第9話 結果と怒号

「ええええええええええ!!!??」

 テストの素点票を見た馴染宮は、叫んだ。同じクラスの弾田が驚く。

「おいっ、どうした?」

「こ、これ…」

 弾田は見た瞬間驚く。

「ええええええええ!!!!?おまっ、なんでその結果で叫んでんのっ?」

 何度も自身の素点票を見比べながら、馴染宮に理由を尋ねた。

「…………一位とりたかった」

「えええええええええええええ!!!??」

「伴野に抜かされたかなぁ…」

 馴染宮はうなだれた。学年順位は四位。高校でも一位を取りたい馴染宮は、休日の勉強不足を平日の放課後に補っていた。なのにも関わらず、一位を逃していた。ちなみに、ちょっと見せてもらった弾田の結果は、下の中だった。

「まじか、ってそういえば」

「ん?」

「お前、結局お見合いどうだったんだ?」

「あ?俺、彼女作るためにそんなことしないけど」

「ちげーよっ、極道の息子!」

「あー」

 数日前に友達になれた洞野のことを思い出す。

「なんとかなったよ」

「えー?……馴染宮が行けんのか…」

「何それ。俺が人見知りって言うの」

「言うだろ、俺にはこんな感じだけど、他のクラスメイトには敬語だろお前」

「そうだけどさ」

「それに、伴野の前ならもっと崩してるだろ」

「………そうだよ」

「肯定すんのかっ」

 弾田の弾んだ声のツッコミは虚空に消えた。

「そっか、馴染宮が行けんなら、俺も行けるかな?」

「え?」

「伴野に結果聞くついでに、俺も行ってみてーわ」

 すごい勇気だと思う。ほんとに、弾田は伴野と同じタイプの人間だと思う。あと、舞野と言う活発な女子も。

「確か、伴野と同じクラスだろ?」

「まあ、そだね」

「オッケー、一緒に行くか」

「え、俺も?」

「おめーもだよっ」

 

