第5話 トモノと???

 伴野は、待ち合わせ場所の最寄り駅近くのカフェにいた。スマホを眺めると、今日の待ち合わせ相手が『遅れる』という内容のスタンプを送られているのに気づくと、仕方なくカフェオレを頼んだ。それを待つ中で、もう一度スマホを確認する。

「うー、まだ入ってないのかぁ…」

昨日作ったばかりのグループラインを確認し、夏鈴と舞野の返信を見る。そして、洞野を誘い忘れているのではないかと改めて確認するが、やっぱりちゃんと誘えていた。

「あれぇ…?」

 素っ頓狂な声を上げて、頬杖をついて首を傾げた。

 伴野はあまり人を疑いたくないのだが、嫌われているのではないかと不安になった。顎元に手を持っていき、じっくり考え込んだ時、我に帰った。

(ん…?なんでこんなに気にしてるんだ…)

 すぐにスマホを置き、考えることを辞めた時、タイミングよくカフェオレが来る。そのままカップに手を伸ばし、口をつける。

 心の中で「あー」と呟きながら、スマホに手を伸ばしかけ、すぐにひっこめた。早く待ち合わせ相手が来ないか、ひたすらに待っていた。約束時間はとうに過ぎている。遅れる旨の連絡はあったものの、30分連絡なしはさすがに不安になる。

『遅いねー、どうした?』

 それを送るとすぐに既読がついた。

『今電車乗った、もうちょいで着くから待ってくれ!』

 すぐにスタンプが来た。手を合わせ、困り顔の人だった。

 本当にちょっとしたら来たので、安心した。伴野は相手を見つけて笑う。

「おーそーい!」

「わりぃ、まじで。許してくれよぉ…」

 スタンプと同じ手を合わせて許しを請う姿は、本当に変わらない。伴野の幼馴染である馴染宮怜雄(なじみやれお)は、同じ高校ながら違うクラスになってしまった馴染宮は伴野にとっては、親友と言える数少ない存在だ。

 伴野自身、友達は多いし、全員信用も置ける人間で、人脈もかなり多い。連絡先も名前も顔も全員完璧に覚えている。もちろん、適度に連絡、会話をし、顔合わせもした。ただ、馴染宮のように頻繁に会ったり、二人だけで行動したりすることはない。馴染宮は貴重な存在ともいえた。

「ってか、先に頼みやがった!一緒に飲みたかったー」

「ええ?馴染宮、まだ店員呼べないの?」

「呼べるわ!舐めんなよ!」

「じゃあさっさと頼みなさいよ」

「………嫌だよ」

「ほら!」

「何がほら!だあっ!」

「何頼むのっ?」

「コーヒーだ馬鹿野郎!」

 伴野としても、馴染宮といるのは楽しいために、会っているようなものである。ちゃんと馴染宮の注文をしてから向き直すと、馴染宮が会話を続けた。

「新しいクラスはどうだよ。どうせ伴野のことだから、もう全員友達なんだろぉ?」

「そうだよ、馴染宮と違ってね」

「っせえ!俺がコミュ力無いの知ってるくせに!」

「ほんと、馴染宮ってそうだよねー。私の前だとこんな感じなのに、中学の時とかもクラス内だと、一人で本読んでさー」

「本が面白いんだよ!」

「わーかーるーけーどー、馴染宮は、もっと積極的に行こうよ!せっかく高校デビューで髪型変えて、前髪短くして、チャラくなったくせに」

「高校デビューとか言うな!見た目変えても中身はかえられねえっつーの」

 と、伴野はふと、『前髪』というワードである人物が浮かんだ。

「あー、でもさ…。記録更新したんだよ」

「なんの?」

「クラスメイト全員を友達認定するまでにかかった時間」

「え?何分遅くなった?」

「分じゃねー!どんな人間と思ってんの?」

「だって、かかっても2時間だろ?」

「今回は、三日かかったから」

「え……?」

 馴染宮は唖然とした顔をする。伴野は思わずむっとした。

「なに?中学までは、学区内の、割と知り合いの多かったりするでしょ?転校生もそんな多くなかったし。高校になると、色んな人がいるんだなって思ったもん」

「それでも、早いけどな。何?不登校とかいんの」

「ちーがーうー、仕方なかった子が一人と……。うーん、関わりにくい人が一人だったな」

「関わりにくい…。うっそだー、伴野に関わりにくいなんて、珍しい子だな」

「私に、じゃなくて、わたしが!」

「え……?」

 馴染宮はさらに唖然とする。

「マジ…、伴野が関わりにくい子…、さらに珍しいな」

「いや、マジで。昔の馴染宮みたいだった」

「やめろ、てめえ!」

「嘘、髪型はそうだったけど、性格は天と地の差だったよ」

「俺は天なんだな、やった」

「ちーがう!馴染宮よりは性格全然いいから」

「俺が悪いって言うのかよ!」

「その人全く口悪くないから!絶対嫌な事言わないから」

「ええ……、マジかよ」

「しかも、ちゃんと見たら、普通にかっこいいよ」

「……ちゃんと見たら?」

「そ。あ、じゃあ、週明けたら紹介するよ、馴染宮と性別一緒だよ」

「あ、男子かあ。じゃあいっか」

「女子だったらどうするつもりなの」

「もう、人見知り発動」

「男子でもそうでしょ?」

「っせえ!」

 そんな会話をして、馴染宮の提案で駅直結のショッピングモールに行くことにした。伴野は通りかかった服屋のすべてに入る。

「そんな見て、結局買わねーだろ」

「買わないけど、欲しいのあったら逃したくないし」

「だったら俺は本屋に行きたい」

「じゃあ、後で行こう」

「そう言って行かないだろうが…」

「行くよ、ちゃんと時間作ったんだからさー」

「……土日の予定幾つ入ってんの?」

「馴染宮抜いたら4つかな?」

「多いって、そんな入れて過労死しねーの」

「だから、馴染宮といるんだってー」

「俺は息抜きのためかよ。なんだと思ってんだ」

「わりかし大事なんだけどなー」

 伴野が何気なく呟き、馴染宮は呆れ顔で笑う。服屋で何も買わず出て来てから、伴野はまっすぐ本屋に向かった。基本、馴染宮は伴野について行くだけで、特に文句は言わない。お互いにそれは当たり前だと思いながら、普通に歩いていった。

