第6話 夏鈴の休日

(なにしようかな)

 高校入学して初めての休日。しかし、それを何かに費やす気は全く起きない夏鈴は、ベットの上で天井を眺めながらそんなことを考えていた。

 スマホを確認するが、ちょっとした日常会話程度の連絡しかきておらず、誰かと予定を組むこともなかった。日曜日は近所のスーパーにて買い物をする予定ではあったが、土曜日は本当に空いていた。

(うーん、暇だなぁ…)

 ベットの上でごろごろ転がって考えるが、やっぱりなにも浮かばない。それでも、ずっと家にいるのは不健康極まりないので外には出たいと思っていた。

 結果、最寄りの駅をぶらぶら回ることにした。精いっぱいのおしゃれをして、部屋を飛び出すと、すでにかなり高くにいる太陽が夏鈴を照らした。春を感じられる穏やかな気候に感動しながら駅に歩いていく。駅構内に入ると、休日のせいか家族連れが多くみられた。

 改札前を通り過ぎながらどこに行こうか考えていると、昨日の洋菓子店を思い出した。道のりは分からなかったものの、近くに地図があったのでそれを頼りながら洋菓子店の前についた。昼前なのに先にデザートを食べるのは変だと思った。隣にファストフード店があるのだが、昼ご飯をそこで済ましたら太ってしまうことを気にしてしまい、洋菓子店とファストフードの店の間でうろうろしていると、聞いたことのある声が話しかけてきた。

「あら。今日は一人で来たのね」

 少しびっくりしたが、振り返るとあの親戚さんだった。

「こ、こんにちは」

「あー、そういえば今日は恐矢くんはバイトだっけ」

「……そうなんですか?」

「そうなの。っていうか、ご飯食べに来たのかしら?」

「………まあ、はい」

「じゃあ、ちょっと待っててね」

「え?」

 そう言って親戚さんは走って戻って行ってしまった。何を待つ必要があるのかと、あたりを見渡すと、洋菓子店の営業時間が目に入った。午前と午後に区切られていて、ちょうどその間の休みの時間が今だった。恐らく昼休憩という所だろう。

 ちょっと待つと、ショーケースを回って人が出てきた。先ほどの親戚さんのピンクのエプロンとは違って、男らしさが前面に出た私服の人だった。

「じゃあ行こうか」

「ええっ?」

 見たことない親戚さんの格好に驚く夏鈴を横目に、親戚さんは容赦なく歩みを早めようとする。

「今日は体調悪かったりするのか?」

「あ……いいえ」

 口調も全く違って驚きが重なる。驚く夏鈴に気付いた親戚さんは困ったように笑って頭を掻いた。

「いや……ごめんね?店のときと結構違うでしょ?なんか癖でさ、営業時間内だとオネエみたいになるんだよねぇ…」

「そ、そうなんですか…」

「ギャップってやつだな」

 冗談めかして笑う親戚さんは、かなり男前で顔も整っていた。紹介してくれたレストランに着くまでに、ちゃんと親戚さんは血がつながっていることも教えてもらった。

「いやー、全然違うだろ?恐矢は小さい時から落ち着きあったからな」

 夜泣きもなく、いうこともちゃんと聞き、駄々は絶対こねない子だったらしい。手がかからない子ではあったが、心を開いてくれているのか不安だったといった。

「自分から何か提案するとか、喋りだすとかしなかったし…」

 さらに、一人でいたがるのもあったという。

「小・中学校のとき授業参観とか呼んでくれないし、学校の話もしなかったからな」

 学校内の様子も、先生に聞いたところ、誰とも関わらずに孤高を貫いていたという。それを察したように、周りも話しかけることはしなかったという。先生が本人に訊ねたときは、ジェスチャー程度でしか会話をしてくれなかった。

「だから、高校でも大丈夫なのか心配でー」

 そのため、昨日夏鈴を連れてきたことに驚いたと言った。

「いやー、よかったなって思ったよ」

「……でも、私でいいのかなって思いますけど」

 夏鈴が遠慮気味に言うと、親戚さんも驚いたように夏鈴を見た。

「ええ!?なんで?全然いいんだけど」

 そう言われても、夏鈴は自分に自信が持てなかった。親戚さんは困ったように夏鈴を見る。

「多分、恐矢にとって初めてのお友達だと思うんだけどな」

「………え?」

 夏鈴にとって荷が重いと思った。夏鈴自身も初めての友達ではあったものの、過去にいなかったと言われたらそうではなかった。小学校の頃でも少しは友達を作ることはできていた。

