第27話

 一階へと下りた陸はまず父親がまだ家にいるかどうかを確かめ、既に出勤して家にいないようだったので、陸は自分とエントの分だけの朝食を作ることにした。

 そして、陸は台所に立ち、昼までそんなに時間もないから簡単で量が少なめの朝飯にしようと決め、慣れた手つきで調理を始めた。

 それから、約十分後、遅い朝食を完成させた陸はエントが待つ茶の間に食事を運んだ。

 陸が作った朝食は、卵焼きにキュウリの塩もみ、わかめとネギの味噌汁にご飯と海苔、という本当に簡単なものだったが、その料理を前に子供のように目を輝かせるエントを見て、陸は照れくさそうに頬を掻いた。

 そして、二人で一緒に食事をし……。 

「命とは、この刺激のために生きているのかも知れませんね……」

 と、朝食を食べ終え、生命の真理について探究を始めたエントを茶の間に放置して、陸が台所に食器を運び、洗い物を始めようとした、そんなときだった。

「……ん?」

 平原家の呼び鈴が鳴ったのは。

 この時間帯に家に来る訪問者といえば宅配便ぐらいしか思いつかなかった陸は、父さんの昔の部下からの暑中見舞いだろうか。ゼリーとかじゃなくて、ハムだといいな。というようなことを思いながら、洗い物を中断し、急いで玄関に向かったのだが……。

「……」

 その途中で、ピンポンピンポンピンポンと呼び鈴が連打され、陸のモチベーションは一気に下がった。

 あ、これ宅配便じゃない。と察した陸は、出ないで無視しようかとも考えたが、既に玄関近くまで足を進めていたので、陸はため息を吐いてから、そのまま玄関に向かった。

 ……観光客向けの演出かってぐらい、うち、かなりピンポンダッシュ系のイタズラされるんだよなあ……。

 何でだろうなあ……、と、平原家の昔からの謎について考えながら陸は玄関の戸に手を伸ばし。

「逃げないで、ずっと連打とは良い度胸だ。いったい、どこの家の子供だ」

 と、小さな子供を叱るための言葉を声に出しながら陸が戸を開けると、そこには陸がよく知る人物が二人いて、そのうちの一人は明らかに苛ついていたが、陸の言葉を聞いてわざとらしい笑みを作ってから声を上げた。

「こんにちは! うちは、せいじゅーちゅうがくさんねんせいの、いなば、しろです! ……とでも言えばいいんですか? 死にます?」

「あ、面白い! それ。わたしもやるー。――――こんにちはー、りくちゃん、えんちゃん、あそびましょー。すなばでおしろをつくりましょー。……懐かしいなあ」

 一人は苛つきながら、一人は楽しそうに家の玄関の前で謎の幼児退行ごっこを始め、陸は戸を閉めたくなる激しい衝動に駆られながらも、何とか戸から手を離し、二人の名を呼んだ。

「夢岸に因幡、えっと、どうした?」

 平原家の玄関の前に立っていたのは、二人の少女、陸の幼馴染みの夢岸海と、夢岸の親友である因幡代だった。何故、二人がここにいるのか、陸には皆目見当がつかなかったが。

「いや、皆目見当がつかないって顔しないでくださいよ……!?」

 と、因幡に突っ込まれたため、何か理由があるのだろうと、陸は因幡の言葉に耳を傾けることにした。

「うち達が来た理由なんて決まってます。トラック、昨日の暴走トラックについて話があるからですよ。……あ、暴走トラック。――――みたいな、今まで忘れてたって顔しないでくださいよ!? あれを忘れられるなんてどれだけ肝が据わってるんですか! それにですね、最初は平原さんのデバイスに連絡したんですよ? けど、全然出なかったから、三十分ぐらい前には家の方にも電話して、それでも出ないから、こうして直接来たんです。いったい、何をしてたんですか」

「すまない、寝てた」

「――――でしょうね。それ以外はないと思いましたよ」

 想定通りの陸の言葉に怒りそうになっている因幡を、まあまあ、と夢岸が宥め、因幡を落ち着かせるために、今度は夢岸が陸との会話を始めた。

「それでね、りくちゃん。昨日のお化、……暴走トラックなんだけど、今日の朝、お巡りさんから見つかったって連絡が来たんだ」

「そうなのか。どこで見つかったんだ?」

「映画館の側の電柱にぶつかって、横転してたみたい。人が運転していた形跡がないから、トラックに自動運転を可能にする機器を取り付けた可能性が高いんだって」

「そう……ん? 警察は人が運転していたかどうかは調べたのに、自動運転を可能にする機器が取り付いていたかどうかはしっかり調べなかったのか?」

「うん! それがね……!」

 と、陸の質問に対し、一瞬目を輝かせた夢岸だったが。

「……ダメ。怪我した人が出たかをお巡りさんに聞くのを忘れたから、まだダメ……」

 何かを我慢するように、本当に小さな声で独り言を呟いてから、陸との会話を再開した。

「え、えっとね。お巡りさんがそのトラックを見つけた時には、自動運転を可能にする機械が見当たらなかったんだって。だけど、何かを付けた後があったから、自動運転を可能にする機械を誰かが外して持ち去ったんじゃないかって」

「……つまり、トラックを暴走させた犯人がいるってことか。そいつは……って、この町じゃ捕まえるのは厳しいか」

「そうだね。この町は平成十年の景観再現のために、監視カメラが少ないから」

 お巡りさんも困ってた。と、夢岸が苦笑し、そこで会話が止まったため、陸はこれで暴走トラックについての話が終わったと判断し、二人に改めて謝罪をすることにした。

「しかし、暴走トラックの件の顛末を話すために、わざわざうちにまで来させてしまって、悪かったな。麦茶くらい飲んでいくか?」

「え? いいの?」

 やった、久しぶりのりくちゃんちだー。と、陸の誘いを受け、嬉々とした表情を浮かべながら平原家に入ろうとした夢岸だったが。

「あのね、海、遊ぶ前にまだ話すことがあるでしょ」

 と言った因幡に服を掴まれ、夢岸は家の中に入ることはできなかった。

「ん? まだ何かあるのか因幡」

「はい。というかこっちが本題です。今朝電話で警察に言われたんです。これから、昨日その場にいたという二人の友達と一緒に、もう一度、話を聞かせてくれないかって」

「二人の友達……俺とエントのことか」

「ええ。……口止めもされてませんでしたから、普通に平原さん達がいたってことを話しちゃいましたけど、もしかして、まずかったですか?」

「……いや」

 何の問題もない。と、陸は首を横に振りながら思考を巡らした。

 暴走トラックと遭遇した際にエントが使った不思議な力、それに姉、縁果のことなど陸は色々と考えたいことがあったが。

 ……流石に国家機関からの招集を無視するわけにはいかないか。

 大事なことは警察に行った後でゆっくり考えようと決断した陸は、二人と一緒に警察に行くことにした。

「少し待っててくれ。今、エントを連れてくる」

 そして、陸は足の調子が良くなった今のエントなら警察に行くことを拒みはしないだろうと考え、エントを呼びに茶の間に行こうとしたが。

「――――って、エント。いたのか」

 いつの間にか廊下にエントが立っており、陸と目が合ったエントは微笑み。

「はい、少し前から、話を聞いてました。私も警察機構に行けばいいんですね? お供します」

 警察に自分も行くと語り。

「ただ、……警察機構に赴く前に、一つ、お願いがあるのですが……」

 陸たちに一つ、頼み事をした。

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