第19話

「……」

 ……また聞こえ始めた。

 音楽室に向かう途中にピアノの音は一度聞こえなくなったが、エントを除く陸たち三人が音楽室のある階に来た途端に、前と同じように乱暴な音を鳴らし始めた。

「……」

 この音が一体何なのかということも確かに気になるが、今はエントを見つけるのが最優先だと陸はピアノの調査よりも音楽室周辺にいる筈のエントの姿を探した。

 ……いた。

 そして、エントはあっさりと見つかった。

 エントは音楽室の扉の前で息を潜めて、じっとしていた。

 ……中を覗いているのか?

 エントは廊下から音楽室を覗いているようだったが、トラブルが起きている様子はなく、陸が軽く安堵の息を吐くと。

「あ! いたー……!」

 陸より数秒遅れてエントに気づいた因幡が大声を出した。

 そして、因幡はまだ遠くにいるエントに聞こえるような声で語り出した。

「あの、エントさんでも平原さんのお姉さんでもいいんで、早く帰りましょう? 少なくともこの場所から離れましょ? ……って、なんかピアノの音激しくなってません……?」

 いやー……! と、ピアノの音が急に激しくなったことで半ば狂乱状態に陥った因幡に、少し落ち着けと陸が言おうとしたその時。

「――――声、出さないで。驚くから」

 冷たい声が廊下に響いた。

 その声は、間違いなくエントから発せられたものだったが、今までのエントの喋り方とは全く違う、無意識のうちに威圧的になっていて、人を寄せ付けない、そんな声だった。

 そう、それはエントの喋り方とは違っていた。

 だが――――

「――――」

「――――」

 その喋り方に、その声音に、陸と夢岸は覚えがあり、二人が驚いていると、その間にエントは音もなく、スッと音楽室の中に入っていった。

「って、姉さん……!?」

 そして、今度は陸が大声を出す番となった。

 まだピアノを鳴らしている存在がわかっていない陸にしてみれば、音楽室の中は未知の空間であり、そんな中に一人で入るのは危険すぎると思ったのだ。

「――――っ!」

 それ故に陸は音楽室に向かって走り、夢岸も陸に続いて走り始めて。

「あー、もー、なんなのこの状況はー……!」

 前を歩く二人が走り始めたため、因幡も走り出し、恐怖が上手い具合に働いたのか、因幡は普段以上の力を発揮し、あっという間に夢岸を追い越し、そして、陸さえも追い越して、三人の中では音楽室に一番最初に乗り込み。

「って、なんでうちが一番なの……!?」

 と、音楽室に入ってから因幡はその事実に気がついたが、時既に遅し。因幡は否が応でもその目でピアノを鳴らしていた存在を確認しなければいけなくなったのだ。

「ヒッ……!?」

 音楽室の中にいたのは、人形のように無表情なエントと。

「………………猫?」

 猫だった。

 エントの腕に抱かれていたのは、化け猫ではなく、意味深な黒猫でもなく、どこにでもいるような普通の三毛猫であった。

「猫?」

「ねこちゃん?」

 そして、遅れて音楽室に入ってきた陸と夢岸も、エントに抱かれている猫を見つけ、ピアノが鳴っていた理由を理解した。

「猫が迷い込んで、鍵盤に上がってたってこと……? あーーーー、もーーーー、なんなのよー、これー……」

 そして、精も根も尽き果て、力なくその場に崩れ落ちた因幡を見て、全員が笑った。

「……」

 そう、その笑みを確かに陸は目にした。

「――――」


 控えめに、声も出さず、穏やかに笑う。その、とても懐かしい笑い方を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る