第31話
昨日、陸とエントが暴走トラックと遭遇した時間帯になって、人通りが殆どなくなった頃に、エントは動き出し、陸はエントについていった。
そして、とある場所でエントは足を止め、後ろを歩いていた陸に。
「陸さん、すみませんが、これから私が手に書く言葉を使って、文章を作り、その文章を声に出して貰えますか?」
そんなよくわからない指示を出した。
「? ……ああ、別に構わないが」
「ありがとうございます。では……」
そして、エントは自分の手のひらに指で、走、という漢字を書き、その後に、者、という漢字を書いた。
「……」
走者という言葉を使って、何か話せばいいのか、と陸は理解し。
「そういえば、俺、前に野球部の試合を見学したことがあってさ、その時に一人、凄い走者がいたんだよ。あれは何年生だったんだろうなー」
本当に適当な文章を頭で作って、それを声にした。
「……」
陸がその発言をした後、エントが暫くの間、周囲の様子を窺っていたが。
「……反応無し」
そう呟いたエントは視線を陸に集中させ、真剣な表情のまま。
「陸さん、ここからが本番です。少しだけ、気を引き締めてください」
陸にそう忠告すると、エントは大きく息を吸い。
「……貴方たちは創者を憎んでいるようですが、知ってます? 創者もかなり、貴方たちを憎んでいるんですよ?」
その言葉を夜の闇の中に投げ込んだ。
「……」
走者と創者。意味は違えど、発音は同じその二つの単語。
「……」
例え、音が一緒であろうともその違いを聞き分けることなんて、造作もない。と言うように。
「――――」
闇が鳴き声を上げた。
唐突に響いたその低く、不気味な音を聞いた陸は。
「……嘘だろ」
トラツグミの鳴き声だ。と、呟いた。昨日の時点ではわからなかったが、今日はデバイスで鳴き声をしっかり確認してきたため、その鳴き声がトラツグミの鳴き声であることを陸は理解できたのだ。
「どうやら、私が創者と言った時、更に夜という状況下でしか襲ってこないようですね。……ま、今日で終わらせますから、出現条件の分析は必要ありませんけど」
そして、こうなることが予測できていたエントに詳しい説明をして貰おうと陸が声を上げようとしたが。
「陸さん、動かないでください。――――来ました」
その前に、エントに動くなと陸は言われ、身体の動きを止めた陸は、視線だけを動かし、それを見た。
「――――」
それは――――昨夜の再現だった。
無灯火の巨大なトラックが百キロを超える速度で陸たちに向かって迫ってきており、トラックは減速することもなく、そのまま、突っ込み――――
トラックは、コンクリート塀に衝突し、車体を大きく歪ませた。
「……また、無人のトラック」
今、陸とエントがいる場所は、狭い横道を通らなければ入ることのできない路地裏だった。陸は路地裏の奥から、昨日の再現のように狭い横道の入り口に衝突し、そこから前に進めなくなった無人のトラックを見つめていた。
「万が一、他の乗り物、バイクなどで襲ってきた場合も考え、逃げ込むビルの目星も付けておきましたが、必要ありませんでしたね。……ただ、部品を一部再利用したとはいえ、一日で同じトラックを造り上げるのはかなりマズい力です。これから力を付ける可能性を考えると、放置は絶対にできませんね」
一週間後にどんな化け物になってるか、想像したくもありません。と、冷静に語るエントに今度こそ、これはどういうことなのかを聞くために陸は声を上げた。
「エント、これは一体――――」
「では、陸さん。先程から話していた通り、――――鵺退治を始めます。陸さんはここで待っていてくれてもいいんですが、もし手伝ってくれるようだったら、トラックに攻撃される可能性のある大通りには絶対に出ないでトラックを操っていると思われる鳴き声を頼りに鵺を探してくれると助かります」
大通りはトラックがまともに動かなくなってから私が調べますので……! と、陸の疑問を聞いている暇はないというように、陸の声に被せてエントは自分のこれからの行動を説明し、可能ならば手伝って欲しいと言って、その場を去った。