「あんたら人間なのっ!!?」

 放課後にて、もうすっかり人のいなくなった教室で舞野が思いっきり叫んだ。夏鈴はそれに驚いた。

「人間だってー、な」

 伴野が面白げに言った。

「洞野と私って、完全に月とスッポンだよね!」

 どちらかと言えば、舞野が太陽な気がするのだけど、と思いながら夏鈴はそのやりとりを、自身の素点票を見ながら眺める。

「勉強教えてって!」

「じゃあ、私にも!」

「心は要らないでしょ!」

「いるよ!多分また馴染宮に負けてるもん!」

「馴染宮さん、頭いいんですね…」

「夏鈴ちゃん、あなたはそれより上なんだよ?」

 結果は、伴野は馴染宮の少し下。夏鈴は馴染宮より一つ上で、洞野は誰にも負けなかった。舞野は、平均値だった。

「この、頭いい集団めっ!……グループライン私いない方がいい?」

「いやそんなことないっ!」

「そんなことないですよ!」

 夏鈴と伴野が真っ向から否定する。

「洞野くんもなんかいいなよ!」

「…………っ?」

 突然話を振られて少し驚いた。どうやら自身の素点票ばかりを見て、全く話を聞いてなかったらしい。舞野と伴野が頬を膨らませた。舞野が口を開く。

「ちょっとー、洞野くん!話聞かない男子は嫌われるよ」

 と、会話していると、教室のドアが開く音がする。

「きょ……今日ってテスト返しだったな!」

 馴染宮が何かを言いよどんでは、やめたのがまるわかりだった。その後ろには弾田もいる。

「あれ、弾田じゃん。どうした?」

 伴野が訊ねるが、もちろん他の三人はその人のことを知らない、わけではなく。

「あー、蓮武じゃん!ひっさしぶり!」

「あっれえ、踊じゃん!お前このクラスなんだ!」

「え!知り合い?」

「おんなじ小学校だったんだ!こいつ中学入学前にどっか行っちゃったから、それっきりだったんだよね!」

「そうなんだよ!あ。で、洞野だっけ?もう一人の方は?」

 急に名前を呼ばれて、洞野は顔を上げた。

「夏鈴ちゃん!」

「おっけー、覚えた!これからよろしく!」

 洞野と夏鈴は互いに顔を見合った。突然の台風のような男子が現れた。馴染宮よりは先入観が少なめだが、関わりにくいタイプの人間だった。

「で、伴野結果どうだった?」

「馴染宮幾つ?」

「四」

「はい、また負けた!」

「嬉しくない!俺は一位をっ…」

「ぎゃはは、まだ言ってんだけどこいつ!」

 悔しがる馴染宮を横目に、夏鈴と舞野はじっと洞野を見ていた。洞野は二人に凝視されて少し困って、目が泳ぐ。

「三人に負けたぁっ!誰だよ三人!」

「二人ここにいるけど」

 伴野が抑揚無く、ただ事実を伝えると、馴染宮は真顔で舞野達の方を向き、舞野の成績を知っている弾田は驚いたように夏鈴と洞野を見た。

「マジで?」

 弾田は、目が点のまま、視線は伴野と馴染宮と夏鈴と洞野を何度も往復する。馴染宮はその様子に気付くと、夏鈴と洞野の方しか見なくなった。

「おま、女川さんはいいけどさ…、きょ、恐矢ぁぁぁあ!!」

 初めてちゃんと使った呼び捨て。馴染宮は慣れない響きながら、ちゃんと相手に伝わった。それが、ちょっと怒りを含め、かなり尊敬を含んでいることも。

「夏鈴はいいの?洞野くんはどこがダメなの!」

「だって、同じ性別だろ!」

「なんの論争してんの」

 舞野が笑いながら口をはさんだ。弾田はやっと落ち着いて、訊ねた。

「ちなみに、馴染宮に一位の座を勝ち取ったのはどっち?」

「洞野くん!」

 元気よく舞野が答えた。

「夏鈴ちゃんは三!」

「え?二位の人は?」

「ウチのクラスじゃないみたいだよー、あれじゃない?三日くらいで学校のマドンナの地位についた人」

「あー、恋下さんか」

「こ、恋下様かよっ、やっべ、聞いてみたい!」

 夏鈴と洞野は、知らない名前にまた互いに顔を見合った。

「…………『コイシタ』って知ってる?」

 夏鈴が小声で訊ねると、洞野は真顔のまま首を振った。見た目も中身もチャラい男子と馴染宮が同じクラスなのはわかるが、その会話内容的に、『コイシタ』はその二人とも違うクラスのようだった。クラスは5クラスあるから仕方ないのだけど。

 と、気付かぬ間に馴染宮が洞野の横にいる。

「…………勉強教えて」

 単刀直入にそう言われた。洞野だけだと思ったが、夏鈴にも言っているようだった。

「………え?私もですか?」

「そうだよ、女川さんも」

「なんで…?」

「だって、俺より上だから」

「でも…」

「…………………女川さんは駄目?」

 小さな声で聞こえた。洞野が夏鈴のことを見ながら、訊ねたらしい。

「洞野くんはいいの?」

「……………ん」

「そっか…、じゃあ…………………分かりました」

 夏鈴がはにかみ笑いを浮かべて答えると、それを聞いていたらしい、舞野と弾田が食いついて来た。

「勉強会するの!?」

「行きたい行きたい!成績上げたい!」

 見るからにテンションの上がる二人と、苦笑いする伴野がいた。馴染宮は笑って喜んだ。

「やった!沢山いた方がいいよな!」

 話がどんどん決まっていくのを、茫然としながら洞野と夏鈴は眺めていた。

「夏鈴ちゃんと洞野が講師ってことで、授業お願いするぜ!」

「でも、それは定期テスト前にね」

「おけ!」

「夏鈴、よろしくね!」

「心も教える側じゃないの?」

「だったら、馴染宮もだろ!」

「俺!?恐矢と女川さんでしょ!」

「………洞野くんですっ」

「……………!……っ!」

 講師の押し付け合いが発生していたが、洞野に関しては自身の上がいないため、押し付ける相手がおらず、困ってしまう。それに気付いて、慌てて夏鈴が訂正する。

「あと、馴染宮さんもですっ」

「……お、俺っ!?」

「上の三人だよねー、教えてもらうんだったら」

 舞野がそう言って、いつの間にか固まっていた上位三人を見た。それに気付いて馴染宮が立ち上がって二人から離れようとして伴野に止められていた。

「………四人か」

 舞野が真面目っぽく言って見せると、伴野と馴染宮が必死に首を振っていた。弾田はそれを見て腹を抱えて笑っていた。

 笑いすぎて腹筋が痛くなっていたのを自覚した時、弾田は洞野と特に会話していないことに気付いた。もちろん、隣の夏鈴とも。流れるように、洞野のことは名字の呼び捨てで呼んでいたが、本人が本当にそれでいいか訊ねてなかった。

 ということで、訊ねるなら本人の側に寄って聞くのが一番だと当たり前のことを思って、全く迷わずに洞野の前に移動した。洞野は突然詰め寄られて驚いていた。

「洞野って、呼んでいいよな?もう呼んじゃったけどっ」

 まるで少年みたいな笑顔を浮かべる弾田を見て、否定する理由なんてないと思う。

「………ん」

 洞野は頷いた。

(洞野くん、いっつも『う』が出てないなあ)

