第23話
「しつこいようですけど、もう一度だけ聞きますね。本当に二人とも怪我は何もしてないんですね?」
「ああ」
「トラッカーから、ダメージは一切受けてません」
家に帰った直後に雷が落ちたような轟音を聞いた夢岸と因幡は帰宅途中である陸たちを心配し様子を見に外に出て、瓦礫の中に佇む陸を発見した。そして、それから数分後の現在。激しく動揺していた因幡が落ち着きを取り戻し、状況の確認、整理を始めていた。
「怪我をしなかったのは、本当に不幸中の幸いでしたね。……しかし、何だったんでしょうね、あのトラック。飲酒運転にしても酷すぎたように見えましたけど」
「……その事について何だが、その、因幡。俺の見間違いでなければ、あのトラック、誰も乗っていなかったんだ」
「……自動運転車だったってことですか?」
お化けだ。と、思わず言いそうになった夢岸が、状況が状況なだけに不謹慎だと考えたのか、その言葉を呑み込み、そんな夢岸の様子を横目で見ながら陸は小さく頷いた。
「おそらくはそうなんだと思う。俺は町の外に出たことがあまりないから、外から引っ越してきた因幡に聞きたいんだが、自動運転車って、あんな風におかしくなることってあるのか?」
「あまり聞いたことはないですね。異常が発生したら普通は路側帯に寄せてから停止する、最悪でも警告音を撒き散らしながら、その場に緊急停止するぐらいだと思います」
「……そっか」
「それでどうします、平原さん。被害はなかったとはいえ、これ、普通に警察沙汰だと思うんですが」
「あー、まあ、そうだよな。……因幡、デバイス持ってきてるか?」
「それが凄い音が聞こえてからすぐに外に出た海を慌てて追いかけてきたので、持ってきてないんですよ。だから、今から交番に行きません? デバイスで通報すると後が面倒ですし、交番もここからそんなに離れてません」
「……」
それが順当か。と、陸が因幡の提案に頷こうとしたとき。
「代さん、海さん、本当に申し訳ないんですが、警察機構への報告はお二人にお願いしてもいいですか?」
今まで、あまり喋っていなかったエントが急に口を開き、警察には行きたくないと言い出した。
「……えーっと、エントさん、それはどうしてですか?」
「それが、どうしてもなんです。すみません、お願いできませんか?」
そして、具体的な理由は言わずに、けれども、警察に行くことを拒むエントをどう扱えばいいのかがわからなくなった因幡が、どういうことなんです? と問い掛けるような視線を陸に向けてきたので、陸は知らないと返そうとしたが。
「――――」
陸の脳裏に、自分を抱いてトラックを避け、一瞬で十メートル以上移動したエントの人間離れした動きが蘇り、それに関係して、警察に行くと何かマズいことがあるのではないかと陸は考えた。
……まさか、町の外で売ってる現代の道具か何かを使ったのか? いや、でも幾ら現代の技術とはいえ、あんな超能力紛いな動きはできないと思うが……。
絶対とは言い切れないか、と、陸はエントが警察に行きたがらないのは何かとんでもない理由があると考え。
「悪いな、因幡、俺たちはこれからちょっとやらなきゃいけないことがあるんだ」
陸はエントを庇う方針で話を進めることにした。
「……そうなんですか?」
「あ、ああ。だから、二人で交番に……、いや、夜も遅いから二人はこのまま帰ってくれ。この話は俺が明日交番に話に行くから」
「……まあ、平原さんがそういうのなら」
そして、陸の言葉に因幡は頷こうとしたが。
「えー、それはダメだよー」
夢岸がそれはいけないと、陸の提案を否定した。
「だって、お化けトラック……ううん、あの危険なトラックは動いて町の真ん中の方に向かったんだよ? お巡りさんに注意喚起して貰わないと、町の人みんなが危ない目に遭っちゃうかもしれないよ」
それはよくないよ。と、夢岸に物凄い正論を言われ、陸が言葉を返せずにいると、夢岸は笑顔を浮かべて、因幡の手を掴んだ。
「だから、わたしとしろちゃんで、ささっと交番に行ってくるね。りくちゃんとえんちゃんは、そのやらなくちゃいけないことをがんばってね」
「って、ちょっと海、この体勢ダメ、転ぶ……!」
そして、夢岸は因幡を引っ張って、町の中心とは逆方向にある近所の交番へと向かって歩き出し、あっという間にその姿は見えなくなった。
そして、その場に残されたのは、陸とエントだけになり。
