第3話 トモノとホラノ

 今日も伴野と電車を共にしながら、夏鈴は眠い目をこすった。

「ねー、朝は眠いよねー」

 伴野は朝とは思えぬテンションで言った。

「はい…とっても、眠いです」

 夏鈴は、伴野の体力に驚きを隠せないまま、返事をした。返事後に、欠伸をしてしまった。それを見て伴野は笑った。

「えっへへ、私朝型なの。夜は弱いんだけどねー」

 伴野はまた胸を張る。それをみて、夏鈴はどうしても胸に目が行ってしまう。伴野はそれを見ると、胸を手で隠した。

「え?夏鈴、まさかそういう趣味…?」

「え?ち、違うよ!」

 夏鈴は慌てて否定すると、伴野はさらに笑った。そして、その笑顔のまま、話を変えた。

「おどちゃんが、洞野くんに話しかけたんだね」

「へ?あ、はい」

 『おどちゃん』が、夏鈴には一瞬誰のことを指しているのか分からなかったが、すぐに舞野の下の名前である『おどり』からとっていることに気付いて返事をした。

「おどちゃんって、どうやって話しかけてた?」

「話しかける…」

 夏鈴は、昨日のことを思い返す。

「話しかけるって言うよりは…、挨拶をしただけなので…」

「あー、そっか、挨拶からかー、やっぱそうだよねー」

「舞野さんはそれだけでした」

「へ?それだけ!?すご、さすがおどちゃん。コミュ力あるー」

 伴野も大概だと思いながら、夏鈴は頷いた。そして、昨日のことを思い返していると、思わず周りを見渡してしまった。

 洞野と家の最寄りが同じ駅だったこと、もしかしたら同じ電車に乗っているかもしれないということだった。でも、思い返せば、昨日の洞野は自分より少し遅く教室に入っていたことに気付いて、がっかりした。

「ん?夏鈴どーしたのー?」

 伴野が夏鈴の様子に気付いて、訊ねた。夏鈴は慌てて首を振る。

「なんでもないです……」

 そう言って見せたが、ちょっと落ち着きはなかった。


 電車を降りて、また手を引かれながら校門をくぐった。

「挨拶かぁー」

 伴野はそう呟いた。

「挨拶…、ですね」

「挨拶なんだよねー」

 伴野は頭を抱えていた。友達を作ることに慣れていた伴野ですら、洞野は近寄りがたい存在だった。どんなに落ち着いていても、一人狼を決意する人間ですら、話しかけ、信用を得て、友達になった。

 洞野は、伴野が今までに見たものとは違うと思っていた。落ち着いてはいるが、一匹狼でいたいがために雰囲気を出しているとは思えなかった。でも、近寄ると睨みつけられてしまうから、よくわからなかった。

「むずかしーなー」

 昨日聞いた夏鈴の話でも、洞野は不良とか殺人鬼とか怖い人間ではないことは分かるのだが、それでも一人を好まない人間かと言われたらそうとは言い切れない。たまたまそこにいて助けただけのこともあった。