 洞野の返事に伴野は思った。

 返事を聞いた弾田は、スキップしながら教室内を走り回った。驚くほど楽しそうだった。

「いやっほう!俺、学年一位と友達になったんだぜ!」

「えー、蓮武、そんな基準で喜ぶの?」

「いや、それだけじゃねーって!友達増えたら、嬉しいだろっ」

 弾田がまた白い歯を見せて笑ってくる。そんな純粋な笑顔は伝染するって、本当なんだと、隣の光景を見て夏鈴は思う。

 隣には、真顔からわずかに口端の持ち上がった顔の、洞野がいる。目元は相変わらず、前髪で見えない。

「へぇー」

 教室内を走り回ることを辞め、落ち着いた弾田は舞野の隣で、感慨深そうに頷いていた。

「何?そんなおじいちゃんみたいな反応して」

「将来はおじいちゃんだからな!じゃなくてよ、洞野もあんなふうに笑うんだな」

 今日一真面目な顔で弾田が呟いた。舞野はそんな顔を見て吹き出した。

「はあ!?人が真面目に言ってんのに、笑うやつがいるかっ?」

 ちょっと怒りを含みながら、苦笑いをして弾田が喋る。と、小声で舞野が弾田に耳打ちした。

「ねえ、蓮武。なんか気付かない?」

「何が?」

「ほら、自然と隣にいる…」

「あえ?洞野と夏鈴ちゃん?」

「そ。察し悪いなあ」

「え?分かってるよ?」

「分かってるの?」

「わかってるよぉー。仲良さそうでぇ、いいねぇー」

 弾田が頬に手を当てて、まるで近所のおばさんみたいに振る舞った。その様子を、疑問を詰めた目で、洞野と夏鈴とついでに馴染宮も見ていた。伴野は嬉しそうに見ていた。

「おま、お前たちー、なんていう目で見ているんだよー」

「だって、ばりばりチャラ男の弾田がそんなキャラに会わないからさ」

「弾田はおばさん役にはなれないだろ」

「俺の演技力がないって言いたいのか!」

「「「そうじゃないっ」」」

 伴野と舞野と馴染宮が綺麗にハモると、夏鈴が口元に手を寄せて静かに笑った。

「そんなむきになって否定すんなよ…」

 見事に三人に否定された弾田は少し消沈しながら口を尖らせた。それを見て、否定した三人は爆笑した。それにつられて、弾田と夏鈴も笑った。教室内が笑い声で満たされた時、教室に誰かが入ってくる。

「お、お前らー、もう帰れよ!」

 伴野たちのクラスの担任だった。

「おっけー、イトッチ!じゃあみんな帰ろっか!」

「そのイトッチってやめろよっ」

 伴野にイトッチと呼ばれた担任の伊藤は、苦笑いを浮かべた。

「こんな時間まで何してんだよ」

「皆で楽しく会話してました!」

 舞野が元気よく答えた。

「とにかく、帰れ。部活ないならな」

「あ、せんせー、部活の申請するにはどうすればいいですかー?」

「あ、俺もー」

「私もー」

「俺も知りたいですー」

 弾田と舞野と伴野と馴染宮が伊藤のもとに駆け寄った。

「……洞野くんは部活いいの?」

「………バイト優先したいから」

「そっか。私も部活はいいかな」

「どうして?」

「うーん、そう言われると答えられないね…」

「そう」

「でも、同じ帰宅部なら、一緒に帰れるね」

「………………え?」

「………え?」

「………………………えっ?」

 洞野がもう一度困惑した顔のまま、訊ね返すと、夏鈴が自身の放った言葉を思い出し、頬が異様に熱くなっていく。夏鈴は慌てて両頬を両手で押さえて、洞野と反対の方を向いた。

(何言ってるの、私っ!)

 両手で拳を作って頭を何度も軽く叩いていると、洞野の声が聞こえた。

「……そうだね。一緒に……………帰れる」

 それを聞いて、夏鈴はゆっくり振り返った。洞野は照れくさそうに笑っていて、ちょっと頬が赤くなっていることにも気付いた。それを見たら、夏鈴の頬は綻んだ。まだ赤い頬のまま笑う。

「やったぁ」

 夏鈴が小さく呟くと、洞野も頬が緩んで笑顔を深めた。互いに笑顔で見合ったあと、互いに急に恥ずかしくなって目を反らす。互いに胸の高鳴りが収まらないなか、伊藤と四人の話が終わって、五人が二人に帰りを促そうとそちらを見た。そして、五人同時に「あ」と声が飛び出していた。

