第22話
「陸さん……!」
その叫びは陸が横断歩道を渡っている時に聞こえた。
その声を発したのは隣を歩くエントであり、叫び声に驚いた陸は反射的に視線を隣にいるエントに向け。
急に叫んでどうした? 何があったのか知らないが、夜も遅いんだから大声はやめてくれ。
陸は、そんな言葉を口にしようとした。
だが、その言葉は。
最初の一文字さえ、声として発せられることはなかった。
「――――」
横を向いた陸のその瞳にはエントと――――巨大なトラックが映り込んだ。
夜闇の中、無灯火で近づいてきたそのトラックは時速百キロは優に超える速度を出しており、陸が瞬きをする前に視界を覆い尽くし。
「――――っ」
次の瞬間には――――
トラックは陸たちが立っていた場所を凄まじい速度で通り過ぎていった。
……え?
陸は状況が理解できずに、混乱した。
まず、陸は自分が何一つ怪我を負うことなく、こうやって混乱するだけの余裕があることの意味がわからなかった。
トラックは本当に目と鼻の先、エントの服に触れそうな距離まで近づいていたのだ。それでぶつかっていないこの状況が何なのか理解できなかった。
そして、もう一つ、陸が混乱する原因になっているのは……、いつの間にか自分が横断歩道を渡りきっているという事実である。
「――――」
無言でトラックの去っていた方向を見つめる、エントに抱かれて。
「……」
エントにお姫様抱っこをされている現状から考えると、エントが陸を抱いてトラックを避けた結果、二人とも無事だったと考えるのが妥当だが……。
……眼前に迫るトラックを避けた上に、一瞬で横断歩道を渡りきるのは全然妥当じゃない……!
俺は、夢でも見ているのか……? と、現実を信じ切れずにいた陸だったが。
『――――私の名前はエント。傑作機エントと言います。元アーリーズの四位、今は創者と名乗っている存在に造り出されたモノです』
「――――!」
陸は、
この信じられない現実はエントの信じられないプロフィールを信じれば、何もおかしなところはなくなるのだ。
……けど、そんな馬鹿なことが……。
あり得るのか……? と、陸はこの時、初めて縁果に別世界のロボットが取り付いた可能性を考えたが、肯定するまでには至らなかった。そして、その考えを保留にしたまま、陸は命を助けて貰ったエントに感謝を伝えるために口を開いたが。
「――――陸さん。この地球のトラッカーに可変機能はありますか?」
有無を言わせぬ迫力を纏うエントの言葉に遮られ、陸は感謝の言葉を語ることができなかった。
「……」
そして、エントの語った疑問について陸は考える。もし同じ質問を五分前にされていたのなら、呆れ、まともに相手をすることもなかっただろうと。
だが、今は。
「……可変っていうのはアニメみたいに人型になるとか、そういうことをいうのか?」
その質問を馬鹿にすることができず、陸は真剣に答え始めた。
「はい、そういうのです」
「……さっきのトラックなら、それは絶対にありえないと断言できる。あれは平成十年頃に走っていた車種を再現したトラックだからだ。町の外のトラックにしても、水上を走るためや、空を飛ぶために多少形を変えるものはあるみたいだが……」
大きく姿を変えるトラックは存在しない筈だ。と、陸が話してくれたトラックの情報を聞き、エントは、ほんの少しだけ安堵したのか、僅かに表情を緩め。
「よかった。それなら細道に逃げるだけでなんとかなりそうです」
そんな言葉を呟いた。
「逃げるって……」
それは一体どういうことだ? と、陸は首を傾げ、同時に視線も動き。
「――――」
ソレを目にすることになった。
陸はさっきのトラックは無灯火で一切減速もしなかったため、居眠り運転だと思っていた。それだけだと思い込んでいた。
だが――――
「なんで……」
方向転換をし、こちらに凄まじいスピードで向かってきている先程のトラックを目にし、陸は考えを改めた。
あのトラックは、明確な敵意を持って、こちらを殺しにきているのだと。
「あの道なら――――」
