか、それ以下というレベルだ。魔物と戦わせたりなんてしたら最悪の場合、死んでしまう。


 まだたったの数キロ荷車を引かせただけなのに、グラシアの顔は悲痛の色に染まっていた。全身から滝のような汗が流れ落ちて、肩で呼吸をしている始末だ。ローリエルは思わず、グラシアに尋ねた。


「グラシア君は、どうしてそんなに強くなりたいんだにゃ?」


「ゼェッ……ハァッ……ど、どうして、そんなことを聞くんですか?」


「正直に言って、君には魔王どころかそこら辺の魔物ザコに勝てる実力も無いと思うにゃ。自分でも、それくらい分かっているはずだよにゃ? それに、金貨五千枚もぽんっと出せるなら、S級冒険者でも雇った方がよっぽど合理的だと思うにゃ」


「そう……ですね。師匠の言う通りです。ですが……ゼェッ、そういうわけにはいかないんです……! 僕は、自らの手で魔王を倒さなければいけないんです……!」


 グラシアは、その端正な顔立ちをギッと苦痛に歪ませながら歯を食いしばった。


「隠す理由も無いので、師匠にはすべてをお話しましょう……実は、僕はシューホン国の王子でした。つい先日までは」


「王子……なるほど、どうりでにゃ」


 ローリエルはそれほど驚きはしなかった。身なりの良さ、羽振りの良さ、育ちの良さを考えれば、一国の王子だったとしても、そうおかしい話ではない。

 気になるのは――そこから先。


「つい先日までっていうのは……どういうことかにゃ?」


「……センジュゴリラによって滅ぼされたんです。生き残ったのは、僕だけです」


「にゃッ!?」


 ローリエルは思わず酒瓶を落しそうになった。

 魔王軍が主要国へ攻撃の手を強めているという話は聞いていたが、まさかこんな近くまで迫っているとは! シューホン国といえば、ソージュの街とは目と鼻の先! 


「センジュゴリラの強さは、はっきり言って異次元でした。我が国の騎士団たちも全く歯が立たず、為す術もなく蹂躙され一瞬で全滅……父と母も必死で抵抗しましたが、僕の目の前で八つ裂きにされてしまいました。しかし、王家の血筋だけは絶やすまいと、生き残った兵士たちが総力を挙げて、どうにか僕一人が逃げるだけの血路を確保してくれたんです。ですが、逃亡中にセンジュゴリラに見つかって……そして、どうにかソージュの街まで逃げ延びたところで、ローリエルさん。あなたに出会ったんです」


 グラシアの声が、少しだけ跳ねるのがローリエルにも分かった。


「あなたは僕の敵を討ってくれた。嬉しかった……。同時に、自分の無力さが本当に本当に嫌になったんです。僕は昔から何をやってもダメで、いつも人に助けてもらってばかりで……みんなには最後の最期まで助けてもらって、なのに結局、自分だけ生き残ってしまった。それが情けなくて、寂しくて……敵討ちすら自分の手では成し遂げられないんだって思うと、本当に……」


「グラシア君……」


「でも、僕がいつまでもこんなんじゃダメですね! 今のままじゃ、最期まで僕を守ってくれた父や母、そして先に逝ってしまった皆に、とても顔向けができません! だからもっともっと強くなって――いつか、すべての争いの元凶である魔王を倒すと決めたんですっ!」


「…………」


「あ、あれ? 師匠、聞いてます? どうしたんですか?」


(め……めっちゃいい子だにゃーーーーーーーーッッッ!!!)


 ローリエルはボロボロと涙を零し、号泣! 酔っ払いの涙腺は緩く、ローリエルもその例に漏れないのだった!

 

(い、一体何を食ったらこんないい子に育つんだにゃ!? 信じられんにゃ……! 子供向け御伽話フェアリーテイルの主人公だってもう少し歪んだ性格してるにゃ!)


 もし自分が同じ立場だったら、一生酒を飲んで泣きながら過ごす人生を送るだろう。しかしグラシアは違う。何もかも失ったのに、すぐに自らの足で立って、こんな酔っ払いに頭まで下げてまで――! 前に進もうとしている! その真っすぐな心が、ローリエルの心を震わせた!


(この子の気持ちは本当だにゃ……! きっと私がなんとかしてあげるにゃ……!)


「師匠? どうしたんですか?」


「なんでもないにゃ! 酒がちょっと目に入っただけにゃ!」


「ええッ!? それは一大事なのでは!?」


「うるさいにゃ! こっちを見るんじゃないにゃ! いいから君は荷車を引くがいいにゃ! こんなペースじゃ日が暮れるまでに次の街に辿り着けないにゃ!」


「は、はい師匠! ウオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!!!」


 進まない荷車の上でそっと涙を拭きながら、ローリエルは決意した。

 きっと、この子を魔王が倒せるくらいに強く育ててあげようと。

 いつかすべてが終わった時、笑って祖国へと帰られるように。

 ぐしぐしと目元を拭い、酒瓶をぐびぐびとあおりながら、ローリエルは強く誓ったのだった。

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