「………やっぱり、私でよかったのかな」

「いいよ!最初は君みたいな子でいいんだよ!」

 と、夏鈴を鼓舞した後、親戚さんは思い出したように夏鈴に訊ねる。

「そういえば、名前聞いてなかった。なんていうの?」

「あ、女川です」

「女川さん。下の名前は?」

「夏鈴です」

「夏鈴ちゃん!よっし、よろしくね。俺は…、達樹(たつき)って呼んで」

「………達樹さん」

「そ!俺そんな風に読んでもらった事無いや!うわー、嬉しいっ」

 見るからにテンションの上がる達樹と、その横でそれを無言で眺める夏鈴で駅構内を歩いて、達樹の勧めるレストランについた。見るからに高そうだった。

「………え?こ、こんなとこ」

「おごるから!大丈夫、ちょっとは贅沢しようぜ」

 親指をたてながら笑顔で達樹は夏鈴の手を引っ張った。店内も変わらず高級感が否めない雰囲気に、肩身が狭くなってしまう。

 そして、椅子の反発が自分の椅子より全然低いせいで、体が持っていかれてバランスを崩した。その様子を達樹は嬉しそうに眺めた。

「はい、メニュー」

 そう言って、達樹から手渡されたメニュー表を見て愕然とする。高そうなメニューの名前と、横に書かれた桁のおかしい数字に目が回る夏鈴は、思わずメニュー表を手放す。達樹は少し困ったように驚いた。

「え?そんなに困っちゃう?びっくりしたよ、慣れないかなぁ…」

「…………はい」

 達樹は困ったようにしていると、すぐに提案した。

「あのさ、俺が選ぶよ。口に合わなかったらごめんね」

「……あ、はい。お願いします!」

「じゃあっと…」

 達樹は何も言わず手を上げると、どこからともなく、華やかな、でも落ち着きのある服装の店員さんがやってきた。そして、達樹は意味わからない単語の組み合わせを口にして、それを二つ頼んだ。

 そして、料理が運ばれてくるまで、達樹がひたすら一方的に会話する。その中で、何度か過去の状況と、達樹の自責の話があった。

「俺の育て方が悪かったんじゃねえかなって、思ってて」

 頬杖をつき、苦笑いを浮かべながら、達樹は自身を責めた。目の前に夏鈴がいることをようやく思い出すと、改める。

「ああ、ごめん。こんな重い話してごめんね」

「いっ、いえいえ」

 達樹は頭を下げると、夏鈴は両手を振って否定した。そして夏鈴は続ける。

「でも、そんなに悪いと思ったことは、ないですけど…」

「え?本当?」

 達樹は思わず前のめりになる。丁度その時に、店員が前菜を持って来たので慌てて座り直した。店員が去ると、すぐに達樹は改めて質問をする。

「……どうしてそう思うの?」

 若干の店の雰囲気が残る口調で達樹は訊ねると、夏鈴は真面目な顔で答えた。

「……だって、助けてくれましたから」

 夏鈴は、もう痛みのない足を見てから、ちゃんと達樹に入学式のことを話す。全て話終わってから、改めて夏鈴は答えた。

「だから、大丈夫ですよ」

 笑って答えると、達樹は突然手で顔を覆い、すぐに鼻の付け根を指で押さえた。あまりの突然のことに夏鈴は困惑する。

「いっや…、だって、嬉しいじゃんか…」

 若干肩を震わせながら、達樹は小さく呟く。

 夏鈴はそんな達樹の様子を見て、本当に二人は似てないんだと思った。でも、根本的には何も変わらない、優しい人間なんだと思う。達樹は人のことを思いやり、自分のことは人のためならどうでもよくなってしまう人間。そして、それに似て自己犠牲を若干含んだ優しさを持った。

「うん、やっぱり君が恐矢くんの友達でよかった」

 達樹はちゃんと笑顔でお礼を口にする。しばらくして、店員さんが色々なメニューを持って来た。まだ前菜を食べていなかったため、四人用の机のはずなのに、二人分のメニューでいっぱいになった。

