第33話

「……」

 無限に広がる闇の中を彷徨い続ける、そんな悪夢を見ていた陸を太陽のような輝きが覆い尽くし、その光が陸の覚醒を促した。

「――――」

 そして、その光を感じるのと同じタイミングで、身体にのしかかっていた重い何かが消失したことにより、陸は朦朧とした意識のまま。

 ……朝か?

 と、一瞬考えてしまったが。

「――――!」

 そんなわけがないと、陸は直前に起きた出来事を思い出し、飛び起きた。

「――――」

 そして、闇夜の中、陸は改めて状況を確認する。

 ……ここは路地裏で、俺はエントと一緒に鵺を探して、それで……。

「真っ黒な何かを見つけて――――」

 あの黒い塊はどこにいった。と、陸は自分にのしかかっていた物体が姿を消していることを疑問に思い、左右に視線を向けると。

「――――陸さーん!」

 と、大声で自分の名を呼びながら近づいてくるエントを目にした。

「エント、か……?」

「はい、エントです。それよりも、陸さん、怪我とかはしてませんか?」

「ああ、俺は大丈夫だ」

 エントも大丈夫そうだな。と、陸は元気そうな顔をしているエントに話しかけようとしたが、その直前で。

「――――」

 陸は、エントの右腕にまったく力が入っていないことに気がついた。

 そして、そのだらんとした右腕、太陽のような光、急に消えた黒い塊という三つの要素が陸の頭の中で繋がり。

「エント、まさか、またあの力を使ったのか」

 陸は現状を理解し、怒りに近い感情の籠もった声を上げた。

「あ、ははは……」

 陸の激しい感情を受け、自分の取った選択について、どう話せばいいだろうかと迷いながら愛想笑いを浮かべていたエントだったが。

「――――」

 陸の背後で、何かが蠢いたことを視認したエントは一気に表情を引き締め。

「……すみません、陸さん、その話はまた後で」

 陸との会話を中断し、エントは、その蠢いた何かに近づいていった。

「なっ、おい、エント……!」

 そして、エントが何を見たのかを知らない陸は、理由も言わずに何処かに行こうとしているエントを止めるために大声を出しながら、振り返り。

「………………は?」

 それを見た。

 ほんの数メートル先の暗い路地裏で横たわっている物体があった。

 それは獣だった。

 猿の頭に狸の体、虎の手足に蛇の尾を持つ獣、それを人は。

「……鵺」

 と、呼んだ。

 鵺と思われるその獣は、時々痙攣するように身体が動いていたものの、生命活動を行っているようには見えなかった。

 そんな瀕死、否、死んでいる鵺に向かってエントは歩いていき、鵺の前でしゃがみ込んで。

「――――」

 左手を迷うことなく鵺の身体に突き立てた。

 鋭利な刃物のように鵺に突き刺さったエントの左手は、そのまま鵺の肉体を切り裂き、傷口が大きく広がった鵺の身体からは大量の赤い血液が溢れ出る、ことはなかったが。

 銀色の液体がドロドロと流れ出した。

 粘度の高いその銀色の液体は、路地裏の地面に広がり、一瞬だけ強く輝いて、その後は徐々に色が失せていき、銀色の液体はすぐに只の水溜まりのようになった。

 そして、銀色の液体が全て出た鵺の身体は、破裂した風船のようにくしゃくしゃになって、そこら中に散らばり、風が少し吹いただけで粉々になり何処かに飛んでいってしまった。

 そして、今の路地裏には、ほんの数分前まで鵺がいたという証拠は跡形もなく消え去っていた。

「――――」

 その一部始終を呆然と見つめていた陸であったが、パトカーのサイレンの音が耳に入ったことで我に返り、いつの間にか立ち上がって陸を見ていたエントに視線を向けた。

 そして、パトランプの赤い光に照らされたエントは陸に向かって微笑み。

「誰かが暴走トラックを見て、通報したようですね。ここは少し五月蠅くなりそうですから、別の場所で話をしましょう」

 ここから離れようと、陸を誘った。

「……」

 その時、その瞬間だけ、エントから鵺以上に得体の知れない何かを感じ取ったような気がした陸は、ただただ、頷くしかなかった。

 それから陸は鵺だった水溜まりに一度だけ視線を向けたが、その後は振り返ることもなく、前を進むエントについていった。


 この夜の出来事は、一夏の怪談として、陸の心に強く刻まれた。

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