怪奇現象に狙われるモノ
第25話
――――ソレはここにあってはいけないものだった。
ソレを姉さんが持っていることは、普通じゃないし、倫理的問題もあるだろう。
だが、ソレがあったことで俺が何よりも憤りを感じているのは――――否定されたと、そう思ってしまったからだ。
だって、それは姉さんが絶望に堕ちた証拠でもあるのだ。自分が絶望に堕ちたという事実を、姉さんは誰にも話さず隠し通していた。それが意味することは一つしかない。
だから俺はこんなにも――――
「――――いえいえ、ですから何度も言っている通り、私は今日の昼、この地球に来たんです。だから、ソレに関しては、今もすやすやと眠っている縁果さんでなければわからないと思います」
「……これについては何も知らないと言い張るんだな?」
言い張るというか、本当に知らないんです。と、幾ら聞いても同じような返答しかしないエントにこれ以上この質問をしても無駄だと感じた陸は、いったん口を閉じることにした。
「というか、陸さん。そもそもソレは何なんですか? 危険物には見えませんし、身体に悪影響を及ぼすような薬物の類いにも思えません。それがどういうものかがわかれば、私も危機感を抱けると思うんですが」
「……それ、本気で言ってるのか姉さん。これは、これはさ……!」
だが、知らないというだけでなく、ソレについての詳しい説明をエントが求めたことで、陸の頭に再び血が上り、怒声に限りなく近い声を発しながら、陸はソレについて語ろうとしたが……。
「っ……」
寸前のところで陸は言葉を止めた。今、自分がソレについて語れば、酷い言葉を並べることが目に見えていたからだ。
「……」
だから、陸はいったん、ソレの存在を思考の外に置き、今、ここで自分と話しているのは姉ではなく、何も知らないエントであるということを考えながら、心を落ち着かせるために、状況の整理を始めた。
この縁果の部屋で決して無視することができない、ある物品を見つけてしまった陸はそのまま部屋を出て行くわけにはいかなくなり、エントに無理をさせ、警察さながらの事情聴取を行っていた。
だが、エントはソレについては何もわからないの一点張りで、その件に関しての情報は何も得られなかったが、エントという存在が現れたのはどうにもソレを本棚から取り出そうとしたか、本棚に仕舞おうとした直後であるということがわかった。
つまり、縁果の人格がエントに入れ替わったのはソレが切っ掛けであるといえるのだ。
ソレを隠し持っていたことに罪悪感を抱いていた縁果が本棚を倒した際に頭でも打って、その衝撃でエントという人格が突然生まれたのかも知れない。そんなことを陸は推測したが……。
「……」
何にしても、縁果はエントという存在に全てを任せ、今もすやすやと眠っているのは間違いないと考えた陸は。
「……」
縁果は少し無責任すぎるんじゃないか、と思った。
そして陸は。
「……叩き起こすか」
縁果が眠っていられないようなことをして、強制的に縁果を起こすのも一つの手ではないかと考え始めた。
本当なら、優しく接し、エントが自ら縁果に戻るのを気長に待つつもりであったが、こんなモノを隠し持っていて、今はエントに全部任せて知らんぷり。それは流石にいただけないと陸は少しばかり強行的な手段に出ることにし。
「姉さんがソレを隠し持っていた理由をエントが知らないというのなら……、ソレを姉さんが持っていた理由を見つけるためにこの部屋を調べさせて貰う」
陸は、縁果の部屋を調べると宣言した。
これは、縁果がソレを隠し持っていた理由を調べることと誰だって嫌な自分の部屋を漁られるという行為をして縁果の覚醒を促すということが一挙にできる非道ではあるが効果的な方法であると陸は思った。
姉の部屋を漁るという、その極悪行為に陸は自分の心が痛むのを感じたが、それを無視し、エントに強い視線をぶつけた。
「……文句はないな、エント」
「はい、いいんじゃないでしょうか。理由はまだよくわかってませんが、こんなにも陸さんを心配させているんですから、縁果さんも文句は言えないと思いますよ」
「……良識的な回答をありがとう」
そして、エントの言葉に救われ、若干気持ちが軽くなった陸は、すぐに姉の部屋漁りを開始することにした。
……けど、まあ、漁るといってもタンスの中を探したって、重要な証拠が見つかるとは思えないし。
やっぱりデバイスだよな。と、陸は現代の技術で作られたデバイスに縁果がアレを隠し持っていた理由の手掛かりが残っている可能性が高いと考え、縁果のデバイスを探し始めた。
……認証もエントに協力して貰えば解除できるだろうし、デバイスを見つけるのが一番手っ取り早いが……机の上に置きっぱなしってことはないか。ベッドの上にも無さそうだし……あー、これは……バッグの中とかを漁らないとダメか……?