 夏鈴は思い返すと、昨日、伴野に説明するとき、洞野に『友達になっていいか』と聞いたとき、ちゃんと『いいよ』と返してくれたことを話していなかった。

 だとしても、別にさほど影響はないだろうと話そうとは思わなかった。

 教室に入ると、机に連れていってくれてから、伴野は他のグループに呼ばれ、慌てて走って行った。

 文庫本を開いて、本を読み始めると、挨拶が降ってきた。

「おっはよー、夏鈴ちゃん!」

「あ、おはようございます」

 舞野の挨拶を笑顔で返すと、舞野は小声で話しかけた。

「…ほんとに、駅同じだった?」

「え?あ、洞野くんの家は、見てないから」

「そうかー、逆に洞野くんは夏鈴ちゃんの家が分かったってこと?」

「そうですね」

「そっかー」

 すると、舞野がニヤニヤ笑っていた。夏鈴はニヤニヤする理由が分からず、首を傾げた。

「んふ、そうだよね。夏鈴ちゃんはわかんなくていいよ」

 舞野は口元を手で隠しながら、そう言い残すと自身の机に戻った。夏鈴は本に目を戻すと、どこを読んでいたのか忘れてしまっていた。

 しばらくすると、やっぱり人に避けられながら洞野が隣の席に座った。

 ふと、伴野の方を見ると、伴野は洞野の方を見ながら困った顔をしていた。

「おはよう」

 横で声が聞こえて、そっちを見ると、洞野が挨拶をしていた。

「うん、おはよう」

 夏鈴は笑顔で挨拶を返すと、洞野はすぐには元の目線を戻さなかった。

「舞野……さん」

 洞野はどうやら夏鈴の後ろを見ているようだった。夏鈴はそちらに目を移すと、後ろに洞野が言った通り舞野がいた。

「おっはよ、洞野くん」

「……………おはようございます」

 舞野は笑顔で挨拶をして、洞野は真顔で挨拶をした。舞野は返事をくれるだけで満足したようで、すぐに走って行った。

「…………舞野さんって、あんな感じ?」

 洞野がそう訊ねてきたので、夏鈴は答える。

「…うん、そうだね」

「ふうん」

 洞野はただそう返事してから前を向いた。


 昼休みになって、ご飯を食べ終えたクラスメイトは自然と購買に向かったり、他のクラスに行ったりして、自然と教室内に人数が減ってくると、ずっと席に座っている夏鈴と洞野に舞野が寄ってくる。

「夏鈴ちゃん。足はどう?」

「えっと、割とよくなってきました」

「そっか、帰りにどこか寄らない?」

「私とですか?」

「夏鈴ちゃんと洞野くんと、心で!」

 舞野は満面の笑みを浮かべて、誘ってくる。

 夏鈴は不安であった。洞野と伴野はまだ会話をしていなかった。伴野自身もどう話せばいいかわからないし、洞野に至っては、悪く言うと同じクラスにいる女子というイメージしか持っていなさそうだった。

 もちろん、洞野は驚いた。突然自分の名前を呼ばれた上に、夏鈴と舞野と、誰かわからない『ココロ』という人物と一緒に寄り道をするという話をしている。思わず夏鈴と舞野の方を見てしまった。

 夏鈴は迷ったが、洞野と伴野がいいのか分からなかった。

「うーーん、わ、私はいいですけど…」

 自然と夏鈴は洞野に目が行くと、洞野は突然見られて驚いた。

「あのね、心にはもう言ってあるの!っていうか、心に提案されたから!」

「はえ!?そうなんですか…?」

 夏鈴はそう反応すると、舞野は笑った。そして、夏鈴の後ろを見た。

「洞野くんはどう?」

 洞野は迷う。夏鈴はいるものの、挨拶する程度の舞野と、話したこともない『ココロ』という人物で一緒に行く。それは、相当考えなくてはいけないことだった。気まずい考えも浮かぶのだけれども、先ほどの会話を考えると、『ココロ』という人物は自分を含めて誘っていることから、何かしら伝えなくてはいけないことがあったのではないかと考えていく。伝えなくてはいけないことを無下にするつもりはなかった洞野は、仕方なく頷くことにした。

舞野は笑った。

「よっし、じゃあ、放課後校門前に集合!」

 舞野はそう言う。そのタイミングで予鈴が鳴ったので舞野は慌てて戻った。


 校門にて、夏鈴と舞野と洞野は待っていると、伴野が驚くほど速い足で駆け寄ってきた。

「お待たせ!話してたら遅くなった!」

 伴野は満面の笑みを浮かべていた。夏鈴は慌てて頭を下げて、舞野は笑顔で手を振った。洞野はというと、三人の方を見ていなかった。伴野は洞野を見るが、話しかけにくいようで困った笑顔を浮かべていた。

