ポール


 淳がフロントへ戻ると、ゲイブが嬉しそうに笑顔で待っていた。

「あっ、ジュンさん! お部屋はいかがでしたか?」

 そう言いながら、フロントの青年はカウンターの下から茶色い紙袋を取り出して淳の目の前に置いた。

「これは何ですか?」

「軽食セットです。と、言っても簡単なサンドイッチですが……。先程のチェックイン時にお渡しするのを忘れていました。大丈夫です。料金は宿泊料に含まれております」

 淳はお礼を言って茶色い紙袋を受け取った。

「あ、そうだ! さっきアヤカさんがあの部屋に忘れ物をしていったって言ってたけど、何を忘れていったんですか?」

 背の高い青年は、眼鏡の淵を抑えると真剣な表情を浮かべた。

「確か、アヤカさんがチェックアウトした翌日に、清掃に入った方がフロントに届けてくれたんですが……それから私はすぐに彼女の携帯に連絡しました。しかしなぜか繋がらなくて……」

 そのとき、カウンターの奥の扉が開いて、大柄な男が姿を現した。

「おい、ゲイブ。交代だ」

 男は大きな身体をフロントの小さな椅子にドスンと乗せると、椅子をゲイブの傍にあるパソコンのすぐ近くまで引きずっていった。

 ゲイブは咄嗟にパソコンから身体を離すと、男との衝突を避けた。

 男は気にする様子もなく、カタカタとキーボードを叩き始める。

「ボンジュール、ポール。もうそんな時間? ではまた……」

 ゲイブは腕時計で時間を確認すると、礼儀正しく淳の方に会釈をする。そして、カウンターの奥の扉へと消えていった。

 ポールと呼ばれた男は淳を気にするでもなく、黙々とパソコンのキーボードを叩いている。

 今やってきたこの男に、彩夏のことを初めから説明するのは面倒だと感じた淳は、取り合えず一旦部屋へ戻ることに決めた。

 しかし彼がフロントを離れようとした瞬間、男は声をかけてきた。

「日本人か? 最近は多いな……」

 淳は少し驚いて声の方へ視線を向けた。

 男の視線はパソコンから離れ、淳の方を真っすぐに見ていた。彼は疲れ切っているような表情を浮かべている。

「そう……なんですか?」

「ああ、ここ一、二か月でオレが知っている限りでも、十人以上は泊っていったな」

 ポールはそう言って少し笑った。

 淳が適当に相槌を返してフロントを去ろうとしたとき、彼はまた何か小声で言った。

 しかし、淳はそれには何も答えず、自分の部屋へと戻っていった。

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