 やっと落ち着いた達樹は、またマシンガンのように会話をする。それに適度に相槌を打ちながら、前菜から順番に食べていく。豪華な見た目とは裏腹に、味は予想以上に優しくて夏鈴の口に十分に合った。おいしさに、手が止まらなかったが、夏鈴より先に達樹は食べ終わっていた。それを見て、夏鈴は慌てて食べるスピードを上げたが、達樹は「ゆっくりでいいよ」と笑って答えた。


「付き合わせちゃってごめんね!」

 レストランから出てきた足で、そのまま達樹の店へ向かう。レストランの代金は達樹持ちになって、会計時、夏鈴は申し訳なさそうにしていると、達樹は「いいっていいって」と笑って言った。

 それでもやっぱり申し訳なかった夏鈴は、店前で別れる前に口に出す。

「……ごめんなさい」

「へ?なんでよ」

「だって、払ってもらっちゃって」

「いいってば、俺が払いたくて払ったの。日本人だなー、夏鈴ちゃんは」

 そうやって笑って言う達樹が、次に出した言葉は、どこか聞いたことのある言葉だった。

「かけてもいい迷惑があるって、覚えておかないとね!」

 達樹の背中を見ながら、夏鈴は、やっぱり似ているなと思った。


 午前中を駅構内で過ごし、午後はどうするか困ったが、明日の買い出しの為に家の食材を確認しておこうと思い、家に戻ってきた。

 冷蔵庫と冷凍庫を開き、棚を確認して、買う必要のあるものをメモしていると、あっという間に時間が過ぎた。

 久しぶりにスマホを確認すると、連絡が入っていた。グループではなく、個人で。誰かと思って確認すると、舞野だった。

『洞野くんがグループに入らないよ!(泣)どうしてかな?連絡しても既読がつかないし…』

 どうやら舞野は相当困っていたらしい。しかし、これは午前十時に連絡が来ており、ずっと気付かなかったことに申し訳なく感じる。ラインを交換する相手がいなかったせいで、連絡確認をこまめにする習慣がついていなかった。

 その考えに至ったとき、夏鈴はもしかして、と思った。

『まだ、連絡が来ていること気付いていないのではないのでしょうか』

 送ると、すぐに既読がつき、連絡が来た。

『え?マジ?一日経っても気付かないことあるの?(驚)』

『私もそんなことあったので』

『そうなんだ!(考え中の顔文字)』

 夏鈴が返信を考えていると、それを待たずして舞野の連絡が入る。

『月曜日に聞いてみよ!洞野くんだったら、本当に気づいていないかも!?』

『そうですね』

 そして、舞野からの連絡は終わった。


 比較的、休日でも早起きの習慣がついている夏鈴は、午前中の暇な時間を余らしてしまう。出かけるにしても、昨日のように駅に行くつもりはなく、午後には買い出しに行かなくてはならなかった。

 何も考えずにテレビをつけても、面白くもないニュースやテレビショッピングがやっているだけで暇つぶしにできそうになかった。すぐにテレビを消して、スマホを見ても、誰からも連絡がなかった。

 ゲームをしたり、読書をしたりしても、簡単に時間は過ぎない。いつも実家には騒がしい兄がいたので時間は自然と過ぎていったのだが、独り暮らしの難点を自覚した。

 しかし、噂をすれば何とやら。突然携帯が音を出す。それにびっくりしてから携帯を手に取った。それを耳に当てると、相変わらず音量調整のおかしい声が飛んできた。

『夏鈴っ!大丈夫かーっ!?』

 思わず耳から携帯を突き放す。耳鳴りが少し収まってから、もう一度耳に当て直す。

「……お兄ちゃん…、何?」

『いや、愛しの妹が独り暮らしで、心配だったんだ』

 見なくても分かるくらいの笑顔が頭に浮かぶほど、嬉しそうにそう言った。

 夏鈴の兄である、夏生(なつき)は驚くほどのシスコンだった。夏鈴のことがあまりにも好きすぎて、過保護なほどに溺愛してきた。それは、夏鈴が高校生になり、夏生が社会人となっても変わらなかった。

『大丈夫か?ちゃんと食べてる?寝れてる?学校はつらくない?』

 そんな心配が何度も画面から飛び出しては夏鈴の耳に飛び込んでくる。夏鈴はそれを相槌だけで流す。夏鈴は毎度思うが、自分は自己主張が小さすぎると思った。

『ちなみに、友達はできた?一人になってないよね』

 と、今まで楽しそうに話していた夏生が、初めてトーンが下がる。過保護で溺愛する妹が、中学校に一切友達が作れなかったことが、相当心配する理由になってしまったのだろう。