「で、どこ行くの?」

 伴野と洞野の気まずい雰囲気を潰すように舞野が笑顔で伴野に訊ねた。

「あ、ああ、あのね、行ってみたいスイーツ店があってね!」

 無理やり作られたような笑顔のまま、道案内を始めた。舞野は自然と夏鈴の手を握って引いていく。洞野はそれに無言でついて行く。

 しばらく歩いて、大通りの横に沢山の店がある、街という感じのしてきた道のりを歩いてから、伴野が示した場所は、思わず舞野と夏鈴は二度見をした。

「「え?」」

「んー?なんか変?」

 道案内である程度ほぐれた伴野は悪意無い笑顔で、和菓子店を指さした。

「スイーツって…言ったよね」

 舞野は驚きを隠せないまま、そう呟いた。伴野は本当に驚いた顔を見せた。

「え!?饅頭とかスイーツって言わないの!?」

 伴野は天然だった。

 もちろん、その間も洞野は無言だった。夏鈴は適度に洞野のことを確認しながら、道を歩いていたが、乗り気のようには見えなくて不安だった。

「何名様ですか?」

 店員が訊ねると、伴野は「四人です」と答えた。店員に促されるままに席に連れていかれていた、気付くと、正面に伴野と舞野がいて、隣に洞野がいる状態になった。

「ねー、何食べる?」

 伴野が笑顔でメニューを差し出すと、名前だけでおいしそうなものばかりで選びにくかった。舞野も同じみたいだった。

「うーん、迷うなあ」

「だよねー!」

 舞野がつぶやくと、伴野は楽しそうに反応した。

「私も決められないです…」

 そんな会話をしていると、店員さんがお冷を持ってきてくれた。

 洞野は、目の前で女子三人が、楽しそうに選んでいる様子を見て、なぜここに自分がいるのか気になってしょうがなかった。場所と言ってもカフェとかの話だと思っていたのだけれど、まさか、普通に和菓子店だと思っていなかった。

 さらに、そのうち一人は会話もしたことのない人間だったから怖い。洞野は警戒心を高めた状態で店内を見渡した。そう、警戒心を高めるだけ高めていて、神経が敏感になっていたということだった。

「洞野くんは何にする~?」

 舞野が笑顔で洞野に訊ねる。あまりの不意打ちに、洞野は思いっきり肩を震わせ、声が自然と飛び出した。

「うわだっ!!!!?」

 すぐに洞野は口を押えて目を背けた。

 洞野の声から流れる店内の静寂な時間は、伴野の吹き出した音と笑い声で打ち消された。

「あははははははははは!あっはははは!」

 伴野がお腹を抱えて笑った。夏鈴も洞野の見たことない驚き方にくすっと笑ってしまい、舞野も伴野につられて笑った。

「あはははっ、そっか、洞野くんも男の子だもんね!女子の中にいたら、そうなるよね!」

 伴野がそう言うと、洞野は両手で顔を覆い隠した。舞野は笑いが止まらない。

「も、う、やっだ…、息、でっ、きな、い」

 舞野が途切れ途切れに喋る。

「そんな驚くかなぁ…」

 思わず夏鈴もそう呟いた。

「洞野くん、ごめんねっ!」

 伴野は、机に前のめりに体を預け、洞野にそう言った。洞野は、両手を顔から離し、胸のあたりに持っていく。

「私、勝手に洞野くんのこと誤解してたっ。なーんだ、普通の人だよねっ」

「…………」

 どんどん、自己解決をする伴野についていけず、洞野は茫然とする。舞野はまだ笑っていて、いよいよ呼吸困難になってしまうのではないかと、夏鈴は不安だった。

「うん、ごめんね。話しかけにくいって思ってたけどさ、勝手に私が壁作ってただけだったね。………ごめんね」

 伴野はちゃんと洞野に謝罪する。洞野はそれを無視するようなことはできないので答える。

「…………別に、いいです」

 伴野はほっとしたような笑顔を浮かべると、訊ねた。

「何食べたい?」

 改めて、洞野に訊ねる。洞野は初めてメニューを見る。

「私は決めたよ!夏鈴とおどちゃんは?」

「……いや、あの。舞野さんが」

 夏鈴は慌てて伴野に言う。舞野は「ひーひー」悲鳴を上げながら、腹を抱えている。

「待って、おどちゃん死ぬんじゃないの?」

「ですよね…」

「ねえねえ、おどちゃん。おーどーちゃーんー」

 伴野が舞野の肩を叩く。舞野が落ち着くまで夏鈴は食べるものを決めておこうとすると、洞野が夏鈴の肩を叩いて呼んだ。

 夏鈴は流れるように洞野の方を見ると、洞野はスマホの画面を見せていた。よく見ると、メモアプリを開いて文字を打ち込んでいたようだった。

『ココロさんの名字って何?』

 それだけ打ち込まれていた。スマホの後ろには洞野がじっと夏鈴を見ていた。もちろん、洞野を知らない人なら、ホラー映画のワンシーンみたいな状態になってしまうが、夏鈴はそんなことは特には思わなかった。

