その思いは義務でも責任でもなく

第30話

 薄闇の中、一人の少年が自販機に硬貨を入れ、ボタンを押し、また硬貨を入れて、ボタンを押した。そして、少年はよく冷えた缶コーヒーを二本取りだし。

「ほら」

 近くにいた白い髪の女性に缶コーヒーを一本、手渡した。

 そして、少年は不機嫌とまではいかないが、納得がいかないという表情を浮かべながら缶コーヒーを開け、一口飲んでから。

「まさか、二日連続で夜に出歩くことになるとはなあ……」

 と、隣の白い髪の女性に向けて愚痴をこぼした。

「だから、私一人でもいいと……」

「そんなのダメに決まっている」

「……ですよね」

 色々とすみません。と、白い髪の女性は少年に謝ってから缶コーヒーを開け、一口飲み。

「――――」

 みゃあーと、猫が尻尾を踏みつけられた時のような声を発しながら、顔をくしゃくしゃにした。  

「……無糖ダメだったか?」

「……正直、この刺激は好みではないですね」

 姉さんは普通に飲んでたんだけどな。と、少年、陸は少し驚きながらも、白髪の女性、エントのために、自販機で砂糖と牛乳の入った缶コーヒーを追加で購入した。

 陸とエントは今、昨夜と同じように夜の町に出ていた。だか、今日は夢岸や因幡と合流する予定はなく、完全に二人っきりの行動である。

 何故、そのような行動をしているかというと、今日の昼、駄菓子屋で当たり棒と新しいアイスを交換してきた夢岸が妖怪話の続きをしようとしたところ、妖怪話に飽き飽きしていた因幡に強硬手段、『これ以上その話を続けたら、三時のおやつは無し』を発動され、話したいことを話せなくなった夢岸は意気消沈し、そのまま解散となった。

 そして、夢岸と因幡が因幡の家へ向かうのを見送った後、陸はエントと共に自宅へ向かって足を進め、その道中で陸は、駄菓子屋の前でエントが言った、『鵺に命を狙われているかも知れない』という言葉の意味を尋ねると、エントは、今日の夜、また外に出たい。と言うだけで何も答えてくれないまま、今に至る。

「あ、この刺激は良い感じです……!」

 甘い缶コーヒーはお気に召したようで、ニコニコと笑みを浮かべながらエントはコーヒーを飲み始め、その様子を見ながら、陸は二本目の無糖の缶コーヒーに口を付けた。

「それで、エント。家に帰った途端に、君が鵺や他の色んな妖怪幽霊を知りたいって言い出したから、デバイスで一緒に調べてたらいつの間にか夜になってしまっていて、結局俺は、君が鵺に命を狙われているかもしれないと思った理由と、夜に外に行きたいと言った理由、その両方とも聞けずに外に出たんだが……、いい加減教えてくれるか?」

 本当なら、今頃、家族三人で色々と話すつもりだったんだ。そこそこの理由でなければ家に連れて帰ることも考慮するぞ。と、陸が言うとエントは周りを見渡してから、小さく頷いた。

「そうですね。昨日と違って、今日は人通りが結構あってまだ動けないので、今のうちに話してしまいます。まず、私が鵺に命を狙われていると思ったのは、昨日のトラックが原因です。あれは確実に私を狙って動いてましたから」

「……正直、俺も最初はそう思った。けど、あのトラックだった鉄くずを見ただろ? あれは他にも色んな場所でぶつかったから、ああなったんだ。俺たちだけを狙っていたわけじゃないという証拠にならないか?」

「なりません。軽くスキャンして見たところ、あれはぶつかって損傷したのではなく、使えるパーツを再利用するために取られてあの形になっていたんです」

「……パーツを取られた? 誰に?」

「――――鵺にです。正確に言えば、鵺という妖怪を真似た私の『敵』に」

「……エントの敵?」

 唐突に出てきたその言葉に、陸は困惑する。何故なら、エントは、自称別世界のロボットであり、そのエントが敵と見なしているものは……。

「まさか、エントのいた地球から敵が追ってきたっていうのか?」

「はい。残念ながらその可能性が高いようなんです」

「……」

 エントの返答に陸は絶句した。妖怪と別世界からの侵略者、果たして、どちらの方が存在する確率が高いのだろうかと。

 ……どちらも限りなくゼロに近いだろうな。

 と、否定するのは簡単だが、否定してばかりではエントが何を考えているのかがわからないと陸は、否定したい気持ちを抑えて話を進めることにした。

「……仮に、仮にそのエントと敵対する連中が来てたとしても、少しおかしくないか? 今まで聞いた話から考えると、エントの敵って滅茶苦茶強いだろ。そんな奴らがトラックを使ったり、妖怪に化ける必要があるのか?」

