プライベートルーム


「何となく、流れに任せてここまで来ちゃったな……」

 淳はプライベートルームのドアの前でひとり呟いた。

 ゲイブの話によると、この部屋は二週間前に彩夏が泊まっていた部屋だそうだ。

 彼はよく好んで『何となく』という言葉を使った。特に理由はなかった。しかし、彼はそれを自分にピッタリな言葉だと思って気に入っていた。

「いつだって『何となく』……だな」

 淳は再び呟いた。そうすることで遠い昔の誰かを思い出していた。

 彼は我に返ると、ゲイブから受け取ったカードキーでロックを解除した。そして、部屋に入るなり一番にベッドに倒れこんだ。

 葡萄園での仕事でクタクタに疲れていた上に、ゲイブの話は長くて所々淳を試すように仏語を混ぜて話すため、相当な集中力を必要とした。

 彼は何度も意識が飛びそうになるのを必死で堪えなければならなかった。

 しかし、ゲイブが何処となく淳の知っている誰かに似ていたためか、話を無理に終わらせることがどうしても出来なかった。

 目を閉じると、そのまま眠ってしまいそうだったので、淳は身体を起こして部屋を観察した。

 広さが十五平米程度。窓際にダブルベッドが置かれ、寝転がって見られる位置にフラットパネルテレビが設置されている。ベッドのすぐ脇には小さなパソコン用作業台に椅子。そして、キッチンスペースには、ミニ冷蔵庫、電子レンジ、電気ケトル、紅茶に珈琲のインスタントパックがトレイの上にきちんと並べられていた。

 淳は早速電気ケトルでお湯を沸かし、トレイの上の珈琲のインスタントパックをひとつ使ってみる。珈琲の香りが疲れていたことを一瞬忘れさせてくれる。

 覚醒した頭で淳は先ほどのゲイブの話をもう一度よく思い出してみた。

 確か淳がゲイブにお礼を言ってフロントを後にしたとき、カウンターに立ててあったデジタル時計は既に六時半を表示していたのを思い出す。つまり一時間以上、二人はフロントで立ち話をしていたことになる。

 淳はそんなことをうんざりと思い出しながら、珈琲をゴクリと一口飲む。そして、ベッドに仰向けになり目を閉じた。

 ゲイブとの会話から得られた多くの情報を、必要な情報と、そうではない情報に分ける。フロントでの会話が、ゲイブの声が彼の頭の中に蘇ってくる。


「アヤカさんのことはよく覚えています……」

「近未来の宇宙が舞台で……」

「何度もこのシエル・ノアールへ友達に会いに来ていました……」

「すごい迫力でした……」

「友達の名前は、たしか……」

「実は小さいときに見たことがあって……」

「夏の間、一か月に一回か二回、不定期で個室を特別価格で提供しているんです。アヤカさんも何回かお泊りになられました。確か二週間前も……」

「日本へ行くことが夢なんです……」

「ちょうど今週も特別価格で提供しています。アヤカさんは二泊する予定だったんですが……」

「今はここでお金を貯めて……」

「フロントではスナックやドリンクも販売しております……」

「ジュンさんも良かったらどうですか……」

「友達と一緒に行こうって計画しているんです……」

「あ、そういえばアヤカさん、あの部屋に忘れ物していったんだ……」

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