 正直、なぜ洞野がわざわざスマホを出してまで、こうやって伝えてきたのか気になってしょうがなかった。もしかしたら、会話の内容を知られたくなくてそうしたのかもしれないと思った。今伴野は舞野に夢中で、舞野は笑いすぎてそれどころではないみたいだった。だから、声ではなく視覚で伝えたかったのだろうと思った。でも、スマホを取り出すにしても、時間をかけてしまうと考えた。

 ならどうしようか。と、考えている時間も無駄だと思った夏鈴は、自然と行動に出た。

 洞野の耳元に、顔と手を近づけた。洞野は何が起きたかなど分からなかった。

「……トモノ、さん」

 小声で夏鈴は洞野に伝える。夏鈴の吐息と声が耳元で感じた時、洞野は感情が右往左往した。困って喜んで困って嬉しくなって恥ずかしくなって、自身で感情の整理ができなくなってしまった。

 夏鈴が近づけた顔を離すと、洞野は夏鈴のほうに勢いよく向く。いつもは真っ白なままの頬も、驚くほど赤く染まっていた。夏鈴はそれを見た時、自身の頬も真っ赤になる。それを、伴野と舞野は見事に見ていたのがとんでもない。

 伴野と舞野は、お互いを見てから、すぐにニヤーっと笑った。

 そして、改めて伴野は二人に訊ねた。

「何、食べたい?」

 夏鈴と洞野は正面を見て、答える。

「「あんみつで……」」

 同じタイミングなのが、舞野の笑いの誘いになった。また舞野は腹を抱えて笑った。

「ちょっとー?決めてないのおどちゃんだけだよー?」

 伴野は舞野の肩を揺らすと、舞野は震える手でメニュー表を指さした。

「あ、オッケー。店員さーん」

 伴野は慣れたように店員を呼び、注文を口にしてから、正面を向いたままの夏鈴と洞野を見た。思わず笑いをこらえきれずに漏らしてしまう。

「ふふ、いや、なんか笑っちゃった」

「…え?なんでですか?」

 夏鈴はそう訊ねると、伴野は含み笑いで首を振った。

「んーんー、なんでーもなーいよっ」

 夏鈴は首を傾げた。

 しばらくしてそれぞれのスイーツが来ると、伴野と舞野は嬉しそうに声を上げた。

「うわーおいしそ!」

「和菓子を侮ってた…!」

 舞野はあんみつに色々乗っていた。伴野はわらび餅だったり、饅頭だったり、どら焼きだったり何でもありだった。夏鈴と洞野は普通のあんみつだった。夏鈴は、違いにびっくりしていた。

 おいしそうに二人が頬張っている様子を見ると、自分も食べたくなってくる。スプーンに色々な、名前がよくわからないものを乗せて口に入れると、甘い香りと柔らかい食感が感じておいしかった。

「おいっしい!」

 舞野がそう叫ぶと、伴野も頷く。夏鈴もつられて頷いた。

 洞野は一切のリアクションはなく、黙々と食べている。おいしいと感じているのか、もしかしたら乗り気では一切なかったのか、伴野は不安に感じていた。


 全員が、食べ終わって、それぞれの代金を払ってから店を出た。

「夏鈴ちゃーん、どこか行きたいところある?」

「うーん、どこか…」

「一緒に服屋行こうよ!」

「あ、うん!」

 夏鈴の捻挫をすっかり忘れた舞野は、夏鈴の手を引いて走って行く。そのあとに店を出てきた洞野と伴野は歩いて行く。伴野は舞野と夏鈴の様子をほほえましく見ていた。しばらく見ていた後に、伴野は洞野の方を向いた。

「今日は、嫌だった?」

 洞野にそう訊ねた。伴野は返答が少し怖くもあったが、やっぱり普通の男の子だと思った。「………ううん。おいしかった」

 少し口端を上げた洞野を見て、伴野は心底安心した。そして、口端を悪戯気味に上げた。

「私、分かるよ。まだ会ってから三日しか経ってないのにね」

「………?」

 洞野はよくわからず首を傾げると、伴野はさらに笑った。

「夏鈴のこと。本人には黙っておくからね」

 洞野は頬を真っ赤にした。伴野は口元に人差し指を当てて、くすっと笑った。

「なーに、分かってないと思ってた?」

 洞野はゆっくり頷いた。伴野は洞野の前に走って行った。

「えへ、応援してるからね!」

 伴野は笑った。

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