「………うん、大丈夫」

 そんな心配は、小学校高学年からあった。そんなときも、全て先ほどと同じような言い方をしていた。「大丈夫」という言葉が本当に便利だと思った。

『………………ほんとに?』

 心の底から訊ねる心配が、電話越しから聞こえた。

『………お兄ちゃん、気付いてるよ。いっつも誤魔化してるよね』

「うん。誤魔化してる」

『馬鹿、誤魔化したってどうしようもないよ。ちゃんと教えてよね』

「うん。………だから大丈夫だって」

『大丈夫じゃないでしょ』

 夏鈴は、「大丈夫」という言葉が便利ながらに、不便だとも思った。上手く伝わらないのは日本語の悪い所だ。

「ううん、大丈夫」

『だから…』

「誤魔化してないよ。本当に大丈夫」

 夏鈴はちゃんと正直に伝える。夏生は言葉を詰まらす。

『だって…、ねえ』

「………大丈夫だって。いるから、友達。できたから」

『……………』

 しばらく、無言の時間が流れる。そして、突然大音量の夏生が飛び出してきた。また耳から携帯を突き放す。

『俺、来月夏鈴のとこ行ってもいい!?いいよね!?』

「えっ?」

『行くから、絶対行く!』

 一方的に決定したことを、夏鈴は断ることはしなかった。正直、電話口からじゃ夏生の信用を得ることができなそうだったから。人物がいた方がきっと信じてくれるだろう。

 だとしても…、会わせるにしても伴野や舞野ならいいのだが、洞野に関してはどう言うのだろうか。過保護な兄のことだから、異性と会わせると、色々誤解が生まれる可能性があった。ましてや、溺愛する妹と友達の男子など、どんなことが起きるか考えることができない。どうしようかを、来月までに決める必要があった。

『予定はまた教えるから!都合いい日とかも教えといてね!』

 ブツッと一方的に切られた。視線を携帯から時計に移すと、自然と時間が過ぎていた。もう昼過ぎ、急いで昼ご飯の準備をする。4月に入ってからすぐに引っ越しをした夏鈴は、春休み期間中に沢山作り置きしておいた。それがある冷蔵庫を開くと、もう一食分しかない作り置きがあった。

(今日作らなきゃいけないのか……)

 ちょっと溜息を吐いて、食事をとった。そして、作る時間も含めると、急いで買い物に出かけた。

 早足で数回しか来ていないスーパーに入った。自動ドアを抜けると少し騒がしい店内音楽と共に外と違う温度差に少し驚いてから、かごを手に取りメモを確認する。そしてその通りにかごに商品を入れて行く。

 慣れない場所のため時々商品がどこにあるのか分からなかったが、メモに書かれていたものは全て見つかって安堵した。安堵した足で会計に向かう途中でスイーツのある冷蔵スペースにちょっと目移りした。ただ、お金と体重の心配が生まれて諦めた。

 そして、会計を済ませる。重い袋を両手に持ちながら歩いて家に帰る。今がまだ夏じゃなくてよかったと思っているが、それでも辛かった。

 己の非力さを少し憎みながら、やっとマンションにたどり着いた。家の鍵を開けるために、片方の袋を地面に置いて鞄から鍵を取り出して、鍵穴に挿して回す。そこから扉を開けて入ると、疲れのあまり玄関に袋を勢いよく置いた。そして、玄関先にしばらく座り込んでからやっと靴を脱いで動き出す。

 時計を確認すると焦った。買い物の時間は一時間ほどで済ましたが、作り置きをする分には時間がギリギリだった。急いで袋を持ち上げて、キッチンに走る。急いで作り始めた。


「はあ、終わった…」

 夏鈴はベットに飛び込んだ。やっと作り置きが終わり、夜ご飯も食べ終わって、入浴も終わると気が抜けた。そして、ベットの上のまま携帯を確認すると、特にこれと言った連絡はなかった。スマホを充電器に繋いでから部屋の電気を消した。

 布団を被ると、目を閉じた。

 明日はちゃんと学校だから、早起きしないとな。と思った。

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