「……それで、何かやましいことでもあるのか、エント」
陸はエントに警察に行きたがらない理由を単刀直入に聞くことにした。
「法を犯すようなことはしていません。ただ、全員で警察機構に行くとなると、その道中でほぼ確実に身体の状態を把握され、説得が難しいと思われる警察機構の判断で病院送りになると思ったんです。町の外の医療技術を把握していない今、私が病院に行くことは縁果さんの覚醒に悪影響を及ぼす可能性が否定できないので……」
すみませんでした。と、エントはとても申し訳なさそうに。
「……病院送りだって?」
陸が決して無視できない言葉を口にした。
「待て、エント。さっき因幡に怪我はしていないかと聞かれたとき、していないと答えていたよな? あれは嘘だったのか?」
「いえ、嘘は言ってません。私はあのトラッカーから、ダメージは一切受けていないという真実しか話していませんでしたから。この身体の不調はトラッカーに轢かれそうになった時、私、エントの力を使ってしまったことが原因なのです」
そして、そこまで語ったエントは、すみません、限界です。と呟き、倒れるように腰を下ろした。
「エント……!?」
エントが倒れたことに驚きながらも、陸はすぐに駆け寄った。
そして。
「これが人間の感じる痛み……。いや、中々どうして」
辛いものですね。と、エントは苦痛に顔を歪めながら、自分の両足に視線を向けていたため、エントが怪我をした場所はすぐにわかった。
「――――足を怪我したのか」
見せて貰うぞ。と、陸はエントに有無を言わさず、足の状態を確認しようとしたが。
「……っ」
エントはジーパンを穿いているため、今のままでは大量に血が出ていないことぐらいしかわからず、怪我の度合いを確かめるにはこのままでは難しいと判断した陸は。
「エント、ジーパンを脱いでくれ」
躊躇なく、エントにジーパンを脱ぐように指示をし。
「……はい」
エントもそれに従った。
「……」
そして、エントが足を動かしづらそうにしていたため、陸が手伝い、ジーパンを脱がせ、陸は暗闇の中、隠れていた腿とふくらはぎをよく見るためにエントの足に顔を近づけ、しっかりと観察した。
「……」
その結果、裂傷や痣などは見当たらなかったが。
「筋肉が波打っている……?」
腿の筋肉は脈打つように、ふくらはぎの筋肉に至っては中に虫でも入り込んだじゃないのかと思ってしまうほどに激しく蠢いていたのだ。
これはどういう状態なんだ、と、人体や医学について特別に詳しいわけでもない、ただの高校生の陸が頭を悩ませていると。
「……おそらく、こむら返りに近い状態なんじゃないかと思います」
エントが自らで導いた答えを陸に教えた。
こむら返り。その言葉に陸は覚えがあった。陸は去年の夏、筋トレをした後に水分を取ることをせず、そのまま眠ってしまい、明け方に半分寝惚けて思いっきり足を伸ばしたら、足が
「こむら返り、俺も一度だけなったことがあるが、あれってそんなに長く続かないはずじゃ……」
「あくまでこむら返りに似た状態ということです。この痛みと
「明日の朝まで……!? こむら返りって滅茶苦茶痛かったぞ……!? なんでそんな酷い状態に……」
なったんだよ。と、陸が言葉を続けることはなかった。エントの足がおかしくなった理由は聞くまでもなかったからだ。
……俺を守るためだよな。
どんな手品を使ったかはまだ不明だが、あの時、エントは陸を抱いて、瞬間移動さながらの動きをしたのだ。それで足に負担が掛かっていないわけがない。
「……陸さん?」
それは自分を助けるための負傷であり、怒れるわけがないと思った陸は無言でエントを背負って、歩き出した。
「……取り敢えず、家に戻ろう。効果があるのかはわからないけど、家にある湿布とかを貼って、……それから、色々と説明して貰う」
そして、エントは急に背負われたことに驚きながらも、陸の頼りがいのある背中に。
「陸さん……」
体重を預け――――
「……ジーパンは穿かなくていいんでしょうか?」
自分が今、パンツ一枚であるということを報告した。
「……穿こう」
そして、横道から大通りに出る寸前だった陸は即座にUターンし、ちゃんとジーパンを穿かせた後にまたエントを背負って歩き出したのであった。
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