第28話

「――――うわ、ぐっちゃぐちゃ……。平原さん、昨日、うち達が見たとき、ここまで酷くありませんでしたよね?」

「……ああ、そうだな。たぶん、俺たちの前からいなくなった後も、色んな場所にぶつかって、最後に向こう側にある電信柱に衝突して横転したんだろうが……」

 こんなになっても動くもんなんだな、車って。と、陸は目の前にあるスクラップを見て少し、凄いと思ってしまった。

 陸が今、見ているモノ。それは陸たちが昨夜遭遇した暴走トラックの成れの果てだった。

 昨夜、陸とエントに向かって暴走していたときは、フロントガラスが砕け、車体が歪んでしまっていたが、まだ誰が見てもトラックだとわかる形状をしていた。

 だが、今、陸の眼前にある物体を見て、トラックだと答えられるものは少ないだろう。陸も昨日このトラックと遭遇していなければ、目の前にある物はプレス機で圧縮された鉄くずであると答えていただろう。

「……」

 そして、陸はそんな元トラックの鉄くずを見ながら昨夜のことを考え始めた。

 ……今、俺自身が因幡に言ったようにこのトラックは、俺たちと遭遇した後も、色んな場所でぶつかっている。あの時、俺はこのトラックが敵意を持って俺とエントだけを襲っているんじゃないかと思ったが、自動運転だったし……。

 あの感覚は気のせいだったのか……? と、陸がこのトラックは敵意を持って自分とエントを襲ってきた、というわけではないのかもしれないと考えた時。

「――――」

 エントが一歩前に出て陸の視界に入ってきた。

「陸さん、私の願いを叶えてくれてありがとうございます」

 そして、エントは陸に向かって軽くお辞儀をしてから礼を述べた。

 何故、エントが陸にお礼を言ったかというと、このトラックを見たいと言い出したのがエントだからである。

 陸たちはそのエントの願いを叶えるために、警察に行く前に遠回りをしてこの元トラックを見に来たのである。

「いや、このぐらい大したことじゃないさ。それよりもトラックが見たいって、……何か気になることでもあったのか?」

「あ、はい。その事なんですが……」

 そして、陸が自分と同じような疑問をエントも抱いているのではないかと考えて、エントに質問をすると、エントは下を向き。

「陸さん、この物体は何のためにここにあるのですか?」

 ロードコーンを指差した。

「何のためって……、まあ、今回の場合はここから先は危ないから入っちゃダメだっていう目印として置かれているんだろうな」

「成る程、この物体の置かれた先には足を踏み入れてはいけないということですね」

「そうだな」

「わかりました」

 と、笑顔を浮かべて納得した様子のエントに、陸はもう一度、トラックを見に来た理由を聞こうとしたが。

 陸は自分が声を発する前に、発言と乖離したエントのとんでもない行動を目にすることになるのであった。

「――――」

 陸の説明に、わかりましたと理解を示した筈のエントは無言でロードコーンを手に取り、それを持ったまま、元トラックへと近づき。

「――――」

 エントはロードコーンを持っていない右手で元トラックにそっと触れた。

 は? え? と、そのエントの唐突かつ意味不明な行動を見て夢岸と因幡は思考が止まってしまったが、僅かにではあるが、エントの言動に免疫ができていた陸は、大声を出さず、慌てず、落ち着いた行動を。と自分に言い聞かせながら、エントの側に近寄り、エントの腰を持ってエントを元トラックから引き離した。

 ……ん?

 その時、陸の目にはエントの右手付近で火花が散ったように見えたが、本当に一瞬しか見えなかったため、陸は謎の火花よりもエントを元の位置に戻すことを優先した。

 そして、エントとロードコーンを元通りの場所に置いた陸は、周りで騒いでいる人間がいないことを確認してから。

「……いいか、エント。ロードコーンを持って歩けば前に行っても良い、なんていう屁理屈以下の行動は小学生でもしないぞ?」

 エントを普通に叱った。

「ん、ん、ん? 理屈とは難しいのですね。あ、それよりも聞いてください、凄いことがわかったんです。この物体、トラッカー追跡者ではなく、――――トラックでした」

「そうだな、これはトラックだったものだよな。うん、全く反省してないみたいだから、エントのお願い聞くのはここで終了だ。夢岸、因幡、そろそろ行こう」

 そして、あの物体はトラックだったという当たり前の発言をするだけで、エントが反省しているようには見えなかったため、陸はエントの手を引っ張って、この場から去ることにした。

「……そう、あれはトラッカーではなかった。けど……」

 そして、それからエントは警察に着くまで、一人で何かを考え込み、殆ど喋ることはなかった。

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