「はい、約束」

「ん、さんきゅ」

 しかし、本屋では馴染宮が先導を切る。馴染宮は嬉しそうに小説コーナーを練り歩き、伴野はそれを眺めながら後ろをついて行く。そして、馴染宮が気に入った小説を手に取ってから会計に行く。

「ほんと、毎度買ってお金大丈夫?」

「いいんだよ!割と節約家だからさ」

「知ってるー、昔っからケチだもんね」

「ケチじゃねえよ」

 それでも、会計を済ませた馴染宮は鼻歌を歌って上機嫌な様子だった。

「馴染宮…、垢抜けたね」

「なんだよ!急にそんな事」

「今渋谷行ったら逆ナンされるかもね」

「逆ナンされたら、俺どうなるか知ってるだろ」

「知ってるー」

 知らない女子に話しかけられてあたふたする馴染宮を思い浮かべて、面白くなって声を押し殺して笑ってしまった。

「……んだよ!可笑しいことあんのか!」

「おかしい事しかないっ」

 逆に馴染宮がむっとすると、伴野が面白おかしい想像のせいでまだ笑いが止まらない様子に、馴染宮は心配になる。

「…………おい、笑いすぎだろ」

「だってさあ…、知らないさあ…、女の子にさあ……っ」

「はあ…、元をたどれば、伴野だって知らない女の子だったんだけど?」

「もう知らなくないでしょっ?」

「そうだけどさ…」

 やっと笑いの止まった伴野は、スタバに迷いなく入っていく。

「おま…、さっきカフェでカフェオレ飲んでただろ」

「飲んでたけど、スタバはフラペチーノがあるから」

「なんだよ、フラペリーノだか、ペペロンチーノだか。俺はやっぱりコーヒーが最高だよ」

「ほんと、口臭には気を付けてよね」

「糖分の塊ばかりを飲んでる伴野は、糖尿病には気を付けろ」

「ご心配どーもっ」

 馴染宮にとって意味のわからない単語の羅列を、伴野は嬉しそうに口に出す。そしてそれを当たり前のように聞き取る店員もすごかった。伴野より数倍分の一の短い注文をした馴染宮は、財布を出そうとする。

「あ、いーよ。おごる」

「は?悪いって」

「好意は素直に受け取れってお母さんに言われなかった?」

「お父さんに言われたからなぁ」

「教わってるじゃん、じゃあ受け取りなさいよ」

「じゃあ後で返す」

 伴野は財布の持っていない手で、馴染宮に席を取るよう促すと、馴染宮はため息を吐きながら二人用の席に座った。しばらくして、伴野は、馴染宮のコーヒーとそれより数倍でかい容器に入ったものを持って来た。

「……パフェかよ」

「パフェじゃない!」

 首を振って伴野は否定する。馴染宮は苦笑いをして、容器からのびるストローを咥えて吸い込む。伴野は、馴染宮より数倍太いストローで中身を吸う。

「飲みにくそ」

「馴染宮ってほんとに、現代の人か不安になるんだけど」

「現代に生きてるから現代人だ」

「頭の中は昭和で止まってそう。平成元年が最高かな」

「じゃあなんでスマホ持ってんだよ」

「ああ……。言い返せない」

 しばらく間。

「そういえば、週明けすぐテストあるよね」

「中学の範囲のやつだよな。めんどくせえ」

「って言っときながら、いつも私より点数取るくせに」

「数点の差だろ!」

「数点の差って結構違うよ!なにしろ、お互い学年一、二を争ってんだもん」

「勉強より友達と遊ぶ方を優先してた人に負けたくねーから」

「じゃあ私が勉強したら馴染宮に勝てるね!」

「うわ…。いつもより勉強しよ」

「大丈夫だって、私勉強する時間ないし」

「でも、高校にもっと頭いいやついるかもしれないだろ」

「一番でいたいの?」

「一番でいたいよ」

「じゃあ頑張りなよ」

 伴野が素直に応援すると、馴染宮は口端を上げて頷いた。

 

 正午になったのを確認した伴野は馴染宮に話しかける。

「じゃあ、私これから用事あるから」

「うっす」

「また、学校でね」

「学校で…?」

「は?もう忘れた?紹介するって言ったでしょ」

「……ああ、関わりにくかった人ね」

「そ」

「分かった、それまで心の準備しておく」

「必要かなぁ?」

「必要だからな!」

 そう会話を交わして、伴野と馴染宮は駅改札前で別れた。

 電車に揺られながら馴染宮は考える。

 伴野が関わりにくい人間。どういう人間なのか想像しておこうと思ったのだが、生憎伴野が関わりにくいと言った人間は一人もいなかったため、困ってしまう。困りながら考えていると、シンプルに馴染宮自身が関わりにくい人を想像していた。

(本当にチャラい人じゃないといいな)

 と思った。チャラい見た目にしてみたものの、自身はチャラい性格の人間はとても苦手だった。しかし、伴野がチャラい人間を関わりにくいということはなかったので、安心した。

(じゃあ、ほんとになんなんだ)

 結局馴染宮は、この土日を勉強ではなく、それを考えることに費やしてしまった。

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