「そうですね。追ってきたのはおそらく、私の転送を感知できる可能性のある距離にいた『敵』ですから、あの『敵』ならこのぐらいの町なら五分で焦土にすることができるでしょう。――――十全の状態なら」

「……つまり、不完全な状態でその敵がこっちに来ていると?」

「はい、間違いなく。私が縁果さんの身体を借りているように、あちらもそのままの状態でこちらには来ていないと思います。かなり弱体化、それこそ生身の人間相手にも正面から戦えないほどに弱くなっているのだと推測できます」

「……だから姿を見せないで、――――鵺なのか」

「ええ、先程、デバイスで鵺について調べて私も得心が行きました。鵺は猿の頭に狸の体、虎の手足に蛇の尾とかなり戦闘向きに見える容姿をしているため、この時代の創作では近接戦闘に優れた妖怪のような扱いをされることが多いようですが、本来の鵺は、畏怖させたり、衰弱させるなど、直接的な攻撃ではなく、間接的な攻撃が得意な妖怪に思えました。『敵』はそちらの昔ながらの鵺を参考にしたのだと思われます」

「そうだよな。相手が悪かったってのもあるんだろうが、接近戦とかをする前にサクッと退治されてるよな、鵺って。……で、無人トラックを突撃させることのどこが間接的な攻撃なんだ?」

「『敵』に取っては十分にそうなのだと思います。『敵』は感覚や価値観が私や人とは別物ですから。何にしても今の『敵』の攻撃手段は限られていますから、早めに対処するのが得策だと思ったんです」

「早めに対処って……まさか、鵺退治でもするっていうのか?」

「そうです。今の『敵』は人間の身体で倒せる相手ですが、逆に言えば、放置したらどうなるかわからないんです。だから、今日の内に、この戦いを終わらせてしまいます」

「……」

 鵺を倒す。そう言って張り切っているエントを見て、陸は心の中でため息を吐いた。

 陸は幽霊や妖怪が嫌いというわけではないし、知識もそこそこに持っている。だが、実在しているかどうかと問われれば、夢岸のように真顔で、いる、とは答えられない。その上、そこに別世界からの侵略者というアレンジもあっては、どうしても渋い顔になってしまう。

 けれども。

 ……今日の深夜徘徊でエントが満足するなら。

 それでいいか。と、今日で全て終わらせるというエントの言葉を聞き、今夜の徘徊を最後に、エントがおとなしくなってくれるのなら、今夜はとことん付き合うと陸は決めた。

 ……別に危険でも何でもないだろうしな。

 昨日、自分たちの命を奪いかけた暴走トラックは鉄くずになっているし、今日は何も危険なことは起きないだろう、と陸は思ったが。

「エント」

 何も起きないにしても一つだけ釘を刺しておかなければいけないことがあると陸はエントに声を掛けた。

「はい、なんですか?」

「昨日、暴走トラックから助けて貰ったことを改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、助かった。――――けど、今後はああいうことはしないでくれ」

「それは……縁果さんへの、身体への負担が掛かる行為は禁止するということでしょうか?」

「ああ、どんな手品を使ったかはわからないが、その結果があの足の状態だ。……もう身体を壊すような無茶はしないでくれ、頼む」

「……わかりました。身体に負担の掛かる力の発動は、今後、許可がない限り、しないことを誓います」

「……ありがとう」

 そして、夜の散歩をするにあたっての最後の懸念事項について言質が取れたことに陸は安堵し、そのお礼というわけではないが、今日はエントの鵺退治にしっかり付き合うと陸は心の中で誓った。

 そして、時間は止まることなく進み、夜が更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る