第26話
「……」
4と書かれた日記帳を閉じ、カーテンの隙間から漏れてくる太陽の光を感じながら陸はその場で横になった。
「……」
何時間も掛けて縁果の日記帳を読み終えた陸は呆然と天井を見つめ、全く動かなくなってしまった。
その理由は。
「――――」
自分の縁果に対する固定観念が粉々に壊れてしまったためである。
当たり前の話ではあるが、陸は生まれたときから姉、縁果のことを見続けてきた。
そんな誰よりも見てきた姉を陸はこういう人間だと思っていた。
優秀すぎるが故に孤立してしまうが、その状況を好む孤高の人。
無口で無愛想、たまに笑ってくれるが、殆ど感情を見せない人。
そして。
別に家族のことを嫌ってはいないが、そこまで思い入れを持って接してくれない。
「……っ!」
そう思っていた。そうとしか思えずにいた。事実、陸は今までの人生で姉と話すよりも幼馴染みの夢岸と会話した時間の方が圧倒的に長い。下手をしたら、転校してきた因幡と会話した時間よりも少ないかもしれないと思ってしまうほど、姉とは会話をしていないのだ。そんなに会話をしないということは、自分にあまり興味を持っていないと思っても仕方がないだろう。
「……姉さん、話してくれよ。……いや、俺が話せば良かったんだ……」
だから、陸は自分が勝手に好いていたと思っていた。
だが、縁果の五冊の日記帳を読んで、それが違うということがわかった。
日記帳に書かれていた内容の半分以上は家族のことで埋まっていた。悪口なんて一言もなく、縁果は父と弟に溢れんばかりの愛情を向けていた。
縁果もまた、陸を好いていたのだ。
そして、陸は自分について色々な事が書かれていた中でも次の文章を読んだとき、二重の衝撃を受けた。
『――――陸は私と違って真面目だから娯楽をあまり楽しめてはいないけど、勉強や筋トレのような自分を高める努力はしっかり楽しめているように見える。いつか陸がしたいと思ったことができた時に全力を出せるよう頑張って欲しい』
陸は姉が誰よりも真面目だと思っていた。だが、それを姉は否定し、そして、姉は陸の本質を見抜いていた。
この文章で陸は、姉が自分のことを理解しており、自分が姉のことを理解していなかったことを嫌というほどに思い知ったのだ。
「……」
……俺は今まで姉さんの何を見ていたんだ。
「……何も見ていなかったんだ」
陸は自問自答し自嘲する。何もわかっていなかった自分には姉さんを責める資格なんてないと。
そして。
……俺がもっとよく見ていれば。
こんなことにはならなかったのかな。と、小さな声で呟いた陸は倒れている本棚を見つめてから、静かに目を瞑った。
「……」
夢を見ていた。と、陸は思った、内容は覚えていなかったが、とても温かい夢だったということだけは覚えていた。
「――――」
そして、陸は覚醒する。寝惚けることなくスッキリと目を覚ました陸のその瞳には。
「あ、おはようございます。陸さん」
エントの笑顔が映った。
「姉さ……エント?」
起きた途端に、エントの顔が視界に飛び込んできたことに驚きながらも、陸は自分が姉のデバイスを探すこともせず、日記帳を読み耽り、そのまま寝落ちしてしまったことを把握した。
「エント、足はもう大丈夫なのか?」
「はい、おかげさまで、もうバッチリです」
そうか、よかった。と陸は安堵し、エントの足が全快したことも把握した。
そして、陸は。
「ところでエント。……なんで、膝枕なんかをしてるんだ?」
エントが何故、自分のことを膝枕しているのかがわからず、そのことを尋ねると、エントは満面の笑みを浮かべて。
「男性は女性に膝枕をされると、とても悦ぶと記憶していたので、つまり、需要があると判断し、実行していたのです。どうです? 悦んでくれましたか?」
善意百パーセントの答えを口にした。
「……相変わらず、偏っているなエントは」
エントの答えに苦笑しながら、陸はすぐに立ち上がり、その陸の動きと表情を見て、エントは首を捻った。
「ん、ん、ん? あまり悦ばれていない……? 私、何か間違ってましたか?」
「いや、膝枕に需要があるのは間違っていないと思う。これは……、そうだな、エント風にいうなら、適用する対象が悪かったってところかな」
「適用する対象が悪い……?」
「ああ、俺と姉さんは男と女じゃなくて、姉弟、家族だからさ」
そういうので悦ぶ関係じゃないんだよ。と、陸は大きく伸びをしながら淡々と語った。
「ああ、後、一応釘を刺しておく。エント、君が需要があると思ってする行動の対象は、今のところは俺と……夢岸と因幡だけにしておいてくれ。不特定多数の人にした場合、姉さんにとって需要どころか、毒になる可能性があるから」
「はい! わかりました!」
「ありがとう、助かる」
そして、起きてからの疑問を解決し、言うべきことを言い終えた陸は時間を確認し。
「もう朝といえるか微妙な時間だが、取り敢えず、朝飯を食べよう」
色々やらなきゃいけないことはあるが、まずはメシだ。と、眠る前と比べると少し気持ちが軽くなった陸は、縁果の部屋の扉を開け、廊下へと出た。
そして。
「ほら、エントも。……一緒に茶の間で食事をしよう」
陸は部屋の中で座ったままだったエントを誘い、力強く頷いてくれたエントを見て、小さく微笑んだ。
そして、二人は階段を軋ませながら、一階へと下りていった。
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