なんか、物盗りみたいで嫌だな、と、部屋漁りをしてる癖に必要以上に部屋を暴きたくない陸は見える位置にデバイスが置かれてないか、もう一度確認し始め、再び机に視線を向けて。
「……ん?」
それを見つけた。
「Diary Note……」
机に置かれていたその本は白の表紙に銀の刺繍のような加工が施されている日記帳だった。
「姉さん、日記なんて付けていたのか……」
その日記帳は五冊あり、番号が振られていたため、陸は一番新しいと思われる5という数字が書かれている日記帳に手を伸ばした。
「……」
もしかしたら、ここに姉さんがアレを隠し持っていた理由が書かれているかもしれないという思いから陸は日記帳を開いたが……。
「……これ、三年前の日記だ」
最初のページに三年ほど前の日付が書かれており、日記帳のページ数から考えて、最近の日記が書かれているとは思えなかった。
……たぶん、引き籠もりになった前後で書くのをやめたんだな。
「……」
こんな中途半端な日記にアレについて書くことはしないだろうな。と、陸はその日記帳を読むことをやめ、置いてあった場所に日記帳を戻そうとし。
「――――」
その手がピタリと止まった。
「……」
そして、陸は考える。
……待て、待ってくれ。確かにこれには、アレを隠し持っていた理由は書かれていないだろう。
けれども。
「……姉さんが引き籠もりになった理由が書いてあるんじゃないか?」
と、陸はもう一つの問題である縁果が引き籠もりになった理由が書かれている可能性がある日記帳を見つめ。
……今回の件とは関係ないかもしれない。……でも。
「ごめん、姉さん」
読ませて貰うよ。と、陸はベッドにいるエントに聞こえる声で縁果に謝罪をしてから、日記帳を再び開いた。
「――――」
そして、陸は5という番号が振られた日記帳を読み始め、姉の小さいけれども、とても綺麗な字を懐かしく思い。
「……文字数多いな」
その綺麗な字が日記帳にビッシリと書かれていることに驚きの声を漏らした。
どのページにも余白が無いぐらいに文章が書かれており、無口な姉からは想像もできないその文章量を見て、陸は全部のページをしっかり読んでみたいという欲求に駆られたが。
……これはじっくり読んでいたら夜が明けるな……。
この後にデバイスを探す作業も待っているから、ゆっくり読むことはできないと陸は判断し、日記帳の文章を読むのではなく、辞書を引くように、引き籠もりに関係のありそうな単語を拾う作業を開始した。
「……」
日記帳は人によっては嫌な事や恨み言を吐き出すストレス発散装置になり、誰かに見られたら社会的に終わってしまう。というような場合もあるが、縁果はそういった風に日記帳は使っておらず、日記帳にはポジティブなことばかり書かれていた。
『今日は散歩中の格好いい犬に出会えた』『陸が絵のコンクールで賞を取った。凄い』
『面白い小説を読んだ。もう一度読む』『今日、父さんが帰ってきたとき、とても疲れているように見えたから、お茶を淹れたら、凄く喜んでくれた』
『可愛い猫を見かけた。追いかけたかったけど、怖がりな子みたいだったから、我慢した』『家に帰ったら、陸が夕飯を作ってくれていた。炒飯、美味しかった。陸が一人で何でもできるようになってきて誇らしい。けど、少し、寂しい』
『一日中、部屋に籠もって、旅行で行きたい場所をピックアップして過ごしていた。引き籠もりなんて身体に悪いけど、たまにはいいよね、こういう日も』
「……」
縁果の日記はそんな他愛のない、けれども温かい日常が書かれた、優しい日記だった。
「……」
そんな何の変哲も無い日常が書かれた日記のページを捲る度に、陸は頭を殴られたような衝撃を受けていた。
……嘘だろ。
無口で頭が良く、人と馴れ合うのを拒んでいた姉が、こんな普通の女の子が書くような日記を付けていたとは今日のこの日まで陸は夢にも思っていなかったのだ。
「……」
……姉さんは、こんなことを思っていたんだ。こんなことを考えていたんだ。
「……」
そして、いつの間にか陸は単語を拾うのではなく、姉の書いた文章を読んでいた。
陸は日記を読み進めていく。
『大学に受かった』『大学生活が落ち着いたらバイトをして、そのお金で父さんと陸を連れて旅行に行こう』『今度、この町に引っ越してきたあの子に、外の話を聞こう』
「……」
それからも、そんな優しい日常を書いた日記が続いていたのだが。
「――――」
何の前触れも無く、本当に唐突に。
――――もう、やめた。
という一文が書かれたページを最後に、それ以降のページは文字ではなく、空白が埋め尽くしていた。
「……三月十六日」
姉さんが引き籠もりになった日の前日だ。と、その最後の一文が書かれた日付を陸は確認し、この日に何かがあったのは間違いないと思ったものの、引き籠もりになった理由を日記から見つけ出すことはできなかった。
「……」
そして、陸は読み終えた日記帳を閉じ。
「……」
デバイスを探すのではなく、1と書かれた日記帳に手を伸ばし、その日記帳をじっくりと読み始めた。
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