第29話

 警察に呼び出され、事情聴取を受ける。というと物々しく聞こえるが、実際に陸たちが受けた聴取は、窓を全開にした小さな交番で、近くの公園で遊ぶ子供達の声を聞きながら、名前と住所、連絡先を聞かれ、怪我はしていないか、トラックはどんな動きをしていたかを尋ねられただけで終わった非常に簡単なものだった。

 約十分程度で事情聴取が終わり、もっと長丁場になるものだと思い込んでいた陸が交番の前で青空を眺めて呆けていると、夢岸がみんなに話したいことがあるから、駄菓子屋にでも行かない? と言い出し、事情聴取も早く終わったことだし、少しぐらいなら付き合ってもいいかと思った陸は、エントを連れて、夢岸と因幡に同行し。

「――――だから、あれは絶対にお化けトラックだったんだよ!」

 陸は今、ラムネを飲みながら、夢岸の与太話を聞いていた。

 交番でトラックの暴走による死傷者が出なかったこと、一応は事件が終わったということを警察官から聞いた夢岸は、何の憂いもない晴れやかな表情で暴走トラックはお化けが動かしていた説を語り続けていた。

 そんな夢岸の絶好調なトークを陸たちは聞き続けていたが。

「……アホらし」

 暫く経って音を上げる者が出た。夢岸の親友、因幡である。因幡は食べ終わったアイスの棒を夢岸に向け、もう十分に語った楽しんだだろうと無言のメッセージを送ったが、夢岸が抵抗の意思の籠もった瞳を向けてきたため、因幡はお化け説を論破する方向にシフトし、与太話を終わらせるために口を開いた。

「あのね、海、あのトラックは自動運転に対応していない機種にどっかの馬鹿が無理矢理自動運転機能を付けた結果暴走したっていう結論が出てるの。それをお化けがやったことにするのは無理がありすぎでしょ」

「で、でも、その機械は見つかってないんだよ?」

「取り付けたような跡はあったって話でしょ。それとも何? トラックに取り憑いて暴走する有名なお化けがいたりするの?」

「う、しろちゃん痛いところを……。た、確かに無人で動くトラックの怪談とか、トラックを暴走させる妖怪なんて、あまり聞いたことないけど……。く、首無しライダーの亜種の可能性があるような、ないような……」

「首無しライダー?」

 何それ。と、因幡が首を捻ったため、陸が説明をするために口を開いた。

「割と有名な昔の都市伝説だな。道路にピアノ線が張られていてそこをバイクで通ったライダーの首が飛んで、残った身体とバイクが自分の頭を探したり、ピアノ線を張った人間を殺すために毎夜走り回るとかなんとか」 

「……怖っ! そして、えげつない……! ……じゃなくて、海。その首無しライダーと今回の暴走トラック、何が関係してるの? うちにはわからないんだけど」

「そ、それは首無しライダーはバリエーション豊富だから、首無しライダーがトラックを運転していて無人に見えた、とか……」

「バイクに乗ってる人がピアノ線で、ってのはわかるけど、トラックを運転してる人の首が飛ぶってどういう状況よ」

「………………」

 お、思いつかない。と、夢岸が敗北を認めるように項垂れると、木の上にいたヒヨドリがまるで夢岸を応援するように鳴きだした。

「――――」

 そして、その鳴き声を聞いた夢岸は目を見開き、勢いよく顔を上げた。

「そうだ、ここは発想の転換だよ、しろちゃん……!」

「いや、別に発想の転換なんてしなくていいから。うちはこの話を早く終わらせたいだけだから」

「トラックは確かに無人で、全く別の力に操られて動いていたんだよ……!」

「……それを人は自動運転って言わない?」

「言わないの。妖怪が犯人なの。だって、わたし、この町でトラツグミの鳴き声を聞いたのなんて、昨日が初めてだったんだよ?」

「トラツ……? 何、それがそのお化けの名前なの?」

「ううん。鳥の名前だよ。けど、トラツグミは妖怪の名前でもあるんだよ」

「???」

 いや、意味がわかんないんだけど? と、因幡が頭から疑問符を出しため、夢岸が詳しい説明をしようとした、その時。

「――――夢岸。それ、どんな鳴き声だった?」

 陸が真剣な表情を浮かべ、二人の会話に割り込んできた。

「え、あ、うん。……ヒョー、ヒョーっていう低い鳴き声がトラックに近づいた時に聞こえたんだ」

 そして、夢岸が真似たその鳴き声を聞き、陸は。

 ……俺も、その音を聞いている。

 昨夜、トラックに遭遇した際に自分もその鳴き声を聞いたことを思い出した。

 その時は破損したトラックが出している音だと陸は思っていたが、鳥の鳴き声と言われればそんな気もしないでもないと考えを改め、陸は夢岸からもう少し詳しく話を聞くために声を上げた。

