観察

 淳はベッドから一旦身体を起こして、先のゲイブとの会話を思い出していた。


 そして考えをまとめようとしてみた。しかし彼の場合、多くのことをまとめようと集中すると、決まって何か他のことが気になりだして、結局何もまとまらないことが多かった。今回も既に集中力を欠いていたため、彼はぼんやりと部屋の壁を見ているだけとなり、視線は徐々に下へ下へと下がっていった。


 気が付くと、淳はワックスのよくかかった灰色のタイル張りの床を見つめていた。


 タイルは所々ひび割れが入っているようなデザインをしている。それらの中に、数本の曲線が細く描かれているものがあった。


 淳は床に顔を近づけて、それをよく観察してみる。


 それは、髪の毛だった。指でつまみ上げてみると、淳のものよりも少し長く、茶色がかっていた。


「掃除のレベルは、高くはないな……」


 淳はそのままの姿勢で顔だけベッドの方へと向けると、ベッドの裾が目に入った。


 ベッドの裾は床に付くか付かないかという、ギリギリのところで保たれている。時折、窓から入ってくる風か何かで僅かに揺れていた。


 彼は姿勢を更に低くしてみたが、裾と床の間は暗くてよく見えなかった。


 淳は顔を上げて、パソコン用作業台に置いてある電話のデジタル時計を確認する。七時二十分。彼がこの部屋へ入って既に一時間近くが経過していた。


 彼はふと部屋を見回すと、耳を澄ましてみた。


 壁が厚くできているのか、少し開けられていた窓から入ってくる雑音が僅かに聞こえてくる以外は、ほぼ無音だった。


 淳は窓を完全に閉めた。息苦しいほどの完全なる無音が部屋を支配した。


 突然、彼は激しい空腹を感じた。そして、葡萄園での仕事が終わってからここに来るまで、何も食べていなかったことを思い出した。


 ジーンズの後ろポケットに触れて、入れたままのカードキーを確認すると、淳は部屋を出ようと立ち上がった。


 部屋を出る前、彼は振り返って改めて部屋をよく観察した。


 特に何の変哲もないプライベートルーム。部屋の中には当然のことながら、淳以外の人間はいない。


 窓を閉めたためか、先程まで僅かに揺れていたベッドの裾は完全に静止していた。



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