第18話
「わかりきっていたことですけど、不思議なことなんて何も起きませんでしたね」
学校の七不思議を巡りたいという夢岸の意見にエントが強く賛同したので、肝試しは学校の七不思議を体験するという方向で進めることとなったが、肝心の七不思議を四つしか思い出せなかったため、七不思議巡りは途中で終了し、四人は適当な教室で休憩をすることとなった。
「正直言うと、うち、最初は結構ビビってたんですけど、途中から平気になってしまいました」
幽霊でも妖怪でもどんと来いですよ。と、暗闇に慣れ、いつも以上に気が大きくなっている因幡の言葉に陸は苦笑しながら、窓を開けて外の空気を吸っている夢岸に話しかけた。
「夢岸はどうだ? 七不思議巡りは中途半端になったが、楽しめたか?」
「うん。お化けに会えなかったのは残念だったけど、りくちゃん、それにえんちゃんとも一緒に遊べたの本当に久しぶりだったから、すっごく楽しかったよ」
「そうか、それはよかった」
「りくちゃんも楽しいと思ってくれてたなら、夏休み中にまた遊ぼうね」
「あ、ああ……」
機会があればな、と、陸は夢岸の誘いを曖昧な表現でごまかし、壁に貼られた時間割を眺めていたエントに声をかけた。
「それで、別世界のロボットであるエント的にはどうだった? 学校に来る途中で言っていた、嘘や未知は見つけられたか?」
そして、陸はエントが見たかったものを見ることはできたかと尋ねたが。
「……」
その問いかけに対する返事はなく、エントは黙って時間割を見続けた。
「エ、エント……?」
すぐ後ろから話しかけて無視をされるとは思ってもいなかった陸が、少し戸惑いながらも、もう一度、エントの名を呼ぶと。
「はい。どうかしましたか、陸さん」
今度はしっかりと反応した。
「あ、いや、さっき一度話しかけたんだが、返事がなかったからさ」
「え、そうでしたか。私、呼ばれたのは今が初めてだと思いました」
「……それだけ時間割を見るのに集中してたってことか? その時間割に何か、エント的に面白いと思えるようなことでも書いてあるのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが、ただ、何故か懐かしいと思ってしまって……」
「……懐かしい?」
不思議なこともあるものです。と、エントは首を傾げたが。
「――――」
「――――」
それは不思議なことでも何でもないと、その発言を聞いた陸と因幡は視線を交わし、小さく頷いた。
この小学校はここにいる全員が卒業した学校である。懐かしいと感じるのが普通なのだ。
それは、つまり――――。
……よし。
そして、頭をフル回転させ、思わぬところで出てきた尻尾を捕まえ、暗闇から彼女を引っ張り出すための言葉を考えた陸は、覚悟を決め、口を開き。
「……あのさ、姉――――」
「――――しー……!!」
陸の覚悟の言葉は、夢岸の静かにしろという叫びに負け、エントの耳に届くことはなかった。
「ちょっ、海……!? 今、平原さんが大事なことを……!」
「こっちも大事!」
ほら、来て! と、興奮気味に夢岸が全員を呼び、真っ先にエントが行ってしまったため、仕方なく因幡と陸も窓際に向かうと、夢岸が。
「何か聞こえない?」
というので、陸は耳を澄まし。
「……」
……マジか。
その音を捉えた。
それはピアノの音だった。
ピアニストが奏でる旋律ではなく、子供が頑張って弾いている音楽でもない、暴力的な音が夜の学校に響き渡っていた。
「……」
陸は心拍数が上がるのを感じながらも、いきなり茶の間に現れた縁果に驚いた時ほどではないと自分に言い聞かせながら、教室の時計に視線を向けた。
時計は二十一時丁度を指しており、受付の人が言っていた二十一時半に来るという団体客が騒いでいる可能性は低いと陸は考えた。
……そもそも団体客なんかが来たら、学校全体が騒がしくなってすぐに気づくはずだ。となると、考えられるのは俺たちのように少人数で肝試しに来た人達がいて、その人達が遊んでいる。もしくは――――。
と、陸が音の発生原因について考えていると。
「……これ、音楽室から聞こえてきてるよね。――――行ってみようよ」
夢岸が音の発生場所と思われる音楽室に行きたいと言い出し。
「は、はぁっ……!? あんた、何言ってんの……! ていうか、怖くないの!? これは戦略的撤退、帰るのが一番でしょ……!?」
肝試しに来て初めて怪奇現象の可能性が否定できない現象に遭遇し、因幡は帰ろう、帰るべきだというような言葉ばかりを連呼していた。
そして、エントは。
「……ちょっと待て。エント、どこにいった」
教室から忽然と姿を消していた。
か、神隠し……!? と、因幡が絶叫したが、違うと陸は心の中で呟いた。
……あいつは動くのが本当に速いんだ。
そして、陸は昼間、トラックを怖がり一瞬のうちに塀と塀の間に逃げ込んだエントの行動を思い出し、考える。
……あの時のように逃げた……? いや、きっと今度は。
逆だ。と、陸は自分の推測を信じ、足を動かし、教室を飛び出して音楽室に繋がる階段に視線を向け。
「――――」
暗闇の中、階段を上っていく人物の姿を陸は視認した。
「……エントは音楽室に向かったみたいだから、俺は行くけど、二人はどうする?」
「行動早っ……!? そして、平原さんも躊躇しないの……!? え? 何、この町生まれの人間って幽霊妖怪を信じてるだけじゃなくて、大好きだったりするの……!?」
「あはは、そうかもねー。それじゃあ、わたしも行くから、怖いならしろちゃんはここでまっててねー」
「うん、わかったー。――――なんて言えるわけないでしょ……! こんな場所にひとりでいられるかー……!!」
ああ、もうこれだから平成十年町生まれの人間はー! と恨み言を言いながらも、夢岸の腕に掴まりながら因幡も歩き始めたので、陸たち三人は全員でエントを追って音楽室へと向かった。
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