そして、その場に一人残された陸は、頭を二度、三度強く掻いてから。
「ああ、わかったよ……! とにかく鵺を探せばいいんだな……!」
その場から走り出し、路地裏を調べ始めた。
「……」
そして、陸は鵺が発していると思われる独特の鳴き声を聞きながら、鵺の姿を探し回ったが。
「……」
……いやいや、いるわけがない。
少し冷静になった頭で考えを改め、足を止めた。
陸はここに鵺はいないと思っている。ただ、そのいないという意味は、今までとは違っていた。
それは、鵺が存在していないという意味ではなく。
……鵺が創者って言葉を聞いて、エントを見つけたっていうなら、鵺は少なくともこの町の何処かに潜んでいたってことだろ。監視カメラが少ないとはいえ、観光客もいるこの町で鵺みたいな化け物がいたら絶対に見つかって話題になっているはずだ。
陸は自分の頭でイメージしている鵺がこの辺りにいるわけがないと考えたのだ。
猿の頭に狸の体、虎の手足に蛇の尾。それが鵺の姿だと言われている。身体の何処を見ても特徴だらけなそんな怪物が誰にも見つからず町の中を動き回れるわけがないと陸は思った。
そして、次に陸が考えたのは鵺が地上以外にいる可能性である。水の中を泳いだり、空を飛んでいれば人に見つかる可能性は大幅に減少するからだ。
だが、鵺を構成する身体のパーツは陸上にいる生物のものばかりであり、飛行能力や水中適正を持っているとは思えなかった。
……となると、鵺の姿が全くの別物か、姿を隠す術があるってところだが……。
姿が全く別物であるなら探しようがないし、姿を隠しているなら、見つけられない。
……これは、ひょっとしなくても。
「……手詰まりだ」
エントが何か秘策を持っていない限り、鵺は見つからないと思ってしまった陸は、祈るように雲一つない星空を見上げ。
「……雲?」
陸はあることを思い出した。鵺について調べた時、鵺は暗雲や真っ黒な煙の中から現れた。という表現が多かったということを。
「――――!」
陸はもう一度空を見上げ、夜空に雲が一つもないことを確認した。
……暗雲はない。となると……。
「……」
陸は先程までとは全く違う形をしたものを見つけるために、注意深く周囲を見渡した。
そして。
「――――」
それを見つけた。
路地裏の片隅にあったそれは夜の暗さよりも遙かに暗い、闇、としか言い様がない物体だった。
「……これが鵺……?」
何処から響いているのかもわからなかった鳴き声も、その闇の前に立つと、鳴き声が僅かに近くなったように感じたが、まだ曖昧であり、目の前の闇が鵺であると確信を持ってエントに報告するために、陸はもう一歩前へと足を進め。
その行動は間違いであったということを、思い知ることとなった。
「――――な」
陸は急に動き出した闇にあっという間にねじ伏せられ、その闇にのしかかられた。
闇の下敷きになった陸は、猿の頭に睨まれたり、虎の爪に切り裂かれたり、蛇の尾に噛まれることはなかったものの。
「かっ――――」
闇に全身を強く圧迫され、すぐに呼吸ができない状態に陥った。
何とか陸は脱出を試みるも、手足が特に強く押さえつけられていたため、身体が全く動かせず。
「――――」
三十秒も経たないうちに、陸の意識は朦朧とし始め――――。
「――――陸!」
朦朧とした意識の中、陸は声を聞いた。
自分の名を叫ぶ声、その声の主を確かめるため、陸は他の部分に比べれば拘束が緩かった顔を動かした。
「……」
そして、自分の名を呼び、自分を見つめてくれている姉の姿を確認した陸の表情は、とても穏やかなものになった。
「……」
……本当に姉さんは俺のことを、いつも、見ててくれたんだな。
そして、そんなことを思いながら、陸の意識は闇へと沈んだ。
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