 もちろん、その声は小声ではなかったために、洞野と夏鈴が五人の会話が終了したという事は容易に気付く事ができた。

「……ふっ、二人はっ、ぶ、部活はどうすりゅんだっ?」

 分かりやすくあたふたしながら二人にそう訊ねる伊藤。それを聞いて腹を抱えて笑う伴野と舞野と弾田。

「私は部活は結構です…」

「そうかー、え、えーっとお…、ほ、洞野は?」

「結構です」

 遠慮気味に夏鈴が、ちょっと怖がりながら訊ねる伊藤が、抑揚一切無き返答を洞野が言った。伊藤は洞野の返答にちょっと怖がっていると、伴野が伊藤をどついた。

「いってえ!なにすんだよ、伴野ー」

 どつかれた時は本当に驚いたような顔をしていたが、すぐに苦笑いを浮かべた。

「イトッチ!洞野くんを怖がらないでよ、教師でしょ!」

「ほんとだよ、恐矢はいいやつだよ!」

 馴染宮も便乗して洞野を擁護する。伴野は結構本気で擁護しているらしく、頬を膨らませて、眉尻を上げていた。そうやってちゃんと守ってくれる人が夏鈴だけじゃなくて、どんどん増えていたことに、今日初めて洞野は気づいた。

 もちろん、洞野は夏鈴が守らないようになったわけじゃなく、この伊藤の一件も夏鈴は何か言いたげに口をつぐんでいた。

「う、分かってるんだよー、でもー」

 伊藤は頭を掻きながら言葉を濁す。その態度には流石に舞野も反応する。

「先生!ちゃんと中身見てあげてくださいよ!洞野くんは、不良じゃないし、悪い性格なんかじゃないです、むしろ聖人です!」

 擁護しながら、洞野をべた褒めする舞野。

「わざわざバイトの申し込みも俺に言ってきてるよ?授業態度も真面目だし、テストの結果は十分すぎるし…」

 それでもまだ、伊藤は洞野を見てはすぐに目を反らしていた。

 その瞬間に、教室内に大きな音が響く。机を手で思いっきり叩いた音。出処は洞野の隣、夏鈴だった。

「ど、どうしてみんな洞野くんをっ、そんな誤解するんですかっ!」

 叫んですぐに、我に帰ったが、言葉は続ける。

「わ、私だって最初は怖かったです…、でも先生だって知ってるでしょう?洞野くんが、入学式の後に遅れた理由…。もう一度保健室に来てくれて、帰り道を心配してくれたこととか、慰めてくれたこととか…。これのどこに、怖がるところがあるんですか…?」

 すべてを吐き出した夏鈴は、自然と涙がこぼれていた。今まで、こうやって本気で他人に意見を言ったり、擁護したことなど一度もなかった。だから、緊張したしこうやって言うことに抗議されてしまったらと思っていた。でも、洞野が悪者のような扱いをされるのは何よりも嫌だった。

 夏鈴が席に座って袖で涙を拭こうとしたとき、横から何かが差し出された。夏鈴がそれを頷きながら受け取ると、伊藤は俯いた。

「……イトッチ、夏鈴がこう言ってるんだから。洞野くんはいい人だよ。正直言うと、今洞野くんを警戒しているイトッチの方が私は怖いかな」

 伴野が正直に言うと、伊藤は顔を上げて夏鈴と洞野のもとに行った。伴野と舞野は伊藤がどんなことを言うか気にしていたが、そんな心配は必要なかった。

「ごめんな。二人とも」

 夏鈴と洞野の頭に手を置いて、心の底から謝った。

「お前らも、悪かった」

 そして、伊藤は四人の方を向いて謝った。弾田は少年みたいに笑う。

「いっすいっす、洞野を怖がってるのは頭に来てたけど、俺以外のみんなの方が怒ってるみたいだし、そっちに言ってやってよ」

「弾田も割と怒ってたくせに」

「みんな怒ってたよ!結局ね」

「一番怒ってたのは、きっと女川さんだろうけど」

 四人に笑顔が戻ると、伊藤は改め直し、洞野を見た。洞野もちゃんと伊藤を見る。

「ごめん、生徒を警戒するなんて教師にあるまじきだよな。お前はいいやつだもんな。泣いてる女川にハンカチ渡す紳士だし」

「あ、それ分かる!洞野くんって紳士だよね、イトッチも思ってたんだ!」

 やっと、担任と和解できた。そうやって心の底から安堵すると、伊藤も安堵したように笑顔になった。そして、いつもの熱血教師風の顔つきに戻ると、立ち上がった。

「さて、お前ら帰れよ!な!」

「はーい」

 教室を出ていく六人を見送っていると、最後に教室を出る前に洞野が止まった。

「これから、よろしくお願いします」

 そう言ってお辞儀をした。伊藤は歯を見せて笑った。

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こわいひと。 よこはらなづき @nadukiyokohara2

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