そして、トラックが再び近づきつつあることを確認したエントは陸を抱いたまま逃げようとしたが。
「――――っ」
一瞬だけ、エントの動きが止まり、汗を一粒垂らしたエントは、静かに陸をその場に下ろした。
「陸さん、あちらの細道に向かいましょう」
あそこなら、あの大きさでは入れないはずです。と、エントが指差す細い横道に向かって、陸は走り出し、少し遅れてエントも走り始めた。
そして、二人が横道に入り、道の入り口から離れたところで、トラックがどうなったのかを確認するために、振り返ったとき。
――――雷鳴のような轟音が眠る町に響き渡った。
陸たちを追ってきたトラックが凄まじい速度のまま、コンクリート製の塀に突っ込んだのだ。
その結果は、大惨事としか言い様がなかった。コンクリート塀は一部が砕け落ち、瓦礫となり、トラックは見るも無惨な状態となった。
フロントガラスは全面にヒビが入り、フロントバンパーは拉げ、フレームすら歪んでしまっていた。
このトラックはもうまともに動くことはないだろうと、信じられない出来事の連続で頭が真っ白になっていた陸が、そんなことをぼんやりと考えた、その時だった。トラックに再び動きがあったのは。
ボロボロのトラックはゆっくりとバックをし、そして。
「――――な」
――――再び前進したのだ。
しかし、その動きは遅く、すぐに自らが作った瓦礫の山にぶつかり、トラックはまた動きを止めた。
けれども、またトラックはバックをし、ゆっくりと前進し、すぐに止まる。
その行動をトラックは、何度も何度も繰り返した。
「……何なんだよ、これ」
壊れた玩具のような動きを続けるトラックに陸は先程までとは別種の恐怖を覚え、逃げ出したくなったが、エントがその場から動こうとしなかったため、動くに動けず、陸は破損したトラックが発していると思われる、ヒョー、ヒョーという不気味な低い音を聞きながらその異常な光景を見続けた。
そして、それからどれくらいの時が経った頃だろうか、トラックが何度も前進することで、ヒビの入ったフロントガラスに限界が訪れ、トラックのフロントガラスは一気に砕け散り――――
「――――」
陸はトラックの中に誰も乗っていないことを視認した。
「…………は?」
これは、どういうことだ? と、疑問しかない状況で更に特大の疑問が陸の頭を押し潰し始めた、その時。
「しろちゃん! あそこだよ! トラックが変な動きをしてる!」
よく知る声が、陸の心に強く響いた。
「うわ、ほんとだ……。酔っ払い運転……? それにしても酷い気が……」
そして、続けて聞こえてきた声にも覚えがあった陸は、恐怖で麻痺していた脳を叩き起こし、目の前の暴走トラックが標的を変える可能性を考え。
「海ちゃん、因幡、こっちに来るな……!!」
近くに来ていると思われる夢岸と因幡に向けて、陸は大声で叫んだ。
そんなときだった。トラックの動きに変化が現れたのは。
前進し、瓦礫で動かなくなり、バックをする。そこまでは今までと変わりはなかった。だが、バッグをした後、ボロボロのトラックは道路へと戻り、そのまま、何処かに行ってしまったのだ。
そのトラックの動きを見て、最初は夢岸や因幡の方へ行ったのではないかと考え、陸はすぐに駆けだそうとしたが。
「町の中心の方に行ったね……」
「あー、こわ、こわ。何だったのあのトラック」
トラックが進んでいった方向とは逆の方から、夢岸と因幡の声が聞こえてきたため、陸は安堵し、その場で大きく息を吐いた。
「それよりも、さっき、あのトラックのいたところから、りくちゃんの声が……昔の呼び方でわたしを……」
「平原さんの声が……? まさか、そんな」
そして、足を止めた陸のもとに二人はゆっくりと近づき。
「あれから結構経ってるでしょ。一応見に来たことは来たけど、まだこの辺にいるんだとしたら、どれだけ道草食ってるのって……話で……」
そして、瓦礫の向こうにいる因幡と目のあった陸は。
「……よう」
取り敢えず、挨拶をした。
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