「俺はトラツグミの声を今まで一度も聞いたことがなかったんだが、夢岸はどこかで聞いたことがあるのか?」

「わたしも現実ではないよー。デバイスで調べて聞いたことがあるだけ。けど、本当にそっくりだったんだよ」

「……そうか。まあ、何にしても、その名を出すということは夢岸はあの妖怪がいたと思っているんだな?」

「うん、そう。あの妖怪がこの町に出たんだよ!」

「……あの、海? 平原さん? さっきから何を喋ってるんですか?」

 成る程。うんうん。と陸と夢岸がうなずき合っている姿を見て、微妙に疎外感を覚えた因幡が寂しそうな声を出したので、陸と夢岸は因幡にこの話をわかりやすく説明することにした。

「妖怪の中にな、トラツグミみたいな鳴き声で鳴くと言われている妖怪がいるんだよ。名前は鵺っていうんだ」

「ヌエ……?」

「うん、鵺。トラツグミには鵺鳥って呼び名もあって、そこから鵺は命名されたんだ。鵺は、猿の頭に狸の体、虎の手足に蛇の尾を持った妖怪で、凄く怖いんだよー」

「わかりにくいようなら、和風キマイラとイメージするのが良いかもしれないな。そもそも鵺ってのは……」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 そして、陸と夢岸が因幡に鵺の説明をしていると、その途中で因幡が二人にストップを掛けた。それは、鵺についてわからないことがあった、からではなく。

「海だけじゃなくて、なんで平原さんも、そんなわけのわからない妖怪のことを知ってるんです?」

 今、デバイスとか見てませんよね? と、因幡は妖怪について陸と夢岸が色々知っていることを、心底不思議に思ったが……。

「いや、この町に生まれたときからいるとな、あんまり興味がなくても、いつの間にかその手の話に詳しくなるんだよ」

「学校の七不思議を三つも忘れちゃったのは一生の不覚だったなー」

 それは平成十年町生まれにとっては不思議なことでもなんでもなかった。実際の平成十年頃は日本中、幽霊や妖怪の様々な話で大人も子供も盛り上がっており、その時代を真似た観光地であるこの町生まれの子供たちも自然と幽霊や妖怪について詳しくなるのだ。

「……知識が多いっていうのは良いことの筈なんですけど」

 何故でしょう、全然、羨ましくないです。と、因幡が二人に哀れむような視線を向けた。

「とにかく、今回の事件は、鵺が鳴き声でトラックを操作してたんだよ、きっと」

 そして、そんな因幡の視線を無視し、夢岸がトラック暴走の新たな説を唱えた時。

「――――それです」

 今まで黙っていた、エントが急に声を上げた。

「……エント? それとは、何のことだ?」

 壊れたトラックの前での行動を自分が叱ったことで拗ねているものだと思っていたエントが急に声を出したことに驚きながらも、何かあったのだろうかと陸が心配してエントに視線を向けると、エントは夢岸を指差し。

「海さん、それ、当たりって書いてありませんか?」

 夢岸が食べ終わっていたアイスの棒に当たりと書かれてあることを指摘した。

「あ、ほんとだ。お話しするのに夢中で気づかなかったよ。ありがとね、えんちゃん」

 ちょっと交換してくるねー。と言って、夢岸は駄菓子屋の店内に入り、その後ろ姿を見て、因幡はため息を吐いた。

 そして、夢岸が店内に消え、因幡が夢岸に視線を向けたそのタイミングで、エントは陸に視線を向け。

 

「陸さん。私は、その鵺とやらに、命を狙われているかも知れません」

 

 そんな言葉を呟いた。

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